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筆耕マギーは沼のなか  作者: コイシ直
第12章 アンブルストンのふたり

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(12-4)そしてフィリアスは知る①

 

 アンブルストン滞在2日目の朝が来る。


 早朝、いつもの時間に目を覚ましたフィリアスは、いつものように腕のなかで健やかな寝息を立てているマギーを眺める。


 日課の薬草畑の手入れをしに、ひとときヴェルナン高原に戻ろうかと思っていた気持ちが、瞬時に立ち消えた。どうせあちらは雨だ。1日くらい放っておいても大丈夫。だから、このまま、永遠に寝ていたい。


 ふたりだけのこの朝が、ずっと続けばいいのに。

 毎日、本気でそう思う。




 なりゆきで、マギーの実家を訪れることになった。

 フィリアスは、休日に外出することなどまれだ。いつもは魔術書を読んでいるうちに、1日が終わる。まったく自分らしくない。


 自分が自分でないような、足元のおぼつかない気持ちで、初めてアンブルストンの目抜き通りを歩いた。


 あれこれ建物を指しながら楽しそうに解説するマギーに、自然と相槌(あいづち)がこぼれでる。まったく自分らしくない。余計に足元のふわふわした感じが増していって、フィリアスはおぼろげに気づいた。


 もしかしたらこれが、(うわ)ついている、ということなのか。


 知らなかった彼女の過去のことを知って、浮ついている。今まで誰の過去にも無関係だった自分が。


 握ったたったひとつの華奢(きゃしゃ)な手から、つながった世界が広がっていく。


 古書店に着き、マギーの父に挨拶して早々、フィリアスの前に古い魔術書が差し出された。王都の店でもなかなかお目に書かれないようなマニアックな代物だった。当然、そこにすべての意識を吸い寄せられているうちに、あっという間に時間が過ぎていたらしい。


「さて、フィリアス君、少し話をしてもいいかな?」


 いつの間にかマギーたちが応接間を出ていって、ふたりだけになったとたん、マギーの父はそう言った。手元の魔術書の扉を丁寧に閉じて、彼は微笑んでいる。


 フィリアスはその目を見返して、自分が密かに抱いていた違和感の理由をはっきりと理解した。


 この目と同じまなざしをした人を、他にひとりだけ、知っている。

 陽気に見えて、その(じつ)、ものごとの(ことわり)をじっと見通そうとするまなざし。


 ——このサイモンという人は、自分の師匠に、どことなく似ている。


 茶色みの強い灰褐色の髪、明るい茶色のなかに緑を帯びた光が混じる(はしばみ)色の目。


 外見の色味まで師匠と少し似通っていて、落ち着かない気分になる。髪の毛の銀や灰色、目の色の緑や青。魔力持ちの人間にありがちな色彩だった。


 子どもの頃、師匠はフィリアスの世界のすべてだった。いや、マギーに出会うまでは、師匠のあとを追うことだけが、フィリアスの生きる意味だった。


 でも、今は違う。もう二度と会えない師匠の面影を頭の底にしまって、フィリアスは意識を集中させる。そっと、目の前の人の内側を魔力で探った。


 思ったとおりだ。この人の身の内には、魔力を貯められる器がある。そして、いま、その内側は、からからに乾いている。


「あなたは、魔術師ですか」


 フィリアスは静かに尋ねた。状況的にも、そうとしか思えなかった。


 今までふたりでのぞき込んでいた魔術書は、相当高度な内容だ。なるほど、なかなか買い手がつかない内容だと思える程度に。そして、自分で魔力を操ったことのない者だと、感覚的に理解しづらい内容でもあった。


 それをサイモンは、やすやすと読み解く。


「昔はね。でも、しがない5級魔術師さ。マギーもテンスもそのことを知らないけどね」


 さらりと肯定され、促されてソファーの向かいに座る。サイモンは身を乗り出しながら、ほがらかに続けた。


「だからね、マギーの連れて帰ってくる相手が魔術師だって聞いて、有頂天(うちょうてん)になったんだ! ほら、年頃の女の子って、自分の親に似たところのある男の子を無意識に好きになることもあるとか言うでしょ? だから、うちの娘もそうなのかな!って。本当にねぇ、うれしくて、胸がいっぱいになった。同時に、フィリアス君が特級魔術師だと聞いて、こりゃ見抜かれるな、とも思ったよ。だから、君には全部話そうと覚悟を決めた。でもね、その前に、聞いてもいいかな?」


 穏やかな言葉が一瞬途切れた。

 かと思うと、サイモンはたいそう好戦的な笑顔で、ぐっと拳を握る。

 硬いかたい(こぶし)を、すっと胸元でかまえる。


「マギーは、うちの大事な娘は、君にとってどんな存在なのかな?! ちなみに返答次第では、一発くらいぶん殴る!」

「……えぇ?」


 陽気に高らかに、そしてあからさまに前向きに宣言されて、フィリアスは固まった。


「フィリアス君、ちなみに殴られたことある?」

「……大人になってからは、ない」

「よぉし!初体験のチャンスかな!さぁ、何でもいいよ!話してみようか!」

「……えぇぇ」


 非常に良い笑顔で拳をかまえるサイモンに、何を答えても殴られそうな気しかしない。そして、フィリアスのなかにすっかり住み着いてしまったマギーが、非常に良い笑顔で「防御魔術は使っちゃダメ」とささやいている。


 魔術師人生最大のピンチを迎えたことを悟ったフィリアスは——とうとう覚悟した。どう殴られるとなるべく痛くないのか、見当もつかない。自然と前屈みで体を縮めて、こわばった体勢になりながら、自分の中の言葉を探った。


「俺にとって、マギーは……」


 大事な人? ずっと一緒にいたい人? 違う。そんな言葉では全然足りない。


「俺の、光、です」


 口にしたとたん、すっと馴染(なじ)んだ。その瞬間、拳を握った目の前のサイモンも忘れて、フィリアスはマギーの笑顔を想った。


 とたんに目の前が明るく満たされる。その光を頼りに、手探りで、自分の中に散らばっている思いをかき集める。


「俺は、感情の起伏が乏しい人間です。その方が、魔力を無駄なく操れるから。魔術師として、はやく完成したくて、余計な心は切り捨ててきました。でも、マギーのそばは明るくて……心が動く」


 フィリアスは両手を見る。これまでほとんど魔術しか生んでこなかった手だ。


「それが、魔術師として良いことなのか、俺には正直わからない。でも……それでも、彼女のくれる光のなかにいたい。マギーさえ許してくれるなら……このまま一生側にいたい」

「魔術師としての道を極められなくなっても?」


 低く、厳しく、問いかけられる。


「はい」


 俯いたまま即答したフィリアスは、息を詰めてサイモンの拳を待った。


 ——いつまで経っても、痛みも衝撃もやってこない。


 そろそろと、身を小さくしたまま目の前の顔をちらりと見上げる。

 ……殴るんだったら、早くひとおもいにやってくれないだろうか……。


 とたんにサイモンが大きく吹き出した。


「フィリアス君!それはいけない、反則だ!叱られ待ちのワンコにしか見えないじゃないか!ずるいよ君!かわいすぎるだろ!」


 脱力したサイモンは、拳を解いて、手をのばした。フィリアスの頭を両手で思いきりぐしゃぐしゃとかき混ぜる。そして、どさりとソファーに背を預けながらぼやいた。


「ああもう、君はマギーの好きなものを知ってるのか?犬だよ犬。犬が大好きなんだ。そんな上目遣いでしおらしくされたら、そりゃあ、あの子が(ほだ)されちゃうわけだよ!僕も絆されちゃったじゃないか!」

「……マギーが側にいてくれるなら、俺は犬になる」

「フィリアス君、真顔でその発言は何だか変態っぽいから自宅の外ではやめようね!」


 そう言うサイモンはすっかり穏やかな顔に戻っていて、ひょいっとおどけて肩をすくめてみせた。


「困ったな。君は不器用でまっすぐに見える。残念ながら、僕の好きなタイプの人間みたいだ。お前なんかに娘はやれん!って、一生に一度くらい言ってみたかったのにな」




「さて、それじゃあ、何から話そうかな。僕たちが家族になる前のことから、フィリアス君には伝えておこうか」


 静かにサイモンは語り出す。


「元々、マギーとテンスは、隣の家の子でね。ビストロをやっているアンバーさん一家の子どもたちだった。僕はこの家で古書店をしながら、魔術師の妻と犬と一緒に住んでいて。最初に仲良くなったのは、犬のアレクとマギーなんだ。大きなオオカミ犬だったから、ちっちゃなマギーを背中に乗せてあげたりしていたよ。そこから、僕ら夫婦も、お隣の子どもたちとすっかり仲良くなってね」


 懐かしいものを思い出すように、あたたかな笑みがその口元に浮かぶ。

 そしてすぐに、それは(かげ)った。


「でも、国中に爆発的に広まった流行り病にかかって、僕の妻はあっという間に逝ってしまった。あの時ほど、自分の魔力の乏しさを呪ったことはない。いくら妻に治癒魔術を使っても、自分の魔力を分け与えても、焼石に水だった」


 ——この人は、おそらく禁術を使ったのだ。

 フィリアスは気づいていて、沈黙を貫いた。


 普通の治癒魔術を使ったり、魔力を相手に分け与えたりするくらいでは、自分の中の魔力が枯渇することはまずない。一時的に深刻な魔力不足の症状が出ても、いずれまた回復する。もしくは、回復せずにそのまま死ぬ。


 なのに、今のサイモンは体は元気なまま、魔力だけが完全に枯れ果てている。


 きっと、彼は、自分の魔力を根幹から丸ごと相手に譲り渡したのだ。


 この人の魔術の知識が深いのは、さっき少し話しただけでも分かった。古書店主をしながら、魔術書をひもとき、知識を追い求めていたのだろう。そして、その時、禁忌の術を使った。ひたすら大切な人の快復を願って。


 願いは叶わず、彼は妻も魔力も失った。


「妻がいなくなって、僕の人生も終わってしまった。もう、毎日、何もする気が起きなくて。でもある日、お隣の家からテンスが来たんだ。青ざめた顔をして、『ママの具合が悪いの、どうしよう』って。お隣の旦那さんも、流行り病ですでに亡くなってしまっていた」


 サイモンは、部屋の入り口に視線をやった。

 まるでそこに、小さなテンスがたたずんでいるように。


「僕がこの子を守らなきゃいけない、って思ったとたん、テンスの手を引いて走り出してた。お隣の家に入った瞬間、小さなマギーが部屋の隅で泣いていて。それだけでもう、僕の真っ暗だった世界は、テンスとマギーでいっぱいになった。そこから先は無我夢中の17年間だったよ」


 榛色の瞳が、フィリアスを見据える。

 そのまなざしの中には静謐(せいひつ)な、揺るがない覚悟の色があった。


「僕にとっては、うちの子たちが希望の光だ。あの時から、ずっと」





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