(10-2)マギーとカワード家①
何とかお互いの赤面がおさまった後。いつものように淡々とした顔のフィリアスさんが連れてきてくれたのが、王都第4区。商業地区の中にある、大きな5階建ての家だった。
家の前についたとたん、ぱっと2階の窓が開く。そこから大きく身を乗り出すようにして、ひとりの女性が叫びながら手を振った。
「フィー君、マギーちゃん連れてきたの?って、その子?!わぁぁぁぁかわいいーー!!」
「お母さん、そんな身を乗り出したら落ちる!って、わぁぁぁぁかわいいーー!!!」
思いっきり窓のへりギリギリのところまで体を出して、大きな緑の目を丸くしているお母さんと、その背中をつかんで同じように青い目を丸くしている娘さん。とてもよく似た表情をしているふたりとも、燃えるような明るいオレンジがかった赤毛をしていて、一目でわかった。きっと、ハーフォードさんのニーナさんと、一番上のお嬢さんのルミちゃんだ。確か14歳だったはず。
2人の間からひょいっとハーフォードさんが顔を出して、「ああ、来たか」と笑った。
「おはようございます! お世話になります!」
ぺこりと頭を下げたら、
『わぁぁぁぁ!声もかわいいーー!!!!』
ニーナさんとルミちゃんにそろって大喜びされてしまった。道ゆく人が何事かとこちらを見ていて、ご近所さんらしいおじさんが笑って窓を見上げて声をかける。
「ハーフォードんとこは今日も元気でいいなぁ」
「はは、うるさくしちゃってごめんな! マギーちゃん、そんなとこ立ってないで、こっちに上がっておいで」
フィリアスさんが、通りから数段上がったところにあるドアの鍵を慣れた様子で開け、私の手をとって中に引き入れる。1階はとても広い空間で、
「これ、もしかしてニーナ・ブルーの工房?!」
「そう。師匠がいたときは、魔導具屋みたいなことをしていた。ほとんど閉めてたけど」
言いながら、フィリアスさんは私の手を引き、脇の階段をのぼって2階のドアを開ける。そこはとても居心地の良さそうな応接間で、その奥には食卓エリアも見えている。
「何だか、高原のお家と似た間取り……?」
思わずつぶやくと、フィリアスさんの口元がほんの少し上がった。
「どちらも、元は師匠の家だから」
まだ窓際にいたルミちゃんが、ギョッとしたようにこちらを見る。
「うわ、フィー兄が女の子と手をつないでる。普通にしゃべってる。え?本当にフィー兄?」
「ルミ、そこはそっとしておいてな。マギーちゃん、ソファーにでも座りな。フィリアス、お前は座らない!」
苦笑しながら、ハーフォードさんは、私と一緒にソファーにしれっと座ろうとしたフィリアスさんの首根っこを後ろから引っつかんだ。
「お前はこれから出張! 俺と一緒! ほら、マギーちゃんの手を離せ!」
フィリアスさんの手が一瞬不服そうにこわばって、それからしぶしぶ力を抜いた。
骨張った大きな手が、ゆっくり私の手のひらをなぞって指へと上がっていく。最後に私の爪先をきゅっと名残り惜しそうに引っぱってから、ふつりと離れた。
一気に今朝の赤面が戻ってきそうになって、息を吐いてやり過ごす。フィリアスさんの指が鳴って、私の旅行かばんが足元に現れる。
「じゃぁな、ちょっと行ってくる。2、3日もしたら戻って来れると思う」
ハーフォードさんは、背の高い弟の襟首をつかんでずるずると引きずりながら、奥さんと娘さんのおでこに行ってきますのキスをする、という難しい芸当をさらりとやってのけた。
そして王宮魔術師ローブを着たふたりの姿が、移動魔術の青い光に包まれる。あっという間にその姿がかき消えて、
「フィー君、売られていく子牛みたいな目をしてた」
ニーナさんがおかしそうにつぶやいた。
「マギーちゃん、朝ごはんは食べた? 何か作ろうか?」
太陽みたいに明るい笑顔を浮かべるニーナさんに、私はぴょんと立ち上がって、頭を下げた。
「大丈夫です! しっかりフィリアスさんと一緒にもりもり食べました! あらためまして、マーガレット・レーンと申します。王宮国立文書室の2級筆耕官です。今は魔術科に出向して、フィリアス・テナント第2魔術師団長の業務補佐官をしております。急に押しかけてしまって申し訳ありません。しばらくお世話になります。よろしくお願いいたします」
「わあ、そんなかしこまらないで! ルミ、ちょっとお茶をいれてきてくれる?」
「うん、わかった」
ルミちゃんが足取り軽くキッチンに向かう。ニーナさんは私と向かい合ってソファーに座った。いきいきと好奇心いっぱいに輝く大きな緑色の目が、私を見て、とても嬉しそうに笑っている。
「あらためまして、ニーナ・カワードです。ガラス職人をしています。マギーちゃんに会えるの、本当に楽しみにしてたんだ。それ、つけてくれて嬉しい。私のお気に入りのものと、テイスト揃えて作ってみたの」
ニーナさんは、自分のかんざしを頭の後ろから引き抜いて見せてくれた。私のものより少しだけ紫がかったような青色をベースにしていて、小鳥とリスの代わりに、小鳥と貝殻のチャームが付いている。
「わぁ、こちらもとってもきれい……! 私のも、本当にありがとうございました。すごくすごく好きな青色で、何でこんなに好みのど真ん中なんだろうって、びっくりしちゃいました!」
「そんなに好きだったんだ……それ、フィー君に言った?」
微笑ましそうに、ニーナさんは首を傾げる。
「言ったんですけど、何というかその……フィリアスさん、すっかり固まってしまって」
「ふふ、固まっちゃんたんだ? 喜んでもらえてよかった。魔術師からのオーダーって、フィー君にみたいに、自分の魔力の青色をガラスにしてください、っていうのがほとんどなの。ほら、魔力って、人それぞれ微妙に違った青色をしてるでしょ? 自分の命の色を大切な人に捧げます、って想いを込めて、人生の節目の贈り物にしてもらえることも多くて。フィー君からいつかそんな依頼が来たら嬉しいなぁって思って、ずいぶん前からほとんどベースは作り上げてて。今回、銀のチャームを希望に合わせて用意したの。……って、あれ、もしかして……フィー君から何も聞いてない……?」
私は無言で、こくこくとうなずいた。たぶん、今日いちばんの顔の赤さになっていると思う。
今朝、私、フィリアスさんに、何を言った?
『この青、すごく好きです。やさしくて、あたたかくて、本当に大好き』
うわぁ……何も知らずに、大好きって言っちゃった……。
顔を真っ赤にした、フィリアスさんが目の前に浮かぶ。とたんに、あのちょっとだけ甘みをおびた、初めて聞く声が耳の奥に蘇ってくる。……うわぁ……うわぁ……フィリアスさんの大切な色を贈ってもらえるなんて、あんな声で似合ってるって言ってくれるなんて。いま目の前にフィリアスさんがいたら……思い切り抱きついてしまいそう!
フィリアスさんがここにいなくてよかったような、今すぐ顔を見たいような、もはや心が大混乱だ。でも確かに、出張の朝にもらえてよかった。ずっとフィリアスさんがそばにいるような、確かな安心感がある。もしかしたら、何か守りの魔術が込められているのかも知れない。
「そのかんざし、毎日使いたくても、ちょっと凝りすぎてて普段づかいにはしにくいよね? いざ勝負っていう、よそゆきのお出かけの時に使いたくない? と思って、実はフィー君に相談して、普段用のヘアアクセサリーも作っちゃった。安心してね。こっちにも強力な守護魔法がかかってるから」
そう言って、目の前に差し出された箱の中には、装飾も他の色も一切ない、青だけの美しさが際立つ一本のガラスのかんざしと、同じく透明な青一色のガラスのデイジーが咲くヘアゴムが入っていた。目が吸い寄せられる。
本当に好きな青色だった。これがフィリアスさんの色。
「ね、毎日使えるでしょ。毎日フィー君ドキドキさせちゃおう」
そう言って、いたずらっ子みたいな顔をして笑っているニーナさんは、にっかり笑った時のハーフォードさんとよく似た顔をしている。とてもとても素敵だった。
「ありがとうございます! フィーさんが帰ってきたら自慢します」
「そうしてあげて。もっと固まっちゃうかもしれないけど」
ニーナさんと顔を合わせて、ふふふ、と笑った。やっぱり……早く帰ってこないかな。




