(6−4)マギーと街の熊さん
「ひゃああ、いっぱい買ってしまった!」
お店を出て、悲鳴をあげた私に、シャーリーは笑った。
「いいじゃない、日頃は無駄遣いしてないんだし。独り立ちのためのお金もだいぶ溜まってきてるんでしょ」
「うん、しかも今の職場、お給料がいいからねぇ。来年には一人暮らしできるんじゃないかなぁ。私がいつまでも出ていかないと、兄さんも結婚しづらいかもしれないし。あ、フィーさん、腕からおりましょうか。いつもあんまり運動してないんだから、今日は絶好のウォーキング日和ですよ」
私の腕からしぶしぶ降りたフィーさんを連れて、第2区に向かう。
1区と比べると砕けた雰囲気で、なだらかな丘に、バーやキャバレー、ギャラリーや小さめの商店などがひしめき合う。路上には似顔絵かきや青空古書店が出て、ヴァイオリン弾きが軽快にカフェの軒先を渡り歩き、お客さんから投げ銭をもらっている。お金はないけれど大きな夢を持つ芸術家たちが住む共同アトリエが多いのも、このエリアならではの光景だ。
私たちがよく飲みに行く林檎亭も、ハリー先輩のラブレターの怪しい便箋を売っていたモリスも、この2区にある。私が気に入って通っている筆記具の専門店も、この界隈にあった。
「今日は、ライマン文具店でペンとインクと紙を見たいんだよね。今月、新製品が出るって、筆耕科の先輩から聞いててさ。シャーリーは行きたいところある?」
「気にしないで、2区は職場だから、いつでも行けるし。あ、魚介の美味しい店ができたの知ってる? ブイヤベース最高だった」
「なにそれ!あとで絶対行こ」
そんなことをつらつら話しながら歩いているうちに、ぴたり、とシャーリーが止まった。
「派手に騒ぐのにちょうどいい場所、発見」
何かを企んでいる、悪い顔をしている。指さした先をみて、ああ、と納得した。街を警備する衛士隊の詰め所だ。ハリー先輩の職場だった。
「しかも、そろそろ巡回の交代の時間だし……ほーら、出てきた」
詰め所の入り口から、大きな体の男性が出てくる。ばっちりと正面から目があって、
「マギー!! お前!!」
熊みたいなハリー先輩が、っていうよりもはや熊が、熊が猛ダッシュでこっちに向かってくる!こ、怖い!!
あとずさった私の背中を、がっちりとシャーリーの手が押し止める。
「逃げちゃダメよー、マギー」
「むりむりむりむり」
「マギー!生きてたのか!!」
押し問答しているうちにも、ハリー先輩はこちらに両腕を広げて飛び掛からんとし——直前のところで、どだーんと思いっきりよろけて転がった。え、なにもないこんな平らなところで?こんなに派手に?転びます?
とっさに、足元のフィーさんを見た。プイッと、灰色の犬の頭が背けられた。ああ、何か魔術を使われましたね、閣下……。
「いてててて、肘と膝を打った。マギー、ほんとお前なんだよな!死んでないんだよな!」
うめきながらハリー先輩は立ち上がり、泣き笑いで私を見ながら、ほぼ叫ぶように確認した。うわぁ、道ゆく人たちみんな、いい感じに私たちを注目している!
背中に滝のような汗が流れるのを感じながら、私は先輩に全開の笑顔を向けた。
「すみません、ご心配おかけして。このとおり、ピンピンです!」
「よがっだぁぁぁぁ!どんだげ心配しだがぁ」
涙と鼻水を流しながら、ハリー先輩が吠えた。
本当に心配していてくれたのが伝わってきて、心から申し訳なくなってしまう。ふいに、父の顔が脳裏に浮かんだ。事件報道の後、兄とは再会できたけれど、父とはしばらく会えていない。さぞかし気を揉んで、心配しているだろうな。これが落ち着いたら、一度会いにいかないと。
「ハリー、何か事情があるのかもしれんが、そろそろ巡回に出ないと」
とまどったように、ハリー先輩の肩を同僚の男性が叩いている。取り出したハンカチで盛大にぐしゃぐしゃになった顔を拭くハリー先輩に、シャーリーも笑いかける。
「ハリー先輩、私たち、夕飯にフィッシャーズのブイヤベース食べに行こうかと思うんですけど、先輩も仕事上がった後に合流します?いろいろお話ししましょ」
ハリー先輩は、鼻と胸が詰まって上手く声が出なくなってしまったようで、目を見張ったまま、無言で大きく何度もうんうんとうなずいた。そのまま同僚さんに引きずられて、2区の雑踏の中に消えていく。
「巡回、大丈夫かな。使い物にならないんじゃないかな。ちょっと心配」
シャーリーが小声でつぶやいてから、にっこりと満足そうに腕を組んだ。
「さて、これでいい感じじゃない? かなり目立ったわよね、私たち」
続きは、また明日!
よろしくお願いします。




