(8−4)マギーと見知らぬ魔術師③
光の直後、とどろく爆発音。そこに紛れてすぐ目の前の何かが崩壊する音。
しゃがみ込む。ほんの一瞬、五感が停止し、すべてが遠く感じられ、とたんにふわりと体にあたたかいものが巡って、すぐに目も耳も元通りになった。直感的に理解できた。私にかけられていた守護魔法のおかげだ。
急に、乱暴に腕を引っ張られた。
視界が揺れる。体が浮く。ぬくもりが一気に剥ぎ取られる。全身に悪寒と激痛が走る。
無理やり何かを抜き取られたように、膝から力が抜けた。
腕をつかんでいるこの手を、私は知らない。目の前が昏くなりかけて、必死で奥歯を噛んだ。きっとここで気絶したらまずいことが起きる。
「おや、同時にゴールかぁ。全力ダッシュ競争とか、どこの子どもかって感じで楽しいねぇ」
冷え冷えした声が、つかまれた腕の上から聞こえてくる。私は無理やり頭に力を入れて、そちらを仰ぎ見た。
私をつかんでいるのは、あの白銀の魔術師の華奢な手だった。
その顔は、正面のハーフォードさんに向けられている。その額には、黒光りする銃身の拳銃が、突きつけられていた。
背後にはフィリアスさんがいて、青光りする魔法陣を、魔術師の頭にかざしている。魔力封じの陣だった。
「魔力勝負の最後に銃を突きつけるとか、無粋じゃない? だいたい、さっきの援護のジュール紋、何? 仲間の力を補助する紋を横からぶちこむとか、ずるくない??」
「遊びじゃねえんだよ。犯罪者とっつかまえに来てんだ、こっちは」
かちり、と、ハーフォードさんの手の中の銃が、音を立てる。
「あはは、勤め人は大変だ。それにしても、マーガレットさんの写したものは期待以上だね」
のんびりと、まったく銃に怯える様子もなく、魔術師はとうとうとしゃべり続ける。
「魔法陣、オリジナルより遥かに使いやすそうだった。でも、ジュール紋は、通常の援護の形で使った方が強力だったなぁ。そこの短髪のお兄さんの実力かな。いやぁ、勉強になった。今日はとてもいい日だ」
魔術師は、満足そうに言い放った。それから、突きつけられた額の銃を、きょろりと見上げる。
「うーん、この至近距離だと、さすがにこっちが何かの陣を展開するより、そっちが銃の引き金を引く方が早いよねぇ。すごいね、その銃、かっこいい。欲しいな。あと、頭の後ろの魔法陣。たぶんマーガレットさんの描いた陣でしょ。すっごく欲しいな」
「やらねぇよ」 「俺のだ」
ハーフォードさんとフィリアスさんの声が重なった。
「つまんないの」
ちらり、と私を流しみた白銀の魔術師が、にこり、と笑った。そのあどけない笑顔が、何より、怖かった。
「マーガレットさん、会えて嬉しかったな。次は、そうだな、君たちの国が盛大に浮かれている時に、遊びにこようかな。えっと、大園遊会だっけ。外国からのお客さんもたくさんいるみたいだし。そこまでは、楽しみにおとなしくしてるよ」
ハーフォードさんが低くうなる。
「逃がすかよ」
「うん、後ろの彼も、魔力封じの魔法陣をベッタリ頭にこすりつけてくれちゃってるの、知ってる。でもね。いいこと教えておいてあげるよ。一番得意なのは、封印破りの術なんだ」
とたんに青い光をほとばしらせて、その姿がたやすくかき消える。
「またね。次は、アレクって呼んでね。いい名前でしょ」
私の耳に、残響のようにささやきを残して。
つかみあげていた腕がなくなった瞬間、私の体が崩れ落ちようとする。後ろから伸びた両腕と大きな体が抱き止めてくれる。そのままふわりと、体が宙に浮いた。
フィリアスさんだ。
ぼんやり働かない頭で、私は思う。泣きたくなるくらい深く安心した。
もう大丈夫。私は、大丈夫。
次の瞬間、体のどこにも力が入らなくなった。ぐにゃり、と視界が歪む。そして、うっすらと気づく。
あれ、これ、フィリアスさんに、お姫様抱っこされてる?
え? あの腕、そんなに筋肉あったっけ?
ああ、そっか、魔力で補助してるのか。あんな特級の魔法陣を使ってまだ余力があるとか、さすが……。
「これ、まずいな。あいつ、無理やりマギーちゃんの守護魔法を全部はがして、動けねぇよう消耗する拘束魔術を使いやがった。早く帰るぞ。相当ダメージ受けてる」
ぐらぐらと世界が揺れ、目がかすんでくる。意識が遠のきながら、今日いちばん焦った口調のハーフォードさんに、笑いが込み上げてくる。
「だい、じょうぶ……です……体……すっごく丈夫なので……だから……」
そんな顔しないで、フィリアスさん。
最後の言葉は伝わらず、私の意識は闇に落ちていった。




