(13-1)ハーフォードは目撃する
今日、家に帰ってまっさきに嫁に話すことが決まったな。
と、ハーフォード・カワード第1魔術師団長閣下は思った。
第2魔術師団長室をのぞいたら、かつてない光景が広がっていた。いやむしろ、フィリアスについては、最近ありえないことだらけだ。正直、家に帰ってから、時々思い出してはニヤニヤ笑いが止まらない。
ここではそれをなんとか押し隠し、キリリッとした表情を貼り付け、ハーフォードはきびきびとフィリアスのデスクに歩み寄った。
フィリアスが熱心に眺めている手元をのぞき込む。
案の定、マーガレット・レーン2級筆耕官の写真だった。子どもの頃から!写真嫌いで!逃げ回ってばかりいたこの男が!一度たりとも写真をまともに見たことのないこのフィーが!
「子どもの頃のマギーちゃんか? びっくりするくらいかわいいな」
「うん。かわいい」
あ、そこはもはや照れも隠しもせずにうなずいちゃうのな?
と、むしろハーフォードの方がこそばゆくなりながら、しげしげとその白黒写真を見る。ケモノの耳を頭にくっつけて、ふわふわとした毛皮生地のワンピースを着た女の子が立っている。
「顔、今とあんまり変わらないんだな」
「うん。かわいい」
「なんだ、学芸会とかの衣裳か?」
「うん。かわいい」
もはやその言葉しか知らないのではないか、と疑わしくなる勢いで、フィリアスはぼそぼそと繰り返す。
脇目もふらずに写真を眺めたまま、机に置いてあったもう1枚の写真を取り上げる。そこに写っていたのは、今の20歳のマギーで——
そして、やっぱり、頭にケモノ耳をくっつけていた。
「おまっ……お前たち、どういう遊びをしてるんだよ……いや、いいけどな…マギーちゃん幸せそうな顔してるから、いいんだけどな……!」
これをどう嫁に説明しよう。とっさに迷ったハーフォードは、次の瞬間、その難問を一気に棚上げした。
フィリアスの指がぱちんと鳴ったかと思うと、ぱらぱらぱら、とかなりな数のカード状の紙が現れたのだ。
すべて、写真だった。しかも、すべて、マギーの写真。しかも、ニーナの作った髪飾りをつけているから、たぶんここ最近の写真。しかも、すべてすべて、横顔か、こちらから目線がずれている。
フィリアスは、取り出したばかりの写真を、次々取り上げて、子どもの頃の写真と比べて眺めている。口元がほんの少し上がっていて、どう見ても上機嫌だ。
……さすがに察したハーフォードは、地を這うようにため息をついた。
「フィリアス、お前、これ、隠し撮りだな?」
ぴくり、と一瞬フィリアスの指先が動いた。何事もなかったかのようにまた次の写真を取り上げる。
「マギーちゃん、これ撮られてること、全然気づいてないんだろ? お前のことだから、フィンガースナップだけで、写真魔術を発動できるようにしちゃったんだろ?」
素知らぬ顔で、フィリアスは次々写真を取り上げては眺めている。職員食堂で隠し撮りしたと思われる1枚で、手を止めた。
横顔のマギーが、フォークを口に加えたまま、目を見開いて美味しい顔をしている。その写真を真剣に眺めるフィリアスの横顔に、「うん。かわいい」と書いてある。
ハーフォードは、コツコツ、と指で机を叩いた。
「嫌われるぞ。そんなことしてると」
ぴたり、とフィリアスの動きがとまった。ぽろり、と手から写真が落ちる。アイスブルーの瞳がきょろり、と動いて横目でハーフォードを見た。
「お前の趣味に、魔術だけじゃなくマギーちゃんも加わったのは喜ばしいけどなぁ……」
机をすべって端から落ちそうになっている写真をフィリアスの前に置いてやってから、ハーフォードはその目を見据える。
「ちゃんと話せ。マギーちゃんに関わることなんだから、本人にちゃんと伝えろ。んで、撮った写真は、マギーちゃんに見せろ。そういうことを蔑ろにしてるとな、いつか、たとえ嫌われなくても、ケンカくらいにはなるぞ。きっついぞー、惚れた女に口きいてもらえなくなるの。俺、5分で死にそうになったわ」
「……それは…困る」
小さくつぶやくなり、フィリアスはパチンと指を鳴らして写真をすべて消した。ハーフォードは笑ってその背をぽんと叩く。
「結婚生活15年のフォード兄さんがひとつ助言をしてやろう。ケンカになったらな。とにかく謝れ。全力で謝れ。謝ったもん勝ちだぞ。ってお前たち、これまでケンカになったことあんの?」
「ない。けど……家を勝手にひとりで買うなって言われた」
「は? 家? 勝手に買ったの?」
「買ってない。今週買うつもりだった……一緒に買う」
「うん? お前たち結婚すんの?」
「……」
……これは、一緒に住みたい以外に何も考えていなかった顔だな、と、さらに察したハーフォードは、フィリアスの頭を軽く小突いた。
「よく考えろ」
「……」
固まってしまったフィリアスを放ったまま、応接ソファーに移動して、どすりと座る。
以前、「自分の魔力色のガラスでマギーの髪飾りを作ってほしい」といきなりフィリアスが伝言鳥を飛ばしてきたときには本当に驚いた。ヴェルナン高原での出張最終日のことだ。
直接とっつかまえて真意をただしてみても、「お気に入りのものにはマーキングをして保護しておきたいから」みたいな淡々とした発注態度で、内心夫婦そろってハラハラしていたのだが。
いまや毎日マギーの髪には、フィリアスの青色が飾られている。それに時々ちらりと目をやっては、鉄面皮だったはずの弟の口元が、わずかに、でも確実にだらしなくゆるむ。
甘酸っぱく見守るこちら側としては、これがニヤつかずにいられるかよ!だ。多少なりとも25歳児の情緒が育ってきたみたいで喜ばしい。
「で、マギーちゃんは?」
「……午後のこの時間は、いつも下の団員フロアに行ってる」
「なるほど。団長はたいてい会議か打ち合わせか、外出してる時間だからな」
今日も午後から会議の予定だったのだが、先方の都合で流れていた。その隙間に、様子を伺いにきたのだ。早急に打ち合わせておきたいことがあった。
「お前、昨日まであの子の実家に行ってたんだろ? マギーちゃん、土産の菓子を持ってきてくれたぜ。すっごく詳細を問いただしたいとこだが、その前に仕事だ。これ」
指を鳴らして、何枚かの書類を応接テーブルに出す。
向かいのソファーにやってきて座ったフィリアスは、書面を見るなり、かすかに眉をひそめた。
そういう分かりやすい苛立ちの表情を見せること自体、これまでめったになかったことだ。弟の変化を微笑ましく思いながら、ハーフォードもその書面を見て、重苦しい気持ちに襲われる。
「先日の出張の調査結果と、追加で分かったことをまとめたものだ。白銀の魔術師について、現時点でわかっていることはこれがすべてだな」
「この写真、ずいぶん古いものに見えるが」
「6年前に撮られたものらしい。その後の写真はすべて、魔術師本人がマルタ帝国から逃走する際に焼き捨てている」
書類につけられていた写真には、ひとりの子どもが無表情で写っていた。白銀の長い髪の毛。青みを帯びた緑色の瞳。マギーを狙ったあの魔術師の、以前の姿だ。
フィリアスは書類を読み進める。ハーフォードは苦く笑って、要約を口に出した。何度も書面を読み返し、どこに何が書かれているか、すっかり覚えてしまっている。
「通称『白銀の魔術師』。名前は不明、おそらく無名と思われる。現在、推定13歳。幼い頃から、マルタ帝国の皇弟派のもとで暗殺行為および政治妨害工作に携わる。母親は、かつて同じくマルタ帝国で暗殺に従事していた魔術師と推測される。彼女の通称は『鬼火の悪魔』」
ハーフォードは、一生もう口にしないだろうと思っていた苦い言葉を最後に舌に乗せ、ソファーに背を預けたまま、上を向いた。「うーーん」と大きくうめきながら、両手で顔をごしごしとこする。
そうしたところで、剥がれ落ちてほしいものは何も消えず、ただ、やるせない気持ちだけが全身に渦巻く。
彼は、若い頃、その女性に会ったことがあった。そればかりか、今回のことは、もしかするとその時の自分の行動が、尾を引いているのかもしれない。
顔の上に冷たい両手のひらを乗せたまま、ハーフォードは低くつぶやいた。
「過去の亡霊が蘇ってきた気分だよ」
あけましておめでとうございます!
みなさまにとってよい1年となりますように!!




