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6 ドレスバルト平原の戦い

「ちょっと待って下さいよ。テオドール将軍」

 それまで静かに聞いていた隊長たちの中から、若い女の声が上がった。

「イルゼか。どうした?」

「そこのお嬢様が負けそうになっていても援軍を送らないということですか?」イルゼと呼ばれた女隊長はアレクシアを指差しながら、噛み付くような勢いでテオドールに疑問をぶつけた。


「そうだ。戦況を把握するため偵察兵は付けるが、どんな場合でも援軍は送らない。援軍が無駄死にするだけだからな」

「この戦の命運を左右するかもしれない状況でも、そこのお嬢様一人に委ねるんですか? 剣も握ったことのないような、筋肉の全く付いていない痩せた身体のそこのお嬢様に? 戦の何たるかも分かってなさそうな、王都でのほほんと生きてきたような侯爵家のお嬢様に?」

「お前な、だから『戦神の加護』というのは筋肉や鍛錬など関係ないんだよ。……それに、アレクシアは戦の何たるかは分かっている。あのオスカー・カーンの娘だぞ」

「はあっーー。お年寄り将軍たちの名将オスカー・カーンの武勇伝は嫌になるほど聞かされてきましたけどね、あいにく私は実際に目で見たものしか信じない性格でして」大きなため息を吐きながらのイルゼの言葉に、

「おい、誰が年寄り将軍だって?」とテオドールは睨みを効かせた。


(うん。何だか覚えがある光景。そうそう、こんなことあったわ)

 テオドールとイルゼのやりとりを眺めながら、アレクシアは既視感に見舞われた。前の人生でも、このテオドールとイルゼのやりとりは起こっていたはずだった。

 テオドールの言っていた、隊長たちの中には風当たりの強い者がいるかもしれないというのは、こういうことだったのかと思い出しながら納得した。


(イルゼかあ。悪い人じゃないんだよね。物怖じしない言動は何となくハンナに似ているし。何だかんだで、最後にはイルゼと仲良くなれた気がするし)

 そう言えば、イルゼの加護もハンナと同じ『頑健の加護』だったな、と思いながらしばらく続きそうなテオドールとイルゼのやりとりを眺める。


 周りの隊長たちも、イルゼを諫める者や囃し立てる者が出てきて、なかなか収拾がつきそうにない。


「イルゼにも困ったもんじゃ。テオドールはあれでも二万の総指揮を任された将軍だぞ。それを一介の隊長があんな舐め腐った態度をしおって。なあ、カーンの娘よ」

 アレクシアの後ろから老将の一人がのっそりと現れて声を掛けてきた。

「あなたは……」

「ローマンじゃ。名将オスカー・カーンの武勇伝を若い連中に嫌っていうほど聞かせる年寄り将軍の一人じゃよ。よろしくな、カーンの娘」

 そう言ってローマンはニカッと笑った。


(ローマン将軍、よく覚えているわ。私のことを、名前じゃなくカーンの娘とずっと呼んでいたのよね)


「カーンの娘。お前さんはイルゼのような隊長をどう思う?」

 ローマンがアレクシアに問うた。


 あえて隊長と言ったので、イルゼ個人のことではなく、イルゼの隊長としての資質について問われたのだと理解したアレクシアは、思ったままを答えることにする。


「……軍隊という上下関係の厳しい組織の中では、イルゼ隊長の態度は本来は許されないものだと思います。規律の乱れにつながりますから。ですが、イルゼ隊長と同じ疑問を持った隊長は他にもいるでしょう。今回に限らず将軍に絶対服従をするあまり、自分の疑問をぶつけることも出来ない隊長たちは少なくないでしょう。そう考えると集団の中でイルゼ隊長のような人は一人は必要だと思います。貴重な存在と言っていいかもしれません。……とは言え、あまりに行き過ぎた態度が続くなら、他の隊長たちの増長に繋がるので軽い処罰が必要になるかもしれません。今の段階では必要ない気がしますが」


 アレクシアの答えにローマンは目を輝かせた。

「良い。良いな。まさにオスカーの血を受け継ぐ、カーンの娘の答えじゃ」


「父が生きていれば、同じような答えを言ったと思いますか?」

 アレクシアは父のことをよく知らない。父のことを知りたい少しの好奇心から、そんなことを聞いた。


「っは、馬鹿を言うな。お前さんの父親は軍人の鑑と言われた男だぞ。そんなヒヨッコのような甘っちょろいことを言うはずがない」

 輝かせた目から一転して、馬鹿にしたようにローマンは言った。


「あ、……そうなんですね」

(褒められているのか貶されているのか分からないわね。でも、どんなに貶されても嫌な気持ちにならず納得してしまうな。これが一国の将軍の器なのかな)


「オスカーは本当に名将と呼ぶに相応しい男じゃった。わしは、オスカーのこともテオドールのことも戦場では自分の息子のように思っておったよ」

 懐かしむようにローマンは少し声を落とした。それから、またニカッと笑った。

「だから、お前さんはわしにとっては孫娘のようなものじゃ。いくらでも頼ってくれ。何か聞きたいことはないか?」


「ありがとうございます、ローマン将軍。では、一つ……あちらにいる黒髪黒目のお方はどういった立場の人なのでしょう。先程の配置の話の時にお名前を呼ばれなかったようなのですが」

 アレクシアは謎の青年について聞いてみた。

 彼は今、テオドールとイルゼのやりとりを、あまり興味もなさげに少し離れた場所から見ていた。


「ん? ああ、あいつか。あいつのことは、わしらもよく分からないんじゃ。テオドールが個人的に連れて来た奴でな」

「そうなのですか?」

「分かっていることは二つ。ジークという名前とソードマスターだということだけじゃ」


 ソードマスターは加護ではなく称号だ。極めて優れた一握りの剣士だけに授けられる称号である。


「あの若さでソードマスターなら強力な戦闘系の加護を持っているんじゃないんですか?」

「それも分からんのじゃ。テオドールは何故かジークの情報を話そうとせん。ジーク本人も、あまり喋らないで、みんなから距離を置いていつも一人でいるような奴だからの。ただ、テオドールの連れて来た奴ならば信用は出来ると、みんな特に詮索することはしてないんじゃ」

「……そう、なのですね」


 ジークという名前は記憶のどこにも無かった。やはり逆行前の一度目の人生ではいなかった人なのだと思った。

 テオドールが個人的に連れて来たというのも引っ掛かる。


 じっと見つめていると、あちらもアレクシアを見つめ返す。

(まただ。よく目が合うんだよね。私が見つめ過ぎているせい?)


 「お、やっとこさテオドールとイルゼの舌戦に決着がついたようじゃ。そうやら、イルゼに軍配があがったようじゃ。テオドールの奴もまだまだじゃな」

 憮然とした表情でこちらに歩いてくるテオドールを眺めながら、ローマンはニヤニヤしている。


(何だかんだ言っても、ローマン将軍はイルゼのことを可愛いがっていたっけ)

 ニヤニヤするローマンを見て、アレクシアは小さく笑った。自分の祖父が生きていれば、こんな風だったのだろうかと想像した。



「他の隊長たちまでイルゼに乗っかるもんだから収拾がつかん。こうなったら、あいつらにも一度、『戦神の加護』がどんなものかを見せたほうがいいと思ってな。悪いがアレクシア、手合わせという形であいつらの相手をしてくれ」

 ガシガシと髪を掻きながら、若い隊長たちを説得するのに疲れたテオドールがアレクシアに頼んで来た。


「はい、分かりました」

 アレクシアはあっさりと承諾した。何人かの隊長たちと戦うことになる、この展開は前回の人生と同じ流れだった。


「すまんが怪我をしないように調整してくれ。あれでも貴重な戦力だからな」

「はい、大丈夫です」


 手合わせという形での対戦は、アレクシア一人に対し腕に覚えがある隊長、九人で行われることになった。

 観客はものすごい数になった。手の空いている兵士たちは声をかけ合って観戦することになったらしい。

 記録によると、グローセン王国軍が最後に『戦神の加護』持ちと戦ったのは二十年以上前のことだ。

 若い兵士たちは話に聞くだけで、実際に見たことはないのだ。世界最強と言われる加護を。それが、見れるのだから興味を持つのも当然と言えた。

 

(ジークは観戦のほうなのね。ちょっと残念かな。見てみたかったかも、戦う所)

 観戦側にいる彼を見て、アレクシアは思った。


 前回の人生ではいなかった剣士。

 どれほど優れたソードマスターだとしても、『戦神の加護』を持つアレクシアより強いはずがない。

 そのはずだった。


 彼は自分よりも、はるかに強いーー。

 アレクシアがそれを知るのは、まだほんの少し先のことだった。



 


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