(3−4)マギーの青天の霹靂出向
筆耕科の私の最近の日々は、いたって平和だった。
王宮のフィリアス閣下の執務室に、まさかの移動魔法で直接連れて行かれた翌日。
今日も朝から閣下がごはんを食べにきていたらどうしよう、と内心ドキドキしていたのだけれど、そんなこともなく。
それからの1週間は、閣下を見かけることもなく、ひたすら大園遊会の招待状と宛名を書きまくって終わった。大園遊会の出席者については、出欠の把握が事前にすんでいて、今回書いていたのは、出席が決まった人たちに正式に送る案内状だ。
実は、うちの古書店も、今回お招きいただいていた。兄が大変貴重な書籍を外国から見つけ出し、国に納品した功績が認められたのだ。父と兄と私、家族3人そろって行くことになっている。
あれからコールとは何度か廊下をすれ違ったけれど、会うたびにげっそりとやつれていく印象だった。私からの情報で始まった案件なだけに申し訳なくて、兄さんのフルーツパウンドケーキを一度差し入れしてあげた。私自身は特に何の役にも立っていなくて本当にすみません。
ハリー先輩のラブレターには、彼女からまだお返事が来ていない。かなり落ち込む先輩に、こちらも兄のミートパイを差し入れしてあげた。とたんにたいそう元気に復活したので、彼女と今後うまくいってもいかなくても、ハリー先輩は大丈夫な気がする。そして、閣下が手紙にかけた追跡魔法も、特に何もなく終わりますように。
それ以外は、特筆することもなく、王宮図書館で終日過ごした充実の週末を経て、週の始まりの今日。
ランチから戻った私を、大変困った顔をした部長がそっと手招きして、とんでもないことを告げた。
「魔術科に出向ですか?! 業務補佐官?!!」
私はかなりの大音量ですっとんきょうな叫び声をあげてしまい、部署のみんなが一斉にこちらを見る。急に騒がせてしまってごめんなさい。私はぺこりとみんなに向かって頭を下げてから、再び部長に向き直った。
いつもは柔らかい笑顔を浮かべつつ、テキパキと業務の指揮をとってくれるダンディなお髭のロマンスグレーの部長が、完全にとまどった表情を浮かべながら、私に紙を渡す。
「この辞令が来てね。今朝いきなりなんだけど」
「今朝いきなり」
「さっき先方に行って、詳細を確認してきたんだけど。出向先の仕事内容は、第2師団長の業務補佐。スケジュール管理や書類整理のほか、公文書の筆記も含まれる。第2師団長から直々の指名なんだけど」
閣下の灰色もじゃもじゃ頭が、目の前に浮かぶ。何をしてくれているんだろう、閣下。
同時に、あの時のシャーリーの言葉が、耳の裏によみがえった。
『閣下が何かに気づいて、先回りして守ってくれてる気がする』
もしかして、今回の突然の出向も、それと何か関係しているのかもしれない……?
部長が先を続ける。
「出向の間は、2等魔術師と同等の給与が支給される。ざっと今の5倍かな」
私は目を剥いて、小さく叫んだ。
「ごばい!」
「出向している間は、いろいろな魔法陣を模写し放題。上級の陣を写す仕事もあるそうだ」
「まほうじんもしゃしほうだい!!」
「それで今日これからすぐに出向してほしい、って先方は言ってるんだけど、どうする?」
私に断わるっていう選択肢はありませんよね!!!
魅力的な業務条件に思いっきり食いついてしまった私は、「ちょっとしばらく魔術師団に行ってきますね」とピクニックにでも行くような朗らかなテンションで、手元の荷物をまとめ、筆耕科のオフィスを出た。ちょうど大園遊会の招待状書きが終わったタイミングでよかった!
「が、頑張ってね」と顔を引きつらせながら、サティ先輩たちがこころよく送り出してくれる。私がいきなり出向になっても、筆耕官は特殊な仕事。他部署からのサポートが見込めないので、先輩方の業務負担が大きくなってしまう。本当にごめんなさい。魔術師団に出向している間も、業務の手が空いた時には、筆耕の通常業務を手伝うと部長には伝えてあるけれど。
足取り軽く、魔術研究棟の受付カウンターにたどり着くと、事務官のマイクさんが笑顔で出迎えてくれた。
業務時間にコールと連絡を取りたい時には、この受付を通して呼び出すか、メモを渡してもらうかする。私の顔は事務室の人たちみんなが覚えてくれていた。
「マイクさん、おつかれさまー!」
「やぁやぁマギーちゃん。魔術科に出向になったんだって? 歓迎するよ」
私自身がさっき知ったばっかりの異動なのに、すでにこちらには周知されているらしい。情報を手書きの掲示物や回覧から知る私たち一般事務官と、魔術伝令を活用する魔術科とでは、完全に情報が行きわたる速度が違う。そのスピーディさはちょっとうらやましい。
マイクさんに教えてもらったとおり、自動昇降機で5階まで上がる。先日、連れて来られたばかりなので、閣下の執務室の位置はわかっていた。
特に迷うことなく目的の階まで到着し、昇降機のドアが開いたところに、灰色のもじゃもじゃ頭が立っていた。まさかのここでお出迎え!
とっさに胸に手を当てて、正式な業務礼をとる。
「マーガレット・レーン2等筆耕官、まいりました」
黙ってうなずく閣下の後ろをついて歩き始めるけれど、何だか周囲が騒がしい。廊下を人がバタバタと走っていて、あちこちから大声が飛び交っている。
「待て!フィリアス、勝手にいなくなるな!」
向こうから、短めの銀髪をきっちり整えた、眼光鋭い大柄な男性がつかつかと大股に歩いてくる。
ローブをまとったその男性を、式典などで何度も見たことがあったし、さらに言うとつい最近、このフロアの廊下でも遭遇したばかりだった。ハーフォード・カワード第1魔術師団長閣下だ。話し方も身振りも、ある意味、魔術師らしくなくきびきびとスマートで、騎士の抜き身の剣みたいな鋭さと隙のなさがある。筆耕科のお姉さま方の目の保養対象として、絶大な人気を誇っていた。
「会議は終わった。早く準備しろ」
よく通る声で告げながら、カワード閣下の深い青の目が、こちらをみて大きく開かれる。
「マーガレット・レーン2等筆耕官。まさか今日から着任か」
「はい、お世話になります、ハーフォード・カワード閣下」
「閣下はやめてくれ。柄じゃねぇ」
鋭い瞳が、ふんわりとゆるむ。そのまま目元に笑いじわが刻まれて、急に人懐っこいお兄さんの顔になったカワード閣下に、にかっと笑いかけられる。口調まで、いきなり下町の兄貴みたい。公的な場所では、あんなにきっちり話すのに、まるで別人みたいだった。でも、こちらの方が、気兼ねなく仲良くなれそうだ。
「承知しました、カワードさん」
敬称呼びをしない場合の、一般的な名前の呼び方をすると、カワードさんは「はいよ、よろしくな」と握手の腕を差し出した。その手を握る前に、ずいっとフィリアス閣下が目の前に立ち、私は何事かとその背中を見上げた。カワードさんは笑い出す。
「フィー、お前、なんて顔してるんだよ。いいだろ握手くらい」
え、閣下、なんて顔ってどんな顔? 私は好奇心に耐えきれず、閣下の後ろから身を横にずらし、もじゃもじゃ頭を見上げた。いつもどおり、顔の上半分には前髪しかない。
カワードさんの指が、パチリと鳴る。その手の中に現れた大きめのヘアークリップで、閣下の前髪を手早く留めた。
「出張調査の間くらい、前髪あげとけ。邪魔だ」
初めて現れた閣下の顔のすべてを、私はまじまじと見てしまう。
うわぁ、閣下、うっすらそうじゃないかと思ってたけど、やっぱりめちゃくちゃ男前だ!
なめらかな肌に、顔のパーツがそれぞれ非常にすっきりバランスよく配置されていて、
「調和のとれた魔法陣みたいな顔ですね!」
ぶふっ、っとカワードさんが吹き出す。閣下の美麗なお顔が、表情筋をまったく動かさないまま、氷の静かさでこちらを見下ろした。
これ幸いと、私はまじまじと正面から閣下の顔を観察する。鼻筋が通っていて、眉毛の形が綺麗だ。
私が画家だったら肖像画にチャレンジしたくなる顔面だなぁ、と思う。その前に、髪の毛をちょっと切ったほうが良さそうだけれど。
特に明るいアイスブルーの宝石のような瞳に吸い込まれそう。これを絵で再現できたら絵師冥利につきそうだ。
「それで、閣下、緊急の稼働案件ですか? 私もお役に立てますか?」
周りの騒がしさと先ほどの話から判断し、閣下に問いかける。閣下は、少し首をかしげてから、唐突に私の頭をぽんぽん、と叩いた。わずかに体があたたかくなる。もしかして、何か守りの魔術をかけてくれたんだろうか。
カワードさんは、とうとうげらげらと笑いだした。
「マギーちゃん、肝が据わってるなぁ。フィーはフィーで、過保護だろそれ」
笑い涙を拭いた第1魔術師団長さんに愛称呼びされ、照れくささを堪えつつ、「皆さんのお役に立てるようにがんばります」と背筋をピンとのばす。カワードさんは、「よろしく頼む」と満足そうにうなずきながら、フィリアス閣下を見て肩をすくめた。
「だからフィー、俺をにらむな。眉間のシワをどうにかしろ」
カワードさんに眉間をぐりぐり指先で遠慮なく押され、フィリアス閣下はそれはそれは嫌そうに、首をぶるぶる振っている。魔術師団長のおふたり、とっても仲が良さそうだ。上司よければ、職場よし! 魔術科でもうまくやっていけそうな気がする。
そんなことをのどかに思った私に、カワードさんがさらりと、いきなりとんでもないことを告げた。
「じゃあ、マギーちゃん、明日から出張ね。遠距離調査の同行。2週間の予定だが、場合によってはもうちょっとかかるかもしれん」
は?
……いきなり長期出張ですか?
これにて第3章終わりです。
明日は4章を投稿します。よろしくお願いします!




