(6−2)マギー、釣りに出る
「マギー!!」
王宮の魔術研究棟。ハーフォード・カワード第1師団長の執務室のドアが勢いよく開いて、背の高い華やかな美人さんが飛び込んでくる。
「シャーリー!ごめんね心配かけて!って……痛いいたい苦しい!」
ぎゅうぎゅうとこれ以上ないくらいきつくハグされて、私は早々に音をあげる。バンバンとシャーリーの背中を叩くと、余計にぎゅううぅう、と力をこめて抱きしめられ、それからパッと体を離される。
「大丈夫?どこも怪我してない?無事?痛いところない?病気になってない?」
矢継ぎ早に言われている間に、酸欠でくらくらする頭に深呼吸で空気を送り込む。私は笑って、柔らかく自分からシャーリーに抱きついた。
「ありがとう、すっごく元気」
ふわりと体を離すと、シャーリーも涙目で笑う。
「そうみたいね、全身守護魔法でガッチガチ」
「え?」
「いや、なんでもない。無事で本当によかった。病院に運ばれたのは別人だってわかってたけど、それでも生きた心地がしなかったよぉ」
言いながら、ドアの脇に立っている閣下に目を走らせたシャーリーは真顔になり、「前髪あげてると、顔良すぎない?こっちも別人?」、ぼそっと呆れた声色で私に耳打ちした。「いや、多分本人」と耳打ちし返して、ふたりで思わず吹き出してしまう。
「それで、念のためもう一度、打ち合わせさせていただいてもいいですか」
シャーリーは、執務机のチェアに座って、こちらを眺めていたハーフォードさんをにらみつける。天下の魔術師団のトップに堂々とケンカ腰なのがすごい。
「捜査協力に感謝する。シャーリー・ミルズ魔術管理官」
威嚇するシャーリーを涼しげに受け流したハーフォードさんは、完全に仕事モードの低く硬く響く声で応対する。
「マーガレット・レーン補佐官とともに、作戦に参加してもらいたい。君たちの任務は、犯人グループの攪乱。作戦中の費用は全額支給される。というわけで、」
少しだけ表情を崩して、ハーフォードさんは、にかり、と笑った。
「派手にやってくれ」
「派手にやってくれ、って言われたからには」
にっこり、とシャーリーは極上の笑顔でメニューを指した。
「あこがれの一番高いパフェ、食べちゃう?」
「いいねぇ、最高!」
私も笑顔全開でうなずいて、やがて運ばれてきたパフェをぱくつき始める。
王都で人気のフルーツカフェ、そのテラス席に陣取って、私たちは仲良くお茶をしていた。
いつもはあまり遊びに来ない、高級ショップの連なる第1区。その中でもメインストリートに面したカフェで、浮かないように、いつもよりふたりとも相当おめかしをしている。家のクローゼットの奥にしまい込んでいた、レース襟がかわいいオレンジ色のワンピースを久しぶりに着て、気合いを入れて背筋をぴんと伸ばす。いつも後ろで結びっぱなしの髪の毛も、ほどいて編み込みを入れた。上流階級のお嬢さんっぽくなりきれているといいのだけれど。
「うーん、こんなとこで目立つように行動しろ、って言われても、私のことに気づく人いるのかなぁ。あ、このチョコレートアイス、すっっっごく濃厚!」
パフェに乗っかっているアイスが美味しすぎて、一瞬すべてのことがどうでも良くなった。けれど、そういえば一応これも業務の一環なのだ。こんなに美味しいお仕事があっていいんだろうか。
今の私に指示されていること。それは、「殺したはずのマーガレット・レーンが、生きているようだと犯人たちに悟らせること。そして、『安全に』再び狙われること」。
私が知らないうちに、刺され、うちすてられた私そっくりさん人形は、その行動などを分析できる記録機能が備わっていたらしい。
私(偽)を誘拐したのが、今年、ヴェルナン高原の防衛軍に配属されたばかりの新人で、私とともに失踪したこと。拉致されたのち、いくつかの拠点を移動魔法を経由して、王都に連れてこられたこと。そして、犯人たちは目的を果たせないまま、私(偽)を殺したらしいこと、を、ハーフォードさんから教えてもらった。
複数人の犯行だと思われるが、犯人たちの拠点のいくつかに踏み込んで捕まえた人々は、すでに忘却魔法で記憶を失い、もはや人として成立しないような、心が壊れたひどい有様だったらしい。
「トカゲの尻尾切りで捨てられた下っぱの連中を、俺たちが保護して治療してやっている状態」と、ハーフォードさんは盛大にぼやいていた。
水面下で捜査を進めるのと並行して、犯人たちをおびき出すため、積極的な陽動も実行されることになった。
ということで、敵にちらつかせるエサとして、私にお声がかかったのだ。こんな一般人な私がどうしてエサになれるのか、いまいち信じられないのだけれど。
国内外から人が集まる華やかな大園遊会まで、あと2カ月もない。今のうちにできるだけ早く動き、危うい芽を摘んでしまいたいという、魔術師団の判断はよく理解できる。筆耕官として、会の準備を進めてきた身としては、協力できることには全力で協力するつもりだった。
あの膨大な量の手書きの招待状、無駄にしてなるものか!
ちなみに、身の安全を第一に考えるべし、とのハーフォードさんからのお達しで、私は高原の隠れ家にそのまま滞在し続けている。
残り1週間ほどだった出張期間は、結局、もう何日か延びて、変わらず平和に過ぎていった。そして、捜査に大きな進展がないことを受けて、週末の今朝、王宮のハーフォードさんの執務室まで、直接飛んできたのだ。兄を巻き込まないためにも、夜は高原の家に戻ることになっている。
あれから一度こっそり、移動魔法でうちの古書店にも連れて行ってもらった。くしゃくしゃに顔をゆがめた兄からは、ただひたすら長い間、無言でぎゅっと抱きしめられていた。
「こんなことを引き受けるなんて、マギーも相当度胸があるよね」
せっかくの休日なのに、私の護衛を進んでしてくれているシャーリーは、パフェスプーンをずいっと私の方に向けながら、呆れた声を漏らす。
「シャーリーさん、お行儀が悪くってよ」
私はパフェに飾られていた花形の薄焼きクッキーを一つ取って、負けじとお行儀悪く、シャーリーの口の中に放り込んだ。もぐもぐと口を動かしたシャーリーは、「サックサクほっろほろ」と顔をほころばせている。
「度胸があるというか……なんで私が美味しいエサ扱いされて、こんな大がかりな釣りに駆り出されているのか、理由も知らないしねぇ。いまいち、現実味がないんだよねぇ」
「あー、それは……教えてもらわなかったのね」
「うん、知らない方が幸せ、って言われたし」
ちらり、と足元に目を走らせる。そこには、全身をくりくりとしたカールの毛で覆われた、灰色の小型犬がいた。目まで毛で覆われていて見えず、首には青色の革の首輪を巻いている。
断じて、私が連れてきたわけではない。このテラスに座った途端、どこからともなくトコトコと現れて、私の足の下に寝そべったのだ。それがさも当然、というように。
しつけてある犬であれば、基本的にどこのお店にも入ることができる。だから私が犬を連れていようと、まったく注目を集めるものでもないのだけれど。
お犬様。君、どうみても、閣下ですよね?
私は覚悟を決めると身をかがめ、足元にいる灰色の犬の前に、そっと手を差し出した。ふんふんと嗅ぎながら、犬はそのままおとなしい。
えいやっと、あたたかくて柔らかい体を持ち上げると、自分の膝に向かい合うように載せる。
「閣下、午後から臨時会議があるって言ってませんでしたっけ?」
ぷい、っと顔が逸らされた。その仕草、やっぱりどうみてもフィリアス閣下だ。首輪につけられた銀色のタグが揺れて、そこには「フィー」と書かれていた。ジュール語で。
「フィーさん」
呼ぶと、びく、っと犬が体を揺らす。
「ハーフォードさんに、犬にされちゃったんですか? フィーって愛称で呼ぶの、お兄さんだけですよね?」
犬のフィーさんは、喉の奥で低くうなった。正解らしい。閣下が会議を無視し、王宮を抜け出そうとする幻影が脳裏に浮かんだ。きっと、ハーフォードさんに捕まって、その姿で外出するのはあまりに目立つからって、問答無用で犬に変えられた、ってところじゃないかな……。
「今日は番犬をしてくれるんですか」
言いながら、昔、犬を飼っていた癖で、ついうっかり気軽に灰色の頭を撫でてしまう。フィーさんはまったく嫌がらず、むしろしっぽがパタパタ左右に上機嫌で揺れた。そのままひざの上で体を丸めた犬は、完全にリラックスし、寝る体勢に入ってしまう。
「マギー、その犬……」
シャーリーが半笑いになっている。
「名前はフィーさんだって」
首輪のタグを指で突っついて見せると、シャーリーは完全に面白がっている顔になった。
「へぇぇぇぇ。最強のワンワンと一緒にお散歩するなんて、なかなかぶっ飛んでて最高じゃない?」
続きは明朝、投稿します!




