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筆耕マギーは沼のなか  作者: コイシ直
第12章 アンブルストンのふたり

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(12-1)マギー、実家に顔を出す①

 

 私の父が古書店を営んでいるアンブルストンは、王都から鉄道で南に丸1日ほど行ったところにある。


 穏やかな緑の山々の麓にあって、カンティフラス王国の中でも人気の保養地だ。特に有名なのが、山からの清流が生み出す澄んだ湖の数々。それから、温暖な気候で育てられるさまざまな果物がとてもおいしい。


 駅から少し離れたところに、オールドタウンと呼ばれる商業地区が広がっていて、歴史を感じさせる石づくりの建物が並ぶ。


 王都から列車で1本で来られる便利さもあって、さまざまな人々が休暇を楽しみに訪れる。そのためお店も多彩で、レストランやカフェ、雑貨屋などにまじって、うちの父の古書店もあった。


 長期滞在の資産家の別荘も多いので、常連さんにはそれなりに裕福な人も多い。休暇中に楽しむ本を求めてやってきては、高価で貴重な本でもためらわずに大喜びで買っていく。なんなら、王都にいる時よりも財布のひもがゆるむようで、田舎の古書店にもかかわらず、売り上げはなかなかのものなのだ。


 そんなオールドタウンの石畳を、フィリアスさんの手を引いてゆっくり歩く。


 ちょうど初夏の季節の週末。晴れ渡った空の下、目抜き通りはリラックスした表情の人たちでにぎわっている。寄せ植えられたいろとりどりの花壇があちこち色鮮やかだ。


「あそこのカフェはね、フルーツのスイーツが名物。明日行ってみる?」

「うん。……君が好きなのは?」

「桃のパフェ!今の時期だとコンポートが載ってるんだけど、夏の盛りになったら生の桃になるの。すっごくおいしい! あ、あっちの文具屋さんは、子どもの頃から通ってた。私があんまりインクばっかり買うから、私の好きなブルーブラックのインク、何種類か常備してくれるようになって」

「どんなインクか見てみたい」

「実家にあるよ。後で見せるね」


 あれこれ話しながら、私は少しおかしくなった。なんだか全然帰省してきた感じがしない。いつもの疲労感がないのだ。長時間、列車に揺られたあとの、ちょっとぐったりした感じがない。


 だって、いきなり駅の裏手に、移動魔術で飛んできてしまったから。


 主要な駅には、移動魔術のための魔法陣が仕込んであることを初めて知った。王宮魔術師しか使えない魔法陣で、出張の時はそこまで飛んで、魔術師でない列車移動組と合流することがよくあるらしい。


 私たちが今朝起きたのは、国の最北ヴェルナン高原。そして、今いるアンブルストンは最南の地域。


 あっという間にカンティフラス国を縦断してしまった。2級くらいの魔術師だったら、4回か5回に分けて、休みながら飛んでくる距離だと思う。フィリアスさんの力は、本当に底知れない。いったい1回でどのくらいの距離を魔術移動できてしまうのだろう。


 でも、フィリアスさんとは、いつか普通の旅行をしてみたい気がした。移動、ではなく、旅行を。


「フィリアスさん、次は列車で来ない?」

「どうして?」

「こうやって、2日しか休めない時には、魔術で一瞬で来られた方が便利でうれしいけど。でも、フィーさん、一度も列車に乗ったことがない?よね?」

「うん。ない」

「車窓からの風景も、なかなか味があるんだよ。丸1日、移動にかかっちゃうけど。うちの兄とこっちに帰ってくる時は、ワイン1本持ち込んで、ゆっくり飲みながらランチ食べて、外を見たり、カードゲームしたりしてる。次は7月の夏のお祭りに合わせて、のんびり列車で来てみない?」


 ゆっくり、のんびり、時間をかけて。いろいろな風景に小さな思い出を重ねて。この人とは、そういうことを、してみたい。


 きっとフィリアスさんは、ひとりだったら魔術ばっかりに時間を使う。私はひとりだったら、本と文字の世界ばっかりにのめり込む。


 だからこそ、ふたりでいる時には、ふたりだからできることを。


 フィリアスさんは、口元をほんのりほころばせてうなずいた。


「わかった。次はレモンポセットと花火だ」

「うん、お祭りのおいしい食べ物がいっぱいあるけど、レモンポセットは絶対飲む!」


 大切な約束をしっかり結び直しながら歩いていく。気づけば私とフィリアスさんの間には、まだまだ結んだ約束がいっぱいある。やりたいことも増えていく。


「いっぱいいっぱい楽しいね」


 私はつぶやいて、足を止めた。父の古書店の前だった。




「初めまして。フィリアス・テナントと申します。突然の訪問にも関わらず、このように迎えていただき感謝します。王都の第2魔術師団の団長をしており、ご縁あってマギーさんと親しくさせていただいています」


 父の前で、突然フィリアスさんが常識人になった。私はあんぐりと口を開けてしまう。え、そんなしゃべり方もできたの? いや、できるか。魔術師団の団長だもんね。王族やら政治家やら、いろんな人と会うもんね。いやでも、やっぱり……そんなしゃべり方、できたの?!!


 私たちより1日前からこちらに滞在している兄とアンナさんも、応接間のソファーに腰掛けながら、ぽかーんとフィリアスさんを見ている。そうだよね、そうなるよね?


 シンプルなジャケット姿の今日のフィリアスさんは、王宮魔術師ローブを着ている時の浮世離れした魔術師、みたいな雰囲気はない。けれど、そうやって話しているとじゅうぶん立派な団長みたいにみえる。いや、実際、立派な団長なのだけれど。


「こちらこそ、遠路はるばるありがとうございます。マギーとテンスの父のサイモンです。いやぁ、まさか、こんな日が来るとは思わなかった。テンスも、マギーも、大人になって……」


 あ、父がすでに泣きモードに入っている。私はさっと中腰になって、ハンカチを差し出す。受け取った父は両目に当てると、「うう」とうめいた。


「すみません。もう、涙もろい年になってしまって」

「お父さん、昔からでしょ。私が学校の学芸会でキツネの妖精をやった時とか、もう、最初から号泣してたじゃない」

「だってマギー、あれはお前がかわいすぎたんだよ。僕のせいじゃない」


 とたんにフィリアスさんが食いつくように反応した。


「キツネの妖精?それは見たい」

「写真あるよ!見るかい?」

「見る」


 いやもう、お父さんは得意げに言い過ぎだし、フィリアスさんは前のめりになりすぎだ。あっという間に、ピカピカのかっこいい団長さんの仮面が落ちて、いつものフィリアスさんになってしまった。


 いつでもフットワークの軽い父は、ぴゅうっと応接間から飛び出していくと、ぴゅうっと戻ってきた。その腕には、アルバムが抱えられている。


 慣れた手つきで父は、その白黒写真のページを広げた。


 ふわふわの毛皮みたいなドレスを着て、大きなキツネの耳をつけた8歳の頃の私が、ちょっと斜めのポーズでお澄ましして立っている。


 ドレスの後ろにつけたふわふわのしっぽが、父と私のお気に入りだった。あまりに気に入りすぎた父が、わざわざ写真館に連れて行って撮ってくれたのだ。


「これはいい」

「いいよね」


 アルバムを覗き込んだフィリアスさんと父が、頭を寄せ合ってうなずきあっている。


 パチリ、とフィリアスさんの手が鳴ったかと思うと、1枚の紙が現れた。……まったく同じ写真だった。


「永久保存にする」

「ちょっとフィリアスさん、恥ずかしいから勝手に複製しないで!」

「フィリアス君!それ僕にも1枚ちょうだい!店に飾る!」

「どうぞ」

「勝手にお父さんにあげないで!」


 ぷは、っとテンス兄さんが吹き出した。


「僕も欲しいな。魔術って本当に便利だね」

「うん」


 容赦なくフィリアスさんが、もう1枚複製を兄に差し出してしまう。


 その後も次々と家族写真の複製が生み出されてしまって、本当に魔術っておそろしいと私は思い知ったのだった。


 ……私も小さい頃のフィリアスさんの写真を勝手に秘蔵しているので、実は何も言えないのだけれど!




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