(5−3)コール・デネリーのささやかな思い出話
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300年ほど前、ヴェルナン高原に、ジュールという民族がいた。
彼らは魔法に長け、独立した生活を保っていた。
しかし、当時の王の願いを受け入れて、カンティフラス王国の民となり、国に多くの魔術の知識をもたらした。
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「ジュールの歴史って、学院の教科書にも、ふわっとしか載っていないですよね。3行で説明がおわってしまう。でも僕の生まれたデネリー家には代々口伝が残されていて。かいつまむと、こんな内容です」
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ジュールの民は、諸国をさまよう流浪の民だった。
起源は南ファーレン地方。
そこからマルタ帝国一帯を長くさまよい、やがて山を越え、ヴェルナン高原へ。
ジュールの高度な魔術は、諸刃の剣。
時に歓迎され、時に疎まれ、転々と棲み家を変え、連綿と命を繋いできた。
その時、ヴェルナン高原にたどり着いたのは、7つの氏族。
カンティフラス王国からの定住の誘いは、最初は穏やかにはじまり、やがて銃を突きつけて決断を迫った。
5つの氏族は王国に定住することを選んだ。
2つの氏族は反発し、戦い、傷つき、再び放浪する道を選んだ。
定住したジュールの民は、自分たちの使う日常魔術の多くを、王国の魔力持ちの人々に教えた。
しかし、本当に大切な、大きな力をもつ魔術は、命をかけて隠し通した。
次にいつ銃を突きつけてくるか分からない王国の民に、自分たちの命と等しい秘術は、決して預けられないと考えたからだ。
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「平凡なひとつの防御魔法は、四方を取り囲む100の銃には敵わない。強力な攻撃魔法を使い続けたくても、能力と体力の限界がある。魔術師といっても、本当に飛び抜けた力を持つ者は、ほんのひと握りです。今だって、特級魔術師は、この国に5人しかいない。あなたを含めて。たいていの魔力持ちは、圧倒的な数の力の前では、逃げ出すか、従うかの選択肢しかない」
コールの言葉に、ハーフォードは黙ったまま、ただ肩をすくめた。少し上に目線を逃して、一瞬思いを巡らせる。
物心ついた頃から、さまざまな土地で、魔力を持つ人たちを見てきた。
魔力持ちの人間は、どこにいっても数が少なく、ひっそりと注意深く、「普通の」生活を乱さないようにと生きていた。そこでハーフォードは、自分が「普通」でないことの意味を学んでいった。
大人になって、この国を拠点に選んだのは、他の国と比べて魔術師の数が多く、社会的な地位が確立されていたからだ。自分の命よりも大事な女性とフィリアスを、守れる場所が欲しかった。
自分たちの今の平穏を得るまでに、過去の魔術師たちのどのような苦労があったのか。考えるだけで、口の中に苦いものが広がる。
コールも一瞬、不味いものを無理に飲み込んだように眉をしかめてから、言葉を続ける。
「でもまぁ、ジュールの民も、しかたなく流浪の生活を続けていただけですしね。うちのご先祖さまは、早々に定住の道を選んだみたいです。いろいろと好条件だったようで、大喜びで王都に移住して、安定した生活を満喫した、って、祖父は言ってました」
そして、コールは、あえてからっと笑って言い放った。
「だから、誓ってもいい。今回の件に、僕は関与していません。300年かけて得てきたこの生活を、みすみす失いたいとは思わない」
「知っている」
簡潔なハーフォードの返答には、まぎれもない真実の重みがあった。コールは体からわずかに力を抜く。
「うちの親族は、みんな僕と同じような考えの持ち主です。長い物にはまかれればいいし、今の状況に満足している。大昔の一族の誇りだ何だを蒸し返してまで、得られるものがあると思えない。
他の氏族とは、すっかり縁が切れているのでわからないのですが、たぶん、今回の件は、どこかの氏族が王政復古派に踊らされて、利権欲しさにやらかしているのかな、と感じています。それはカワード閣下の方がよく把握しているのでは。主だったジュール氏族の家には、国からいちおう監視がついているはずです。うちを含めて」
ハーフォードは、腕を組んで、向かいに座った15歳年下の魔術師を見据えた。繊細そうな面立ちの中で、強いまなざしがこちらの出方を観察している。コールとはこれまでも何度か業務で話したことがあるが、どちらかというと感情がすぐに表に出るタイプの、明るい普通の青年という印象だった。
その「普通」の奥に注意深く隠してある、肝の太さと思慮の深さが、今は見え隠れする。気に入った。こいつは使えそうだ。
ハーフォードは腹を決めると、一歩踏み込んで、話し始める。
「先週、不穏な魔力の動きがヴェルナン高原で観測され、あの魔法陣が刻まれた石が突然現れた。いや、違うな、現れたんじゃない。これまで長年隠蔽してきたものを、隠すのを急にやめたんだ。理由は何だと思う」
コールはなんでもないことのように、さらりと答える。
「誰かに筆写させたかったんでしょうね。たぶん彼らには、あれを自分たちで描き写すことができない」
「自分でできない、とは」
「能力が足りないんです。あれを写せる知識も、集中力も、熱量も、何もない。不適格な人間がいくらあれを写そうとしても、形が歪み、同じところを何度も写し、永遠に完成しない。そういうふうに、できている」
「使用する人間を選別する、安全機能のついた特別な陣。よく知っているな。禁書レベルの知識だ」
「学生時代、勝手にさんざん調べましたからね」
コールは、懐かしげに目を少し細めた。
「自分のアイデンティティに悩む時期ってありませんか? どうして自分はここにいるんだろう、とか、これからどうやって生きよう、とか。僕は本当は、できれば面倒なことからは逃げたかった。楽して生きたいですよね。できることなら」
「気持ちはよく分かる。俺もできることなら、楽して早く家に帰りたい」
少し砕けた口調で肩をすくめるハーフォードに、「ですよね」とコールは笑う。
「でも、残念ながら、その気持ちを上回る勢いで、好奇心が強かったんです。とにかく自分のルーツを知ってみようと思って、片っ端から魔術の歴史を調べ、一族の年長者にも聞きまくった。そんな時に、マギーとも知り合いました。とんでもない好奇心を抱えた子で、負けられないって、よけいに勉強にのめり込みました。おかげで今の僕がある」
コールは言いながら、ローブについた2等魔術師のバッジを指先で揺らした。
「先日、マギーが来て、ハリー先輩がもらったラブレターにジュール紋が入っているって見せてくれた時。マギーが狙われているんじゃないかとすぐ思いました。ジュール語なんて、普通に生きていたら見ることさえない言葉です。マギーの筆写への執着心と完成度を知っていて、ジュール魔法の筆写能力を密かに試したい奴がいるんだろう、って。だから、」
そこでコールは、何か面白いことを思い出した顔つきで、にやぁと笑う。
「あの時、ちょーっとだけ風魔法を使ったんです。後ろで昼寝しているテナント閣下の耳に、僕たちの会話が届くように、音を飛ばせる魔術をさりげなく。
そしたらすぐにすっ飛んできて、食い付きっぷりが半端なくて焦りましたけど……即座に諸々動いてくれて、安心しました。僕よりテナント閣下の方が、彼女を確実に守れる力がある。おかげさまで、今は、閣下がマギーにガチガチに守護魔法をかけてくれちゃって。無理やり連れ去ることも難しくなっただろうし」
コールは、ぽんぽんっと、自分の手で頭を軽く叩く仕草をした。フィリアスの同じ仕草を思い出したハーフォードは、思わず真顔を崩して吹き出した。
「あー、フィリアスのあれなー。マギーちゃんにおそろしいほど守護を重ねがけしてるよな」
「そうなんです、信じられないくらいにガッチガチ」
言いながら、コールは、姿勢を正した。
「知っていることと、僕の立場を、正直にお話ししました。それでカワード閣下は、僕に何かをお望みですか」
「頼みたいことがある」
簡潔に、ハーフォードが言った瞬間。
応接室のドアが強い力でノックされた。
許可を得て入ってきたハーフォードの業務補佐官が、硬い声で告げる。
「先ほど、王都第2区の路地裏で、女性が血を流して倒れているのが見つかりました。服装と身体的な特徴からみて、出張に同行したマーガレット・レーン2等筆耕官と思われます」
続きは明朝投稿します!
(かたい部分はひとまずこれで終了!)
※改行調整させていただきました。




