(6−5)マギー、筆耕科の先輩と会う
魅惑の筆記具と実用的な紙製品がずらりと並んだライマン文具店で、私はうっとりと息を吸い込んだ。
「これこれ、ここに来たかったの」
次から次に試し書きをし、新しいペンを3本、交換用のペン先を1箱、インクを数種類、メモ書きできる手のひらサイズのノートと、清書用の革のノートをそれぞれ5冊。
どっさり買い込んで、外に出ようとしたところで、
「マギーちゃん!」
「サティさん!」
ばったりと鉢合わせたのは、筆耕科の先輩のサティさんだった。左手に戦利品の文房具の包み、右手にフィーさんを抱っこしている私を見て、これ以上ないくらい目を丸くしている。
お客さんの出入りの邪魔になるからと、ひとまず外に出て、お店の角の路地に移動する。サティさんはあらためて私をまじまじと見て、深いため息をついた。
「マギーちゃん、無事だったのね。本当に良かった」
「あ、あの、もしかしてあの新聞記事、読んだんですか?」
「そう、何か事件に巻き込まれたんじゃないかって、筆耕科ですごく噂になってね。部長が心配して魔術科に問い合わせても、マギーちゃんは出張中だって返事しか戻ってこなくて。みんなですっごく心配してたの」
「それは本当にすみません……私も出張から戻ってきたばかりで。なんであんなゴシップ紙の記事になってしまったのか、全然分かってないんですけど……。皆さんに無事ですって伝えていただけるとうれしいです」
あらかじめ決められた通りの受け答えをしながら、私はサティさんのことが気に掛かった。
「あの、サティさん、ちょっと痩せました……?眠れてます?目の下の隈が……」
全体的に頬からあごにかけてのラインが少しこけてしまった印象で、メイクで隠しきれていないくらい、目の下に黒いよどみがある。むしろサティさんの方が、どこか悪いんじゃないかと心配になってしまう。
「うちの旦那さんが、ちょっと具合悪くなっちゃって」
やつれたサティさんがいいよどむ。私は仰天した。
「旦那さんの看病されてるんですか?お子さん二人もお世話してるのに?! 私に何かお手伝いできることありますか? お子さんと遊んだり、簡単なご飯作ったり、あとは、お掃除とか洗濯とか……やれることが少なくて申し訳ないんですけど」
「ありがとう……本当にごめんね」
思い詰めたような口調でサティさんはつぶやいて、荷物を抱えた私の腕に、そっと手を添えようとして——犬のフィーさんが反対側の腕の中で低くうなったのが同時だった。
とたんに、じゅっと何かが焦げるような音。ぞっとする臭い。白い煙。
「《緊急捕縛》」
シャーリーが凛とした声で宣言する。私に触れたとたんに煙を吹き出した右手を胸に抱え、飛び退き、声なく絶叫したサティさんが、そのまま身動きできなくなる。
「衛兵隊、誰か!」
大声のシャーリーに、ばたばたと慌ただしく走ってくる足音。
「ああ、ラミア隊長とハリー先輩!その路地の向こうに隠れている男ふたりを捕まえてください。一時的に動けなくしてあります」
有無を言わせないきびきびとしたシャーリーの指示に、「了解」と即座に切り返しつつ、衛兵隊長のバッジを揺らしながら男性がかけていく。その後にハリー先輩が続いた。
ふたりは、路地の陰から人影を引っ張り出す。腕をつかまれたことで一時捕縛の魔法がとけたらしい男たちが、なんとか振り切って逃げようと暴れた。
その瞬間、隊長さんとハリー先輩が、情け容赦ないこぶしを握り、暴れる彼らのみぞおちに沈める。ぐらり、と体が傾き、男たちは地に崩れていった。
ハリー先輩が、殴った形のままのこぶしをシャーリーのほうに突き出して、意気揚々と叫ぶ。
「仕留めたぞ!」
「腕自慢の猟師かな」
シャーリーは小さくつぶやくと、後ろを振り返った。
「コール」
「はいはい」
シャーリーの後ろから、移動魔法の青い光をまとった金髪に黒いローブの青年がふわりと現れる。
コールはちらりと無傷の私に目を走らせて、ほっと安堵の表情を浮かべた。間髪入れず、動けないままのサティさんに向き直る。
「サティ・ハンズリーさん。旦那さんが目を覚ましましたよ。魔術研究棟の医務処置室です。記憶は消されてうつろな状態ですが、あなたに会ったら、思い出せることもあるかもしれない」
「《治癒》」
シャーリーが短く唱える。とたんにサティさんの手の煙が散っていき、焼けただれた皮膚が現れる。コールは言葉を続けた。
「悪意ある魔術でテナント閣下の特級守護の術に触れて、その程度の跳ね返りで済むなんて、むしろびっくりです。きっとあなたに本気でマギーを害する気持ちがなかったからでしょうね。本格的な治療は王宮で行います。あなたのお子さんたちも、さっき保護しましたので安心してください。お子さんたちの命を盾に、これまで脅されていたんでしょう?」
感情をすべてひっこめたような表情のコールは、静かに問いかける。
「旦那さんたちは、あなたからマギーの才能について聞いて、彼女を狙った。あなたはジュールの血を引いていないけれど、旦那さんはそうだった。旦那さんは、身の丈以上の地位と栄光が欲しかった。違いますか?」
サティさんは泣いていた。「ごめんなさい、ごめんなさい。あの人に会わせて」と何度も繰り返しながら。
そして私は、大好きな先輩が、自分のことを狙っていたのだと知った。
今日はあと2話、投稿予定です!




