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筆耕マギーは沼のなか  作者: コイシ直
【第1部】第1章 筆耕官マギーは出会う
1/79

(1−1)マギーと初めての恋文

「書いてくれ、このとおりだっ!!!」


 ごんっ、と派手に痛そうな音がして、まわりのテーブルの人たちがいっせいにこちらを見た。


「ハリー先輩、頭あげて、ほんっと勘弁して」


 私は焦った小声で、早口でささやく。

 

 たったいま、頭を思い切りテーブルにぶつけたハリー・ベンズリーは、「頼むぅ」と(うな)りながら、そのままの姿勢でゴリゴリとおでこをテーブルクロスにすりつけた。

 

 可愛い花柄の刺繍(ししゅう)布に、熊みたいなハリー先輩のひたいがズリズリと……。

 

 大きな獣がマーキングしているみたい?とうっかり思ったのは私だけではないらしく、困った顔をしたカフェ店員のお姉さんの視線がこちらに突き刺さる。やだもう、ダッシュで逃げだしたい。せっかく仕事が休みの週末なのに、なんでこんな針のむしろみたいな目にあってるんだろう。切ない。


「先輩、いますぐ頭をあげないと、代筆引き受けませんよ」


「書いてくれるのか!」


 がばりと身を起こしたハリー先輩の目がキラキラと輝いている。この人、さすが王都の衛兵隊士をやっているだけあって、体が大きくて真顔だといかついのだけれど、目はつぶらで、笑顔に愛嬌(あいきょう)があると言えばあるのだ。


 だからこれまで、そこそこ女の子にもモテて、言い寄られたらすぐに気軽に付き合って。だからこそ今、かつてない事態に直面しているのだった。


 なぜかそこに巻き込まれている私は、ちょっとお行儀悪く頬杖(ほおづえ)をついて、目の前の便箋(びんせん)を眺めた。


「気になる女の子からもらったラブレターの返事くらい、自分で書けばいいのに」


「俺の字の汚さは、学生時代によく見てきただろ」


「まぁ、確かに。先輩、テストで正しい答え書いてたのに、字が汚すぎて先生が解読できずに不正解になったことありましたよね」


「だろ」


 なぜか得意そうに胸を張る先輩からそっと目を逸らして、店員さんから「ありがとうございます」とケーキの皿を受け取った。お店を騒がせたお詫びの気持ちいっぱいで、いつもより丁寧に頭を下げておく。

 

 ベイクドチーズケーキと、木苺が乗ったチョコレートとクルミのタルト。つやつやと輝くケーキたちを眺めて、思わず顔がほころんでしまう。

 

 一口ずつ、ちまちまと味わう。口の中がとろける幸せでいっぱいになったら、ちょっと気持ちが落ち着いた。


「マギーは相変わらず、ちっこいリスみたいに食うんだな」とほがらかに笑う先輩に肩をすくめてみせる。


 茶髪、黒目で小柄な私は、学生時代からリスっぽいと言われることにすっかり慣れていた。というか、それ以外の動物に例えられたことがない。


「で、どんな内容を代筆してほしいんですか? 引き受けるからには、どんな内容でも綺麗に書いてみせますよ」


「さっすが本職!」


「いや、私もラブレターは初めてですけどね」


 私、マーガレット・レーンの本職は、国立文書室の筆耕(ひっこう)官だ。

 

 簡単に言ってしまうと、国にかかわる文書を、その内容にふさわしい書体で清書・複製する仕事。

 

 王立高等学院を卒業した18歳で就職し、王宮で勤め始めて3年目。建国千年を誇るカンティフラス王国の公文書には、その歴史の中で生まれた様々な書体が使われている。子どもの頃から文字の美しさに取り()かれ、深い沼にどっぷり頭までつかり込んでいる私にとって、控えめにいってもピッタリすぎる職だと思う。


「書いてほしい内容、まとめてきたぞ」


 うれしそうな先輩の上着の胸ポケットから、折りたたんだ紙が出てきた。受け取って広げてみると、のたうちまわったミミズが絡まったような文字で、3行。


・手紙ありがとう。うれしい。

・君に会ったことはない。でもきっとかわいい。

・付き合いたい。


「すごい三段論法きたぁ」


 思わずつぶやいた。声に出して、その3行を読み上げてみたら、あっという間に終わってしまった。何度見ても、それしか書いていない。


「さすがマギー。俺の字をすらすら読めるとは」


「感心するくらいなら、もうちょっとだけでもキレイな字を心がけましょう先輩……。それに、これだけじゃ、ラブレターのお返事としては成立しないと思うなぁ……」


 うめきながら、騒動の発端となった女の子からのラブレターを眺める。そこにはいかにも若い女性らしい、こまごまとした丸っこい筆跡で、「町の巡回をするハリーさんが素敵」「衛兵隊士のお仕事の時のキリッとした表情を好ましいと思っている」「自分は臆病(おくびょう)なのだが、勇気をふりしぼって手紙を書いた」「ぜひ文通してほしい」と、丁寧な言葉で思いのたけが綴られている。


「先輩? 彼女から文通してほしい、ってお願いされてるんだし、直接会うのは、何回かお手紙交換してからにしましょうね?」


 内心の困惑をおさえて、なるべく優しい口調を心がけながら諭す。しょんぼりと先輩の肩が下がった。


「でも、俺、こんな可愛いこと言ってくれる女の子だったらすぐに付き合いたい」


「いや、それダメぜったい。何度かお手紙送ってから、デートに誘いましょう。がっつくの禁止」


「ええぇ〜」


 不満そうな先輩の声を受け流して、もう一度、彼女からの手紙を見る。ふと、気になって、紙を持ち上げ、天井の照明に向けた。


 うん? 何だろうこの透かし模様……。

 

 手紙の上下に、優美な印象を与える透かしの飾り帯が入っている。(つた)と葉を模したデザインに見えるけれど、何かがひっかかる。どこかで見たことがあるような……。


 一瞬、ぎゅっと目をつぶる。まぶたの奥に、雷のように、とある文字の形がよぎった。


 ——古代ジュール期の魔術語?


 思い至った瞬間、ぞわりと背筋が冷たくなった。

 

 今よりもっと魔力が強かったと言われる昔。魔術に使われる言葉が、今よりもっと強い力を持っていた時代の文字だ。

 それが蔦と葉のデザインの中に、自然に埋もれている。

 こんな可愛らしいラブレターを飾るのに、魔術語がさりげなく織り込まれた魔術紋を使うなんて。


 ——物騒すぎやしませんか。

 

 顔を上げ、私はあえて先輩ににっこりと笑いかけた。いつもの笑顔に見えているといいのだけれど。


「先輩、3日後までにラブレターの返事の文章を考えてきます。それまでこの手紙、預かってもいいですか?」


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