(5−6)マギーは知らずに隠される③
料理に不慣れそうな閣下のためにも、「エプロン欲しいなぁ」とつぶやいたら、キッチンの棚のいちばん下から、厚手の紺色のエプロンが3着出てきた。
私の体にぴったりサイズの小さめエプロンは、新品のままだった。なんとなく、閣下の子どもの頃にお師匠さんが用意してくれたのを使わなかったのかなぁ、と予想がついてしまう。
閣下には、使い込まれた雰囲気のある大きめサイズのエプロンをつけてもらった。前髪は私のヘアピンをいくつか使って上にあげ、ついでに三角巾も頭につけてもらう。髪の毛がもじゃもじゃすぎて、いつ落ちるか分からないものね。
私も同じ格好に身を整え、ふたりともしっかり手を洗う。
プラップジャックのための材料の分量を、きっちりと計るところから始めた。
オーブンを予熱し、ナッツを砕き、ベリーとオートミールと合わせる。
お鍋にバターと砂糖とハチミツを入れて溶かし混ぜてから、事前に合わせていたオートミールたちを入れる。しっとりするまで混ぜて、四角い型に入れてオーブンへ。
いい匂いがして焼けたら取り出して、ちょっとしてからナイフでザクザク切り分けて、完全に冷めたらできあがり。
料理したことがなさそうな閣下だったけれど、材料を混ぜたり、鍋にかけたりする工程で、なんとも意外な手際のよさを発揮した。
作業を任せても大丈夫そうだと判断した私は、口頭で手順の指示を出しながら、彼の手つきの確かさに「すごーい!上手ですね!?」と思わず驚いてしまう。無駄のない動作で生地が焼き型に入れられたところで、とうとう拍手をしてしまった。
でも落ち着いて考えてみたら、魔術師は火を使いながらの薬草調合をすることもある。その経験が生きているのかもしれない。ということは、意外と料理もやってみたら上手いのかも?! 夢が広がる!
冷ます時には、微弱の冷却魔法をかけてもらって、ちょっと時間を短縮した。そして試食の時間。
「うん、味はいい感じですね! 火力が強くてこんがり色がつきすぎたかなぁ。初めて使うオーブンで、温度調節が慣れてなくてすみません」
感想を述べる私のそばで、閣下はものすごい勢いで、できたてのフラップジャックを食べている。もはや試食の域を超えている食べっぷりだけれど、お気に召したみたいでよかったです。
「これで、魔術調理、いけそうですか?」
閣下は最後のひとかけらを飲み込んでから、返事がわりに私の頭をぽんぽんする。それから目を伏せ、小さく息を吐いて呼吸を整えた。
口の中に言葉をつぶやき、次々と魔法陣を展開させていく。
さきほどの比ではない数の陣が、食材を取り囲んだ。ひとつひとつは初級の小さな陣だが、とにかく数が多い。
計る、刻む、混ぜる、大きさ、温度、時間の指定——
さまざまな過程が陣を通して伝わってきて、視界が大変にぎやかだった。一度にこんなに大量の陣が描き出されるのなんて、見たことがない。あらためて、料理ってこんなに複雑なものの組み合わせだったのか!
と、左から右へと青い光が走り抜けた。
皿の上に、フラップジャックができていた。さっきより、明るい良い焼き色で。
ありふれたお菓子が、もはや神秘的なものにしか思えない。息をのむ私にかまわず、閣下はパクリ、とそれを口にした。
「食感。違う」
いつもより少しだけ低い声。今はあらわになっている目を鋭く光らせ、フラップジャックを見つめながら、口角がわずかにさがっている。不満そうだ。
私も食べてみる。
「しっとり歯につく感じですね。こういうフラップジャックもありますけど、サクサク感を足したいなら、焼く時間をもうちょっと長くしたほうがいいかな。オートミールとバターを混ぜる時間、もうちょっと短くしてもいいかも?」
「そうか」
閣下は再び、呪文を唱え始める。できたフラップジャックを、また食べた。さらに作り、また作り。そして、
「おいっしい!」
5回目の挑戦の試食で、私は目を見開いた。これまでの試食ですでにお腹はいっぱいだったけれど、これだったら食べられてしまう。立て続けに2個食べて、
「閣下、これ、ほんと美味しいです。うちのお兄ちゃんのより美味しい。こんなの食べたことない。え、これ、売れるレベル」
早口になる私を、表情を変えないまま見返して、閣下はゆっくり一口食べた。
「フィリアスさん、お菓子屋さんになれますよ。もっとスイーツレシピをいろいろ習得したら、絶対にいける! 私、お店の看板とポスターとチラシとメニュー書きます。いけるいける!」
閣下は、もぐもぐと、ふた口目を食べてから、ゆっくりと自分の手のひらをみた。
「……魔術師、ではない、俺?」
ぼんやりとつぶやいた自分の声に驚いたように、アイスブルーの眼がわずかに見開かれる。
「……そうか」
「そうですよ。スイーツ界の特級職人、狙いましょう!」
私は笑いながら、追加のフラップジャックを口にする。閣下の努力が美味しく実ったのが嬉しくて、見上げて、また笑う。
「香ばしくて、甘くて、歯ごたえ最高です。明日も何か作りましょ!シンプルにクッキーとかパウンドケーキあたりから挑戦してみます?」
「そうか」
「そうです!」
「…………そうか」
つぶやくと、閣下はふいに、私をぎゅっと抱き寄せた。
明朝から6章を投稿します!
よろしくお願いします!




