(5−1)マギーの寝ている間に
(長えんだよ、クソ会議)
王宮内のとある一室には、50人ほどの人間が詰めていた。長時間だらだらと続く定例会議の果てに、しらじらと冷めた空気が漂っている。
ハーフォードが何度目かの罵りを心の中で発したそのタイミングで、ようやく議長が「これで終わります」と待望の一言を発した。よかった。これ以上長びいたら、口に出して罵ってしまったかもしれない。
キリリとした対外用の表情を貼り付けたまま、ハーフォードは無駄のない動作で一礼して立ち上がる。そろそろフィリアスからの伝令鳥がくると思われる頃合いだった。さっさと自分の執務室に引き上げたい。
そういうタイミングで声をかけてくる奴は、たいていロクでもないキツネ野郎だ。
「カワード第1魔術師団長」
廊下の後ろから呼び止められて振り返ったハーフォードは、うんざりとした気持ちを押し隠し、相手の名前を静かに口に乗せた。
「ギールグッド侯爵閣下。内務省長官補佐長次官殿が、私に何かご用でしょうか」
本来であれば、職務中の呼び方は、役職名が優先され、貴族の爵位は関係ない。だがハーフォードの目の前にいる男は、貴族としてのプライドが雲より高い。それ以外の者を、何のためらいもなく見下してくる輩だった。自分に甘い性格が、その傲慢な顔にも、締まりのない体にも現れている。
内務省長官補佐長次官、というよくわからない、名前だけがやたら長ったらしい役職を、無理やり自分のために作った男だった。そして、部下に補佐の仕事をやらせて、自分は働いたふりしかしない。恥知らずが人間の皮を着て、ふんぞりかえっている。
この侯爵閣下を、ハーフォードは心の底から軽蔑していた。まぁ、そんな輩は、王宮内に掃いて捨てるほどいるのだが。
ギールグッドは、もったいぶった様子で廊下の片隅までハーフォードを誘うと、声を潜めて言い出した。
「大変なあれが見つかったそうじゃないか」
「大変なあれ、とは」
静かに、歯切れよく、ハーフォードは返す。内心は、(ちゃんと言葉もしゃべれねぇ奴が偉そうに話しかけてくるなよこのすっとこどっこい)だったが。
「例のあれだよ。ヴェルナン高原でおととい見つかったという。テナント第2魔術師団長が、すっ飛んで対処にいったらしいじゃないか。今日の会議で報告があると思ったが」
「第2師団が調査に行ったことは事実です。しかし、今朝出発したばかりです。それ以上のことは、今の段階では何とも申し上げようがありません」
「突然見つかったのが、ずいぶん珍しいものだったとか」
「事実を確かめるために、調査が行われています」
「国家の治安を揺るがす事態になれば、内務省の管轄にもなるからな。早めに詳細を報告してくれよ」
「かしこまりました」
「そういえば、テナント君は、筆耕科から補佐官を抜擢したそうだね。たいそう可愛い女の子だって? うちの若い部下どもががっかりしていたよ。他にも使える事務官はいくらでもいるだろうに。わざわざ今日の出張にも連れていったんだろう?」
「優秀な補佐官を迎えたと聞いています。テナントは実力主義の男ですから。——大変申し訳ありません、来客を待たせてあるもので、失礼してもよろしいでしょうか」
「ああ、これは失敬。調査結果を楽しみにしているよ」
ハーフォードは、目の前にいる王政復古派の隠れメンバーでもある男に丁寧に礼をして、歩き出す。話しながら終始ギールグッドが浮かべていた下世話なニヤニヤ笑いに、かきむしりたくなるような嫌悪感しか感じない。
自己顕示以外の何がしたいのか、あの野郎は。ここでハーフォードに声をかけるなど、愚策の極みだ。彼らがこの件に興味を持っていることをわざわざ匂わせたいなら、頭が悪すぎる。
なんせ彼らが牙をむこうとしている相手は、フィリアス・テナントだ。人を人とも思わない、魔術バカの特級魔術師閣下。そして、ハーフォードの弟だ。誰かの思いどおりに運ぶものか。
苛立ちを切り捨てるようにローブをひるがえしながら、風を切って大股で歩く。ようやく自分の執務室に戻る。
待たせていた来客は——フィリアスの銀色の伝令鳥は、もう机の上にいた。退屈しきったように、うずくまっている。
「すまん、待たせた」
手のひらを差し出すと、ころんと小枝のようなものが落ちてくる。
小鳥はそのままプイッとそっぽを向くと、目の前の人間のことなど眼中にない態度で、せっせと羽を繕い始めた。本当に飼い主に似た鳥だ。ハーフォードは笑いながら、机の中から木の実をいくつか取り出して、鳥の前に置いてやる。
それから、元の大きさに戻した2枚の紙に目を走らせる。描かれていた「大変なあれ」の魔法陣は、彼を唸らせた。
「すっげえな、マギーちゃん。これを即座に写すとか、そりゃフィーが夢中になるわけだわ。完全に三つの言葉の特徴を理解した上で描いてるだろ、これ」
魔術ばかりに凝り固まって、生き急ぐ弟分が、異例の関心を寄せる筆耕官。これをきっかけに、あいつの何かが変わってくれればいい。
ハーフォードは祈るような気持ちで、再び紙に目を走らせる。そして2枚送ってきたフィリアスの意図を、正確に理解した。1枚は分析用だ。もしくは、敵を踊らせるエサとも言う。
残りの1枚は、保存用。小枝サイズに戻し、自分の執務机の鍵付き引き出しの奥にしまい込んだ。
机の上のベルを鳴らすと、事前の打ち合わせどおり、隣室から業務補佐官がやってくる。
「フィクス、これを分析室に運んでくれ。ネリー・カーター1等魔術師に渡せば、あとの流れは向こうが把握している」
「かしこまりました。……これからしばらく大騒ぎですね」
一瞬、面白いものを見る目で手元の紙を流し見てから、業務補佐官はしかつめらしく表情をあらため、さっと部屋を出ていった。
「大騒ぎね、はてさて」
呟きながら、ハーフォードは、銀色の小鳥を見た。
「想定どおり進んでいる、って、お前の主人に伝えてくれ」
小鳥は無言で飛び立つと、ガラス窓をすり抜け、さっさと帰っていく。
「つれねぇなぁ」
ぼやきながら小鳥を見送り、ハーフォードはふぅ、とひとつ呼吸を吐く。バチン、と両手で自分の頬を派手にひっぱたいた。
「愛想のねぇ弟のために、お兄ちゃんはいっちょ頑張りますかね」
今日はもう1話、夜に投稿予定です。
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