表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
筆耕マギーは沼のなか  作者: コイシ直
第6章 筆耕官マギー、王都で釣りを

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/79

(6−2)マギー、釣りに出る

「マギー!!」


 王宮の魔術研究棟。ハーフォード・カワード第1師団長の執務室のドアが勢いよく開いて、背の高い華やかな美人さんが飛び込んでくる。


「シャーリー!ごめんね心配かけて!って……痛いいたい苦しい!」


 ぎゅうぎゅうとこれ以上ないくらいきつくハグされて、私は早々に()をあげる。バンバンとシャーリーの背中を叩くと、余計にぎゅううぅう、と力をこめて抱きしめられ、それからパッと体を離される。


「大丈夫?どこも怪我してない?無事?痛いところない?病気になってない?」 


 矢継ぎ早に言われている間に、酸欠でくらくらする頭に深呼吸で空気を送り込む。私は笑って、柔らかく自分からシャーリーに抱きついた。


「ありがとう、すっごく元気」


 ふわりと体を離すと、シャーリーも涙目で笑う。


「そうみたいね、全身守護魔法でガッチガチ」


「え?」


「いや、なんでもない。無事で本当によかった。病院に運ばれたのは別人だってわかってたけど、それでも生きた心地がしなかったよぉ」


 言いながら、ドアの脇に立っている閣下に目を走らせたシャーリーは真顔になり、「前髪あげてると、顔良すぎない?こっちも別人?」、ぼそっと呆れた声色で私に耳打ちした。「いや、多分本人」と耳打ちし返して、ふたりで思わず吹き出してしまう。


「それで、念のためもう一度、打ち合わせさせていただいてもいいですか」


 シャーリーは、執務机のチェアに座って、こちらを眺めていたハーフォードさんをにらみつける。天下の魔術師団のトップに堂々とケンカ腰なのがすごい。


「捜査協力に感謝する。シャーリー・ミルズ魔術管理官」


 威嚇(いかく)するシャーリーを涼しげに受け流したハーフォードさんは、完全に仕事モードの低く硬く響く声で応対する。


「マーガレット・レーン補佐官とともに、作戦に参加してもらいたい。君たちの任務は、犯人グループの攪乱(かくらん)。作戦中の費用は全額支給される。というわけで、」


 少しだけ表情を崩して、ハーフォードさんは、にかり、と笑った。


「派手にやってくれ」




「派手にやってくれ、って言われたからには」


 にっこり、とシャーリーは極上の笑顔でメニューを指した。


「あこがれの一番高いパフェ、食べちゃう?」


「いいねぇ、最高!」


 私も笑顔全開でうなずいて、やがて運ばれてきたパフェをぱくつき始める。


 王都で人気のフルーツカフェ、そのテラス席に陣取って、私たちは仲良くお茶をしていた。


 いつもはあまり遊びに来ない、高級ショップの連なる第1区。その中でもメインストリートに面したカフェで、浮かないように、いつもよりふたりとも相当おめかしをしている。家のクローゼットの奥にしまい込んでいた、レース襟がかわいいオレンジ色のワンピースを久しぶりに着て、気合いを入れて背筋をぴんと伸ばす。いつも後ろで結びっぱなしの髪の毛も、ほどいて編み込みを入れた。上流階級のお嬢さんっぽくなりきれているといいのだけれど。


「うーん、こんなとこで目立つように行動しろ、って言われても、私のことに気づく人いるのかなぁ。あ、このチョコレートアイス、すっっっごく濃厚!」


 パフェに乗っかっているアイスが美味しすぎて、一瞬すべてのことがどうでも良くなった。けれど、そういえば一応これも業務の一環なのだ。こんなに美味しいお仕事があっていいんだろうか。


 今の私に指示されていること。それは、「殺したはずのマーガレット・レーンが、生きているようだと犯人たちに悟らせること。そして、『安全に』再び狙われること」。


 私が知らないうちに、刺され、うちすてられた私そっくりさん人形は、その行動などを分析できる記録機能が備わっていたらしい。


 私(偽)を誘拐したのが、今年、ヴェルナン高原の防衛軍に配属されたばかりの新人で、私とともに失踪(しっそう)したこと。拉致(らち)されたのち、いくつかの拠点を移動魔法を経由して、王都に連れてこられたこと。そして、犯人たちは目的を果たせないまま、私(偽)を殺したらしいこと、を、ハーフォードさんから教えてもらった。


 複数人の犯行だと思われるが、犯人たちの拠点のいくつかに踏み込んで捕まえた人々は、すでに忘却魔法で記憶を失い、もはや人として成立しないような、心が壊れたひどい有様だったらしい。


「トカゲの尻尾切りで捨てられた下っぱの連中を、俺たちが保護して治療してやっている状態」と、ハーフォードさんは盛大にぼやいていた。


 水面下で捜査を進めるのと並行して、犯人たちをおびき出すため、積極的な陽動(ようどう)も実行されることになった。


 ということで、敵にちらつかせるエサとして、私にお声がかかったのだ。こんな一般人な私がどうしてエサになれるのか、いまいち信じられないのだけれど。


 国内外から人が集まる華やかな大園遊会まで、あと2カ月もない。今のうちにできるだけ早く動き、危うい芽を摘んでしまいたいという、魔術師団の判断はよく理解できる。筆耕官として、会の準備を進めてきた身としては、協力できることには全力で協力するつもりだった。


 あの膨大な量の手書きの招待状、無駄にしてなるものか!


 ちなみに、身の安全を第一に考えるべし、とのハーフォードさんからのお達しで、私は高原の隠れ家にそのまま滞在し続けている。


 残り1週間ほどだった出張期間は、結局、もう何日か延びて、変わらず平和に過ぎていった。そして、捜査に大きな進展がないことを受けて、週末の今朝、王宮のハーフォードさんの執務室まで、直接飛んできたのだ。兄を巻き込まないためにも、夜は高原の家に戻ることになっている。


 あれから一度こっそり、移動魔法でうちの古書店にも連れて行ってもらった。くしゃくしゃに顔をゆがめた兄からは、ただひたすら長い間、無言でぎゅっと抱きしめられていた。


「こんなことを引き受けるなんて、マギーも相当度胸があるよね」


 せっかくの休日なのに、私の護衛を進んでしてくれているシャーリーは、パフェスプーンをずいっと私の方に向けながら、呆れた声を漏らす。


「シャーリーさん、お行儀が悪くってよ」


 私はパフェに飾られていた花形の薄焼きクッキーを一つ取って、負けじとお行儀悪く、シャーリーの口の中に放り込んだ。もぐもぐと口を動かしたシャーリーは、「サックサクほっろほろ」と顔をほころばせている。


「度胸があるというか……なんで私が美味しいエサ扱いされて、こんな大がかりな釣りに駆り出されているのか、理由も知らないしねぇ。いまいち、現実味がないんだよねぇ」


「あー、それは……教えてもらわなかったのね」


「うん、知らない方が幸せ、って言われたし」


 ちらり、と足元に目を走らせる。そこには、全身をくりくりとしたカールの毛で覆われた、灰色の小型犬がいた。目まで毛で覆われていて見えず、首には青色の革の首輪を巻いている。


 断じて、私が連れてきたわけではない。このテラスに座った途端、どこからともなくトコトコと現れて、私の足の下に寝そべったのだ。それがさも当然、というように。


 しつけてある犬であれば、基本的にどこのお店にも入ることができる。だから私が犬を連れていようと、まったく注目を集めるものでもないのだけれど。


 お犬様。君、どうみても、閣下ですよね?


 私は覚悟を決めると身をかがめ、足元にいる灰色の犬の前に、そっと手を差し出した。ふんふんと嗅ぎながら、犬はそのままおとなしい。


 えいやっと、あたたかくて柔らかい体を持ち上げると、自分の膝に向かい合うように載せる。


「閣下、午後から臨時会議があるって言ってませんでしたっけ?」


 ぷい、っと顔が逸らされた。その仕草、やっぱりどうみてもフィリアス閣下だ。首輪につけられた銀色のタグが揺れて、そこには「フィー」と書かれていた。ジュール語で。


「フィーさん」


 呼ぶと、びく、っと犬が体を揺らす。


「ハーフォードさんに、犬にされちゃったんですか? フィーって愛称で呼ぶの、お兄さんだけですよね?」


 犬のフィーさんは、喉の奥で低くうなった。正解らしい。閣下が会議を無視し、王宮を抜け出そうとする幻影が脳裏に浮かんだ。きっと、ハーフォードさんに捕まって、その姿で外出するのはあまりに目立つからって、問答無用で犬に変えられた、ってところじゃないかな……。


「今日は番犬をしてくれるんですか」


 言いながら、昔、犬を飼っていた癖で、ついうっかり気軽に灰色の頭を撫でてしまう。フィーさんはまったく嫌がらず、むしろしっぽがパタパタ左右に上機嫌で揺れた。そのままひざの上で体を丸めた犬は、完全にリラックスし、寝る体勢に入ってしまう。


「マギー、その犬……」


 シャーリーが半笑いになっている。


「名前はフィーさんだって」


 首輪のタグを指で突っついて見せると、シャーリーは完全に面白がっている顔になった。


「へぇぇぇぇ。最強のワンワンと一緒にお散歩するなんて、なかなかぶっ飛んでて最高じゃない?」


続きは明朝、投稿します!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ