第13話 幻想の恋・現実の愛
――――贄を奉ずる祭壇の地
ここは山間の中にあって、不意に現れる開けた場所。
集落の中でも、選ばれた者しか立ち入ることを許されない禁忌の地。
祭壇と呼ばれる中心には壁も屋根もない石床があり、石製の杭が打ち込まれているだけ……。
ここは祭壇という仰々しい名前と禁忌の地と呼ばれる雰囲気に反して、とても簡素で質素な場所だった。
私たちは木々や茂みに身を隠して様子をうかがう。
松明を持つ男たちに囲まれている長のチェリモヤおじいさんが、大仰な手振り身振りを交え、純白の装束を纏うナツメさんに語り掛けている。
「今宵は竜神様へ我々の偽りなき無垢な信仰心をお渡しする、数年に一度の特別な日。その信仰心の証である供物を捧げる! ナツメよ、役目を全うし、集落へ奇跡を!!」
「はい、チェリモヤ様。必ず、竜神様へ願いを届け、集落へ慈雨を齎しましょう」
「うむ!! 捧げられしお主の血肉は竜神様と一体となり、その肉は竜神様の一部となり永久に集落を守り、血は恵みの雨となって我々を救うだろう!! ナツメ、お主の篤き信仰心に敬意を」
「もったいなき御言葉でございます」
ナツメさんの言葉を受け取ったおじいさんは、傍に立っていた中年の男性に顔を振る。
すると、中年の男性はナツメさんに近づいて、彼女に木製の足枷を付けた。
次に、石製の杭に丈夫そうな縄をかけ、それを木製の足枷と繋げる。
一連の流れを見ていた私は嫌悪を籠めた鼻息を飛ばす。
「フンッ! 何が篤き信仰心に敬意を、だよ。きっちり疑ってんじゃん。いざというときに逃げられないように足枷に縄って!」
「し~、声が大きい、ユニ」
「あ、ごめん。それにしても……」
ナツメさんの衣装に瞳を向ける。
祭りの最中は煌びやかな衣装の上に綺麗な翡翠を纏っていたけど、今は真っ白な装束。
「なんで衣装チェンジしてるんだろう? 化粧も落としてるし」
「今から竜神の腹に収まるのに、翡翠は邪魔だからじゃないかな? 化粧も」
「だったら、あの豪華な衣装なんだったの? 初めから白装束でいいじゃない?」
「あれは死に行く者への最期の手向けだったんだろう。集落で最も豪華な衣装と化粧で着飾ることが」
「なにそれ?」
この会話にソルダムさんが混じってくる。エイが持ってた双眼鏡を手にしつつ、ナツメさんたちの動向を覗きながら。
「エイさんの指摘通りだよ。だけど、純白の装束はかなりの贅沢な品だから、質素ってわけじゃない。あそこまで純白に色を抜くって大変だから」
「ああ~、そう言えば、真っ白な布って珍しいんだったよね」
「ああ、珍しいけど……エイさんが持ってたこの道具の方が珍しくないか? 遠くの場所が近くに見えるだけじゃなくて、松明や月の明かりを増幅して、はっきりと景色が見えるようになるなんて……」
双眼鏡に興味を示して興奮気味のソルダムさんを横目に、私はエイに尋ねる。
「ねぇねぇ、いいの? あれって、この星の文明レベルを超えた道具でしょ? そんなの貸しちゃって?」
「元々君に貸してたものを、君が勝手にソルダムに貸したんだろ。こっそり使えと言ったのに。でも、まぁ、あれぐらいなら問題ないか。何か不思議な道具を使った程度で話は終わるだろうから……」
そう言って、彼はちらりとソルダムさんを見たあとに言葉を続ける。
「下手をすれば、伝承に語り継がれる可能性もあるけど」
「駄目じゃん!」
「だから君が招いたことだ。いいかい、君にとっては何の変哲もない行動だったとしても、それが未開人とっては大きな影響として残ることがあるんだ。法や条約に縛られていないとはいえ、君も少しくらい考えて行動してほしい」
「う~ん、わかったよ。よくわかんない星で私の妙な伝承が残っても嫌だしね」
「微妙に俺の言いたいことが伝わってないような……おや、チェリモヤたちが去るみたいだよ」
エイに促されて広場へ顔を向ける。
集落の人たちはチェリモヤおじいさんを先頭にして、山の深い闇の中へと姿を消していった。
すぐさま飛び出そうとしたソルダムさんをエイが制止して、しばし様子を見る。
おじいさんたちの気配が消えて、十分にここから距離が離れた頃合いを見計らい、私たちは茂みから抜け出す。
そして、足枷と縄に繋がれ、石床に正座して両手の指を組み、祈りを捧げ続けるナツメさんへと近づく。
足音に気づいたナツメさんはこちらを振り向くと、小さな声を上げた。
「あっ……御客人方に……ソルダム」
名を呼ばれたソルダムさん。
彼は数歩前ヘ歩んで、正座をしているナツメさんの左肩に右手を置いた。
「ナツメ、君を助けに来た! さぁ、逃げるんだ!!」
「え? あなたはなにをいって――」
「こんな馬鹿げた風習の犠牲になる必要はない! すぐに縄を切って、足枷を!」
彼は剣を抜いて縄を切り捨てようとした――でも、ナツメさんがソルダムさんを突き飛ばす!?
「何をしてるの!? やめて!!」
「え?」
突き飛ばされたソルダムさんは少し体をよろめかせた。
ナツメさんは縄を庇うように手繰り寄せて抱え込む。そんな彼女の姿を、彼は呆然と見下ろす。
「ナツメ、何を?」
「それは私の言葉よ! あなたこそ、何を!?」
「何って! 君を救いに来たんだ! 竜神なんかの生贄にならないように!!」
「あなたは、本当に何を言っているの? 竜神様へ捧げられることは栄誉であるのに?」
「ナツメ……クッ!」
竜神へ供物として捧げられたことに、何の恐怖も後悔もなく、ナツメさんはきょとんとした様子を見せた。
それは善悪を知らない無垢な子どもが悪さをした時に、パパやママから怒られたときのような姿。
ソルダムさんはそんなナツメさんの姿に一度は目を背けたけど、すぐに彼女が抱きかかえた縄を取り上げようとする。
それにナツメさんは必死の抵抗を見せる。
「とにかく、縄を切ってここから離れるんだ!」
「やめてよ、ソルダム! どうしてこんなことをするの!? 私から栄誉を奪いたいの!? 穢したいの!?」
「違う、違う、違う! 俺は君に死んでほしくないんだ!!」
「どうして!?」
「それは――君を愛しているからだ!! だから、死んでほしくない!!」
ソルダムさんはありったけの思いを籠めてナツメさんへ気持ちをぶつけた。
集落の掟を破ってまで、ナツメさんのために外へ出て、命懸けの旅をして、剣を学び、魔法を学び、罰を受ける覚悟をして集落へ戻り、ナツメさんを救うために、愛する人を守るために戻ってきた。
そんな思いを短い言葉に託した。
だけど……。
ナツメさんは瞳から光を消して、淀んだ瞳を見せる。
「アイシテル? ソルダム、あなたは何を馬鹿なことを言っているの?」
「ナツメ?」
「愛しているなら、私の邪魔をしないで。私は今宵、竜神様と一体となって神になるのよ。そうだというのに、どうして邪魔をするの? 愛しているのに、どうして私を穢そうとするの?」
「ナ、ナツメ……?」
「消えてよ。消えてよ――消えなさい! この背教者! 竜神様に仇為す敵め! 失せろ!!」
彼女の放った言葉の刃に、ソルダムさんの心は切り裂かれる。
その痛みに負けて、彼は縄から手を放し、小さなうめき声のようなものを上げた。
「あっ、そ、そんな……」
彼は自分の思いが通じず、深く深く竜神に傾倒するナツメさんの姿に絶望し、さらには罵倒まで浴びせられ、うっすらと涙を浮かべる。
そして、救いを求めるかのように、ゆっくりとこちらへ顔を向けた。
エイは彼を見ずに、なんでか私の方を見て、何やら思案している様子。
(さて、どうするユニ? 王子様は姫に拒絶された。君はこの後どう判断し、どう行動する)
エイの視線に釣られてか、ソルダムさんもこっちを見てる。ナツメさんまで。
一体、何なの?
数秒の沈黙……だけど、そんな短い沈黙にも耐えられなかったのか、ソルダムさんがか細い声を落とす。
「俺は……どうすれば?」
「え、どうすればって?」
「だって、俺はナツメを救いに来たのに拒絶されて、想いも届かず――」
「はい? そんなの当然じゃん。何を言ってんの、ソルダムさん?」
「え?」
「え?」
ソルダムさんの声に合わせて、エイも同じ声を漏らす。
私は腰に両手を置いて、大きな溜め息を漏らした。
「はぁ~、あのさぁ、ナツメさんが盲目的に竜神を信仰してるのはわかってたわけじゃん。それなのに救いに来たって言われても、受け入れられるわけないし。ましてや愛してますと言われても、ソルダムさんの気持ちよりも、神様である竜神の方が大事に決まってるじゃん」
「いや、でも、君は俺の心意気を買ったって?」
「うん、買ったよ。絶対にフラれるとわかってるのに、告白しに行く度胸。その心意気を買ったんだよ」
「はっ?」
「いやいや、それ、私のセリフ。まさか、自分の気持ちが受け入れられると思って行動してたの?」
「は? え? あれ、俺は、どうすれば……?」
ソルダムさんはどこともない場所を見つめて沈黙しちゃった。
その沈黙をよそに、エイが私へ話しかけてた。少々の驚きを交えて。
「君はこうなるとわかっていたのかい?」
「うん。そりゃ、そうなるでしょ。私自身、信仰心なんてオブラートよりも薄いけど、篤い人はとことんだって知ってるし。そういう人たちが神と人を比べたら、神を優先するでしょうよ。てっきり、ソルダムさんもそれを理解してるかと思ったけど、違ったみたいだね」
そう言って、惚けてるソルダムさんを見つめる。
そんな私の態度を見たエイは、らしくない感情的な笑い声を上げた。
「ククク、ははは、あはははは! 君は面白いなぁ」
「なになに? どうしたの急に?」
「いやいや、俺はてっきり君のことを、王子と姫の恋物語に酔う少女かと思っていたよ」
「物語なら酔うけど、現実は厳しくて酔えないことくらい知ってるからね。恋愛経験はないけど、それくらいはわかる」
「ふふ、なるほどなるほど。実に興味深い。それでだ、今後はどうする気なんだい?」
「それはソルダムさん次第でしょ。こっちの目的はクニュクニュ! 明確なんだから!」
私はいまだにポケ~っとしているソルダムさんの背中を叩いて、大声で名前を呼んだ。
「ソルダムさん!!」
「――いつっ! な、なんだ!?」
「いつまでボケッとしてるつもり?」
「だ、だって、おれは……ナツメに……」
「そんなのどうでもいいでしょ!」
「どう、どうでもって? どうでもは――」
「いいの! どうでも! ここから先が大事なんだから。だから、ここでソルダムさんに問うよ!!」
私は彼の鼻先に人差し指を突き立てて問い掛ける!
「ソルダムさんはナツメさんを助けたいの、助けたくないの? どっち!!」




