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筆耕マギーは沼のなか  作者: コイシ直
第5章 一方その頃、王都の騒乱

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(5−2)ハーフォード・カワード閣下の臨時案件

 それから6日ほど経った日。王宮の魔術研究棟、第2魔術師団の分析室は、午前中からひりつくような緊張感で満ちていた。


 特定秘密保護案件に指定されていた、とある文書が消失したのだ。


 それは、出張中のフィリアス・テナント師団長から送られてきた長大な魔法陣の模写で、スタッフ3人がかりで解析作業が行われている最中だった。


 魔術研究棟は堅く守られ、外部からの侵入は容易ではない。持ち出したのは、魔術科内部の人間だと思われた。


「該当の魔法陣については、コール・デネリーが描き写した控えがありますので、分析自体は続行可能です」


 分析班のリーダーであるネリー・カーター1級魔術師が、緊張した、しかし冷静な口調で言う。彼女はハーフォードの3歳年下で、その分析能力と判断力の確かさは、魔術師団の中でも高く評価されていた。


 ハーフォードは、控えの紙を受け取り、内容をあらためる。


 フィリアス不在の間に第2師団に緊急事態が起こった場合、臨時で他の師団長が指揮をとることになっている。現在、第3師団長は他国に長期出張中。第4師団長は、いつも午後にならないと姿を現さない。


 必然的に、ハーフォード・カワード第1師団長がこの場に呼び出されている、というわけだった。


「いいだろう。引き続き分析に取り組んでくれ。この件は、ひとまず私の指揮で調査にあたる。外部に情報を一言でも漏らしたら、フィリアスからきついお仕置きがあると思え」


 ネリーの後ろにいたコールが、「うげ」と声に出さずにつぶやいたのを横目で認めながら、ハーフォードは室内を見回す。


「状況を確認する。今朝、ネリー・カーターが出勤してきた時点で、分析室のドアと、書類をしまっていたキャビネ、それぞれの魔法錠が壊されていた。破壊の魔術を行使した痕は巧妙に消されており、実行犯の特定は現状では困難。1等以上の能力を持つ魔術師の犯行と考えられる。最後にこの部屋を施錠したのはネリーで、3日前の夜8時。そこから2日は休日で、分析担当官3名ともに出勤していなかった」


「はい、その通りです」


 歯切れの良いハーフォードの言葉に、3人はそれぞれうなずく。 


「わかった。ひとりずつ確認したいことがある。若手からいこうか。コール・デネリー、まずは私とともに応接室へ。残りの2人は、作業を続けてくれ。あとで呼ぶ」 


 応接室に移動し、向かい合ってソファーに腰掛ける。ハーフォードはパチリ、と左手を鳴らした。とたんに部屋が張りつめた静寂に支配される。


「さて、コール。今、この部屋に防音と防御の術をかけた。何を話そうと情報漏洩の心配はないから安心していい」


「わかりました」


 緊張の面持ちでコールは背筋を伸ばした。若手のなかでは抜群の魔術知識と分析力を持つ彼だ。これから何を聞かれようとしているのか、勘づいているようで頼もしい。


「君は、盗まれた魔法陣について、誰が筆写を担当したか知っているか」


「マーガレット・レーン2等筆耕官です」


「今回の彼女の仕事をどう思う」


「ほぼ完璧です。あれだけ複雑な陣を、迷いなく、この上なくバランスよく描き出している。学生時代、サークルが同じだったので、マギーの能力はよく知っているつもりでいましたが、こんな高度な陣まで短時間で描けるとは、驚きました。卒業後の3年間で、さらに腕が上がっているとしか思えない」


「ああ、なるほど。学院の魔法陣研究サークルに一般学生が入ったって、魔術師団内でも話題になっていたな。それが彼女か」


「ええ。技術指導にきてくれた卒業生の先輩がたを驚かせてましたもんね、マギー」


 懐かしむように、コールは少しリラックスした表情を見せる。しかし、続くハーフォードの問いかけに、一転、顔を引き締めた。


「しかし、『ほぼ完璧』とは? 気になるところでも?」


「……ジュール文字で描かれていた部分に、2カ所、不自然な文字が小さく入れられていました。ジュールに精通していないと、見逃してしまうように、巧妙に」


 コールは、視線をハーフォードから離し、遠くを見やった。行き場のない(かげ)りのようなものを眼差しに浮かべて、一言ひとこと、噛み締めるように話していく。


「追加で文字を書き入れた人間の意図を感じました。ジュールを良く知っているならば、これが余計な要素が加えられた魔法陣だとわかるだろう、と。試されているようだった。ぞっとしました。正直、逃げ出したくなった」


 真顔のまま、コールはゆっくりと首を横に振る。


「生半可な知識しかもたなかったら、正しい魔法陣の写しだとすっかり信じ込んで、魔力を通して使ってしまうでしょうね。あれは攻撃力の非常に高い魔法陣です。正しく発動されたら、この魔術研究棟くらいは余裕で軽く吹っ飛ぶでしょう。今、軍部が開発していると噂の大型爆弾よりも、下手したら威力は上かもしれない。でも、もし、あのように正しく写されていなかったら——」


 コールは言い淀む。ハーフォードは、苦笑した。


「遠慮せずに、言っていいぞ。こういう時のフィリアスの冷徹さと容赦のなさは、俺が一番よく知っている」


「……フィリアス閣下の送ってきた魔法陣は、故意に書き込まれた文字によって、陣が発動しないようになっていました。それどころか、注いだ魔力は、そのまま術者に跳ね返ってくる。かなり大量の魔力が必要な魔法陣だ。一気に逆流した魔力は、術者の体を大いに混乱させるでしょう。魔術が使えない状態になるはずです。どんなに優れた魔術師でも、1カ月くらいは再起不能になる。低級魔術師であれば……一瞬で体内の魔術回路が焼き切れるでしょう。そして、おそらく二度と治らない。身のほど知らずの、不勉強で傲慢な者ほど、魔術の高みに足をつっこんだ代償は大きい。取り返しがつかないことになる」


 はぁ、とコールは重いため息をつく。


「それに気づいた瞬間、フィリアス師団長があえて文字を描き加えて、こちらに送ってきたんだと理解しました。マギーは人を試すようなことは絶対にしない。ありのままの内容を受け止めて理解し、写すことに喜びを感じる子だから。……でも、これは、誰にも言っていません。僕以外の分析官ふたりは、気づいていない」


「それでは、なぜ、君は気づけた?」


「カワード閣下、あなたはご存知で、あえて訊いているんでしょう?」


 苦い笑いを浮かべると、コールはしっかりと、強い力のこもった目で、ハーフォードを見据えた。


「僕の家は、ジュールの民の生き残りです」


続いてもう1話、投稿します。

よろしくお願いします!

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