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筆耕マギーは沼のなか  作者: コイシ直
【第2部】第10章 フィリアス、しぶしぶ出張に行く

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(10-1)フィリアス、出張にとても行きたくない

 

「いやだ」


 フィリアスさんが言った。もう3度目だ。


「起きたら、出張に行かなきゃいけない」


 後ろからぎゅうぎゅう抱きしめられているので、顔は見えない。けれど、断固拒否したい気配だけはひしひしと伝わってくる。私は自分の胴にがっちり回った腕を、ぽんぽん、と叩いた。


「フィリアスさん、フィーさん、わがまま言わないの。起きましょ?お仕事しなきゃ」

「いやだ」


 またはっきり駄々をこねられる。イヤイヤ期の子どもかな? 私はふふっと笑ってしまう。


「フィリアスさんが出張から帰ってきたら、一緒にキャラメル作りましょうか」


 ぴくり、と、フィリアスさんの体が揺れる。


「キャラメル持って、お散歩しませんか? 野バラがきれいな丘が郊外にあって。丘のふもとにワイン農家さんのやってるカフェがあって、白ワインがすっごく美味しいの。うちの兄のお気に入り」

「……行きたい」

「ね!行きましょ! だからその前にお仕事パパッと済ませちゃお」

「……君とだったら、行く」


 一瞬、腕に力がこもって、それからのろのろと離れていく。もぞり、と背後でようやく起き上がる気配がした。


「でも、ひとりで出張……」


 フィリアスさんは、いちど私を抱き枕にして深く眠れた日から、夜になると暖炉の前にマットレスを敷いてスタンバイするようになってしまった。私が行かないといつまでも寝てくれないので、流されるままに抱き枕生活がもう3日も続いている。フィリアスさんの腕の中があったかすぎて、快眠してしまう私もどうかしているのだけれど。


 あの白銀の魔術師に襲われてから5日。

 捜査と探索は、フィリアスさんのお兄さん、ハーフォード・カワード団長が率いる第1魔術師団が中心になって行っている。


 カンティフラス王国が誇る王宮魔術師団は四つに分かれていて、担当する分野がざっくりと決まっていた。

 戦闘の可能性もある対人業務は、主に第1と第4が。魔導具開発や研究調査は、基本的に第2と第3が。それぞれ担当している。


 ただ、あくまでも大まかに住み分けが決まっているだけで、臨機応変に業務に駆り出されるらしい。フィリアスさんは第2魔術師団長として、そしてカンティフラス王国で5人しかいない特級魔術師のひとりとして、今日から捜査現場に合流することになっていた。


 さっきまであった背中のぬくもりが、すっかり消えてしまった。


 私も起き上がって、フィリアスさんを見た。いつもどおりほとんど無表情で、でもうなだれて、あからさまにしょんぼりしている。あと、寝癖がすごい。銀髪もっじゃもじゃ。大変だ、すっごくかわいい。こんなの、離れたくなくなっちゃうじゃないか! 


「確かにもし出張先でうまく眠れなかったら困りますね……前に一緒に作った夢見草のサシェ、持ってます?」


  ぱちり、とフィリアスさんの白くて形の良い指が鳴る。ピンクのリボンを結んだ木綿袋のサシェが、手の中から現れた。安眠効果のある薬草の花で作られたその香り袋だったら、きっと少しは眠りの役に立つはず。


「それ、寝る時に使ってくださいね。私も、自分の分のサシェ、今晩から寝る時に枕元に置いて寝ます。きっと良い夢が見られると思うな」


 自分の望んだ夢を見られる効果もある夢見草。少しでもフィリアスさんの心を和らげてくれるとよいのだけれど。


「うん」


 フィリアスさんは、腕をのばして、私の頭をぽんぽん、と撫でた。ふわり、と体に守護魔法がかけられた気配がする。そのまま、頭を引き寄せられて、そっとフィリアスさんの骨張った肩口に抱え込まれる。


「うん……行ってくる」

「いってらっしゃい」


 私は笑って、自分のおでこをぐりぐりとフィリアスさんにこすりつけた。少しでも元気になってほしいな、と思いながら。


 そうやって、どうにか出発の決意を固めたはずなのに。朝食の席で、フィリアスさんは、ずっとそわそわしている。


 ぱっと見た限りはいつもと同じ冷静さなのだけれど、私と目が合うと、あからさまに目が泳ぐ。すっかり面白くなって、フィリアスさんの方ばかり見ていたら、とうとう俯いてしまった。やりすぎてごめんなさい! でも、なんでそんなに動揺しているんだろう?


 それでもいつものとおり、魔術師らしく大量のごはんをお腹におさめたあと。フィリアスさんはようやっと顔を上げて、息を詰めるように、指をパチリと鳴らした。白い箱が現れる。


 私の目の前に、そろりと箱が差し出された。

 純白のリボンのかかった、どこまでも純白の、長方形の箱。


「君に」


 とても硬い声でひとこと漏らしたきり、フィリアスさんは黙り込む。


「私に?」


 はずむ声を抑えきれないまま、大切に受け取って、そっとリボンを解いた。

 中に収められていたのは、


「きれい……すごくすてき……」


 息をのむほど美しい、青色のガラスのかんざしだった。

 他に言葉が見つからない。そっと持ち上げる。


 ベースのガラスの青色は深く透き通っていて、そのなかに銀色の小さな星屑(ほしくず)が無数に散りばめられている。ヘッドトップに、繊細な銀細工。その中心に、丸い一粒のガラス玉が据えられている。青色の球に月光のゆらめきを封じ込めたようだった。気品にあふれた小さな王笏(おうしゃく)みたいだ。


 ガラス玉の台座から、優美な銀の飾り鎖がのびている。その先につけられていたのは、小さな銀色の小鳥とリスのチャーム。ガラス玉の月光を見上げるように、寄り添っている。


 もしや、と思ってかんざしの下をのぞきこむ。そこにも銀の縁飾りが施されていて、鳥のアイコンとブランド名が小さく刻印されていた。


「ニーナ・ブルーのかんざしだ!!!」


 私は思わず歓声をあげてしまう。

 ものすごく人気のあるブランドのヘアアクセサリーだった。東方の国から伝わってきた髪留めをモチーフにしたガラス細工に、カンティフラス風の金銀細工を合わせてある。基本的にはオーダーメイド。デザイナーと相談しながら自分の希望を最大限に入れ込んで、丁寧に細部にまでこだわって作ってもらえる。そのかわりに、値段もかなり高い。それでも欲しいと思えてしまう芸術性の高さで、順番待ちも長かったはず。

 とにかく、めったなことでは手に入らないものだった。


「これを、私に?!」

「君に」

「うれしい!どうしよう!ありがとうございます!本当にうれしい!」


 あこがれの髪飾りが手の中にある。信じられない。ニーナ・ブルーを持てる日が来るなんて思わなかった。なんてきれいな青色なんだろう。なんだかとても心に馴染(なじ)む。


「この青、すごく好きです。やさしくて、あたたかくて、本当に大好き」


 うっとりとつぶやいて、手の中の青色をじっと堪能する。見飽きない。しばらくじっくり眺めてから、顔をあげて——びっくりした。


 目の前のフィリアスさんが、片手で口を覆って、完全に固まっている。その顔も、手も、首も、何もかもが真っ赤だった。


「フィーさん!? どうかした?!」

「…………どうもしない」


 そういうフィリアスさんの方から、突然じわりと冷たい空気がやってくる。あれ、もしかして、冷却魔法で顔を冷やしてる……? 


 よくわからないのに、目の前の赤面を見ているだけで、私まで赤くなってくる。なんで?どうして?何この状況?! とにかく、話題を!何かクールダウンできる話をしないと!


「に、ニーナ・ブルーって、注文してから早くても半年は待つって聞きました。これ、なんで?どうしたんですか……?」


 リスのチャームがついている。リスに似ているとよく言われる私をイメージして作ってくれたとしか思えなかった。でも、半年前には、まだ、フィリアスさんと出会ってもいない。


「ハーフォードの奥さんに作ってもらった」

「うん?」

「ニーナは、ハーフォードの奥さん。ニーナ・カワード」

「……え?」


 私はぽかんと口を開けた。

 ハーフォードさんがこの上なく幸せそうにしょっちゅう自慢する奥さんが……ニーナ・ブルーの作者さん?! 嘘でしょう?!まさかのすっごい有名アーティスト! 空いた口がふさがらない。


 まだ少し顔に赤みを残したまま、フィリアスさんが言う。


「だから、今、つけてほしい」

「あ、なるほど、確かに。これからハーフォードさんのお家にいくんですもんね。使っているところをちゃんとお見せして、お礼を言わないと」


 私は我にかえってうなずいた。フィリアスさんが出張に行く間、このヴェルナン高原の隠れ家に私ひとりでいるわけにはいかない。かといって、自宅では襲われてしまう不安もある。ハーフォードさんのお家だったら万全の防御体勢が整っているそうで、


「うちには娘が6人いるんだ。マギーちゃんひとり増えたところでどうってことねぇよ」


 と豪快に笑うハーフォードさんのお言葉に甘える形で、今日からしばらくお世話になることが決まっていた。

 

 私は自分の茶色の髪を束ねていたヘアゴムを外して、慎重にかんざしに髪を巻きつける。これまで何回か、ニーナ・ブルーをちょっと真似したようなかんざしは使ったことがあった。だから使い方は、たぶんこれで合っている、はず。


「どうですか?」


 くるっと背中を向けて、フィリアスさんに見せる。きっと私の頭の後ろには、小鳥とリスが仲良く揺れて、澄んだ青い世界を見つめている。


 返事がない。

 もしや、と思って、じわじわ振り返る。


 またもやフィリアスさんが、完全に固まっていた。さっき口元を隠していた手は、下にずり落ちている。口元と目元がほんの少し、甘く甘くほころんでいて、その顔には、また赤みが戻ってきていて。


 何だかはじめて、普通の男の人、みたいだった。


 ひゃあ!だめだ!まともに顔が見られない!


 私はぴっ!っと顔をそらして、フィリアスさんの顔から逃げた。とっさに両手で自分の顔を隠したのに、一瞬見てしまった表情から逃げられなくて、たぶん一気に首筋まで、私もまっかっかになっている。


「似合っている」


 ぼそり、と後ろから聞こえた言葉まで、甘く聞こえてしまって、息が止まる。


 生まれて初めてちょっぴり砂糖をなめてしまった人みたいに、私の世界は甘くて、甘くて、もう溺れてしまいそうだ。




今日から第2部、投稿させていただきます。

前の区切りから時間があいてしまって申し訳ないです……!

第1部&『ガラス屋ニーナ』、

たくさんの方に読んでいただけて、とっても嬉しいです!!ありがとうございます。

何かと忙しい年末年始にわたっての掲載ですが、引き続き、お付き合いいただけたら幸いです。

どうぞよろしくお願いします!

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― 新着の感想 ―
甘あああああああ〜い!! ニヨニヨしちゃいました(o^^o)
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