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5 ドレスバルト平原の戦い

 ドレスバルト平原。 

 グローセン王国の東南、隣国レプブレア王国との国境に位置し、その左右には深い(バルト)を有する。

 アレクシア・カーン、十七歳。

 その年、レプブレア王国が二万の兵を率いてドレスバルト平原へ進軍したため、グローセン王国も二万の兵でもって、これを迎え討つこととなった。

 逆行前の一度目の人生、ここは彼女にとって最初で最後の戦いの地であった。

ーーそして、今世では。



「おーい、アレクシア。こっちだ」

 グローセン王国軍の拠点地で大柄の男の呼ぶ声に気付き、アレクシアはその男のそばに駆け寄った。

「お久しぶりです、おじ様。ここでは将軍とお呼びしたほうがいいですか?」

「そんなもん、どっちでもいいさ。好きにしろ」

 男の名はテオドール・ライゼガング。

 亡きオスカー・カーンの従兄弟であり親友であり、幼くして侯爵家の当主となったアルベルトの後見人でもあった。アレクシアは幼い頃からおじ様と呼んでいる。もっとも会ったことは数えるほどしかなかったが。

 テオドールは王都や貴族社会というものを嫌っていた。普段は王都から離れた地で辺境伯として生活し、滅多なことでは王都に足を踏み入れることはない。そのため、王都にあるカーン侯爵家の別邸で隔離されて生きてきたアレクシアと会ったことはほとんどなかった。


「ユーリアによく似てきたな」

 テオドールはアレクシアを見て懐かしむように言った。

「お兄様と私の、髪と瞳の色はお母様譲りですから」

「そうだな……お前達の、賢くて強い所は両親譲りだ。お前達、兄妹には申し訳ないと思っている。俺は後見人のくせにお前たちをほったらかしにしていたからな。……俺はとにかく王都の貴族連中の取り澄ました態度が肌に合わなくて、王都の空気を吸っているだけで具合が悪くなってくるんだ」


 テオドールの言葉にアレクシアは苦笑する。

(やっぱり今回の人生でもおじ様の王都嫌いは健在なのね)


「さて、積もる話はこの戦が終わってからにしよう。もうすぐ軍議が始まるからな」

『膂力の加護』を持つテオドールはこのドレスバルト平原の戦いの総指揮を任された将軍である。


「今回の戦には騎兵が六千、歩兵が一万四千の合わせて二万の兵士がいる。俺を入れて将軍格が三人。俺以外の将軍はじいさんだが、腕は確かだ。あとは軍師と、千人の兵士を率いる隊長が二十人ばかりいる。軍議に出るのはこの隊長格以上の人間だ」

 将軍の顔になったテオドールが手短かに説明する。

「アレクシア、お前を軍の中に組み込むことはない。聞いていると思うが今回の戦には敵国に『戦神の加護』持ちがいる。お前はそいつに勝つことだけを考えろ」

「はい」

「よし、覚悟は出来ているようだな……あとな、軍議の前に言っておかねばならんことがあってな、じいさん将軍二人と軍師はいい年だから、お前の父親のオスカーのことも『戦神の加護』がどんなものかも分かっているから、お前にある程度の敬意を持って接するだろう。だが、隊長の連中は若いのも多いから、そういうのを知らない奴がいて、お前に風当たりが強くなるかもしれん」

「大丈夫です」

「そうか? うーん、そうだな。あいつら、口や態度は悪いが、底意地の悪いような奴らじゃないからな」

「はい」


(知っていますよ、おじ様。逆行前の一度目の人生の時に出会ってますから)

 逆行前に短い間だけど、このドレスバルトで共に戦った仲間のことはよく覚えている。


(風当たり、強かったかしら? 私としたら、ここの人たちよりも王宮の貴族たちのほうがよっぽどキツかったけど)

 苦い思い出の中で一度だけ王宮の貴族社会というのを垣間見た。それに比べたら、口や態度は悪いが底意地の悪くない軍人たちの方がよっぽど気負いなく接することが出来る相手だった。

(そう思うと、おじ様の王都嫌いも何だか分かる気がするな)

  

 拠点地の中でひときわ大きな天幕があり、その前で軍議が行われる。

 すでに軍議に参加する全員が揃っていて、総指揮を任された将軍テオドールを待っていた。新参者のアレクシアはテオドールと共に参加する。

 二万という規模の戦いは近年にはなかったが、隣国との小競り合いのような戦いは毎年のように国内のあちこちで起きていた。

 皆、それぞれに戦場を共にしてきた者同士の気安さがあるのだろう。気心の知れた者同士が語り合っていた。ざわざわとしていた場が将軍テオドールの登場で一気に静まった。


「今回の戦の総指揮を任されたテオドールだ。これより軍議を始める」

 テオドールの言葉に全員が姿勢を正した。


 老将も軍師も隊長たちも、全て合わせても二十人余りだ。アレクシアは全員の顔を覚えていた。全員が何らかの戦闘系の加護を持っている。全員の顔も名前も加護も覚えていた。

 

 懐かしいような不思議な感覚で全員の顔を見回していたが、一人、見覚えのない顔があった。

(あれ? あんな人、いたっけ?)


 記憶にある若い隊長たちに混じって、記憶にない青年がいた。

 黒い髪、黒い瞳の二十歳前後の青年だった。何故か、アレクシアのことを見つめている。

 

 記憶にない青年の顔を思い出そうとアレクシアもじっと見つめ返す。


(思い出せない。というか、逆行前の一度目の時にはいなかったはず)


 印象深い青年だった。

 顔の造作は恐ろしいくらいに整っているのに、どう見ても貴族には見えなかったし平民でさえないような気がした。

 髪も肌も、何年も手入れをして来なかったのか、ひどく荒れていて、まるで山奥で獣と一緒に生きてきたかのようだった。

 その印象を一言で言い表わすとしたら、粗野、というしかないように思えた。恐ろしいくらいに整った顔の造作さえ、その粗野な印象に塗りつぶされるほどに。


(何者なんだろう。どうしてここに?)

 他の顔ぶれは前回の人生と同じなのに、その青年だけが違っていた。前回はいなかった人がいる。



「ーーーー次に各隊の配置を命じる。呼ばれた隊長は返事をしろ」

 戦略を話すテオドールが配置と共に隊長の名前を呼んでいく。


 今回の戦は左軍、中央軍、右軍に分かれて展開する。中央軍にテオドールと軍師、左右軍を二人の老将がそれぞれ統括し、その下に千人の兵士を率いる隊長がつく。さらにその下には百人の兵士を率いる中隊長がいるのだが、そこまでの人数を軍議に参加させるわけにはいかない。


「ーー配置については以上だ」


(え? これで終わり?)

 テオドールが謎の青年の名前を呼ぶことはなかった。


(隊長ではないということ? でも、だったら何故、軍議に?)


 アレクシアが首をかしげている間にもテオドールの話は続く。

「今回の戦いには、こちらにも敵国にも『戦神の加護』持ちがいる。いいか、こいつらの戦いが始まったら決して近付くな。無駄死にするだけだからな。神同士の戦いだと思え」そう言ってからテオドールはアレクシアを皆に紹介した。

  

 全員の視線を浴びたアレクシアはペコリとお辞儀した。




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