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4 十三歳の誕生日

 普段は誰も寄り付かない屋敷に、その日は侯爵家の紋章の入った馬車が停まった。

 

「ようこそ、お兄様」

「うん。アレクシア、十三歳の誕生日おめでとう」

 玄関まで出迎えたアレクシアに、アルベルトは穏やかな笑みで応えた。

 それは毎年向けられてきた優しく穏やかな笑みと口調だったが、いつもとほんの少しだけ違うようだった。いつもよりほんの少しだけ晴れやかな気がしたのだ。

(何かいいことでもあったのかな、お兄様)

 隔離されて生活するアレクシアには、兄の普段の様子は分からない。それでも、兄が幸せに生活していてくれるなら嬉しいと思った。

 

 アルベルトは毎年そうしているように護衛騎士を従えていた。護衛騎士はアレクシアからアルベルトを守るようにしているが、アレクシアに敵意を向けるということはない。あくまで主君を守るという職務に忠実なだけなのだ。

 そのため、アレクシアはアルベルトと一定の距離を保って接した。どの程度までなら近付いても咎められないか、これも毎年のことなので暗黙の了解のように行動し、客間に案内する。


 ハンナが台所でお茶の用意をしている間に、アレクシアはアルベルトから贈られた誕生日プレゼントを開封していた。大小様々な箱の中身は本だったりお菓子だったりした。

 その中で可愛いらしく装飾された小箱があり、蓋を開けると花をモチーフに髪飾りが入っていた。


(お兄様が装飾品を贈ってくれるなんて珍しい)

 今までなかったわけではないが、アルベルトがアレクシアに装飾品を贈ることはほとんどなかった。この髪飾りも、見覚えがないから逆行前に贈られたことはないはずだ。

 逆行前と逆行後で違うことは十三歳の今の時点で、ほとんどない。隔離された単調な生活が続いて来たし、これからもそうだろうと思っていた。十七歳になるまでは。


 髪飾りを手に取り、じっと眺めていると、少しだけ離れた場所に立つアルベルトが「付けてごらん」と言う。

「は、はい」

 促されアレクシアは髪飾りを付けようとしたが、付け慣れていないので上手く髪が纏まらず苦戦した。それを見ていたアルベルトがアレクシアに近付く。

「アレクシア、私がやるよ」

「え?」

「アルベルト様」

 思ってもいなかったアルベルトの申し出にアレクシアが固まっていると、護衛騎士が咎めるように一歩前に出た。


「大丈夫だ」

 アルベルトは護衛騎士に目線を送ると、穏やかな声で制した。それはいつもの彼が誰に対してもそうするように、理性的で一切の威圧感も与えないような声だったが、護衛騎士は短く「は」と答えると拍子抜けするほどあっさりと引き下がった。

「さあ、そこの椅子に座って」

「……は、はい」

「髪飾りを貸して」

「……はい、お兄様」

 促されるままに椅子に座り髪飾りを手渡す。

 こんな近い距離にいても護衛騎士は何も言わない。


(護衛騎士の人がお兄様の一声で何も言えないほど、お兄様が侯爵家の当主として認められていると言うことなのかな)

 アレクシアより五つ年上のアルベルトは、先月十八歳になった。十一で母親を亡くした時の、少し過剰とも言える忠誠心を持つ家臣たちに庇護されるだけの幼い少年ではなくなったと言うことかもしれない。

(でも、こんなこと逆行前にはなかった。いつの誕生日でもこんなことはなかったのに)


 アルベルトは、大人しく椅子に座るアレクシアの髪を丁寧に纏めると、髪飾りを付けて「出来たよ」と声を掛けた。

「よく似合っている。可愛い」

 アレクシアの頭を何度か撫ぜてから手を離した。

「あ、ありがとうございます」

 かつてなかった出来事に混乱はしていたが、唯一の肉親である兄に優しく触れられることはアレクシアにとって、本当に嬉しいことだった。

 嬉しくて笑みが溢れるが、今までになかった近い距離にいる兄に戸惑いもある。

 クラウス王太子のような他を圧倒するような輝く美貌とは違うが、アルベルトには他者に安らぎを与えるような穏やかな美しさがあった。

 そんな兄にこんな近い距離で髪に触れられて気恥ずかしさのような感情があった。

 それでも笑いかければ、すぐ近くで笑い返してくれる兄が、やっぱり嬉しかった。


 そして。


「……ザイフリード公爵が身分を剥奪されて流刑に処された」

 唐突にアルベルトが告げた。

 あまりにも唐突な言葉にアレクシアは目を見開いて、アルベルトを仰ぎ見た。

 アルベルトの表情は、アレクシアに髪飾りを付けていた時と全く変わっていなかった。穏やかで理性的で、感情の見えない表情だった。


 最初、アレクシアは馴染みのない名前にそれが誰だか分からなかった。

 そして、思い出す。

 ザイフリード公爵。逆行前のアレクシアの処刑を承認し処刑場に立ち合った宰相だ。四年後には宰相になっているはずだったが、今の時点で宰相かは分からない。

 

 わけが分からない。


「ええと、罪状は何ですか?」

「ウェーリーズ王国に我が国の機密情報を流していたらしい」

「ウェーリーズ?」

 

 アレクシアは今までに読んだ本の知識からウェーリーズ王国のことを掘り起こす。

 ウェーリーズ王国。

 グローセン王国から小国二つを挟んだ北東に位置する場所にある大国だ。およそ三百年前にあった戦乱の時代では何度も戦った歴史があるが、隣接しているわけでもないその国とは今では国交が途絶えている。


(どういうこと? あの処刑の時には、ザイフリード公爵はすでにウェーリーズ王国と良くない繋がりがあったということ? あの時のザイフリード公爵とお兄様のやりとりを思い出すと、やっぱり公爵は私の処刑を急いでいたような気がする。でも、その公爵が今の時点で流刑になったなんて。何で逆行前とこんなに違うことが起きるの? それに、お兄様はなぜ私にこんな話を……)


 アルベルトがこれまで王宮のことや貴族のことをアレクシアに話したことは一度もない。逆行前もそうだったし、逆行後でも十三歳の誕生日である今日まで一度も、彼が王宮のことや貴族のこと、ましてや一貴族の不祥事に触れたことなどなかった。


「お兄様、どうして急にこんな話を?」疑問をそのまま口にすれば、

「…………何となく?」

 アルベルトは少し間を置いて答えた。


(ええええー? お兄様にしては歯切れの悪い言い方)


 アレクシアがじっとアルベルトを見つめていると、アルベルトは破顔した。いつもの大人びた顔と違って、歳相応の顔だった。

「そうだね。急にこんな話をするのはおかしかったな。忘れてくれ」


(忘れるなんて無理ですよ、お兄様。ザイフリード公爵は私の処刑に関わった人ですよ。ああ、混乱してきた。落ち着こう。ザイフリード公爵には怪しい所があったけど、私が処刑された理由は王太子殺害未遂なんだから)

 椅子に座ったまま考え込んだアレクシアを、アルベルトは少しの間、黙って見下ろしていた。


 そして。

「アレクシア、お前さえ良ければここを出て、普通の侯爵家の娘のような生活に戻ってみるかい?」

 またもや唐突にそんなことを言い出した。

 

(お兄様? 私の思考能力は許容範囲を超えそうですよ)

 本当にわけが分からない。

 何で今日は、こんなに逆行前と違うことが起きるのか。


「私がそうなることで……反対する家臣の方もいるんじゃないでしょうか」

 混乱しながらもアレクシアは壁際で佇む護衛騎士のほうを伺い見ながら、そう言った。


「大丈夫だよ。皆、忠義のある、よく仕えてくれている者ばかりだ。お前だってカーンの娘なのだから、お前にもよく仕えてくれるだろう」

 アルベルトは護衛騎士に向けて「そうだよね」と穏やかに声を掛けると、護衛騎士は「もちろんです」と頷いた。


(この様子だと、お兄様は家臣の人たちのこと完全に掌握しているのね。私がここを出て普通の侯爵令嬢のような生活をする? 考えたこともなかった)

 アレクシアは自分が普通の侯爵令嬢として生活することを想像してみた。すると答えはすぐに出た。


「先程、私さえ良ければとおっしゃいましたが、私が選択してもいいのですか?」

「そうだよ。お前の望むまま選べばいい」

「それなら私はハンナと一緒に、ここで今まで通りの生活を続けます。王宮や貴族社会は気疲れしそうです」

「うん。お前がそう望むならいいよ。もし、気が変わったらいつでも言ってくれ」

「ありがとうございます」


 アレクシアの言った理由は建前だった。普通の侯爵令嬢に戻りたくない本当の理由はーー。

(普通の侯爵令嬢として生活してたら、王太子殿下に会わなきゃいけない機会も出てくるかもしれない。それなら殿下に会わずに済む今の生活を続けていくわ)

 

 ザイフリード公爵はアレクシアの処刑に、何か良からぬ思惑を持って絡んでいたのかもしれない。

 そのザイフリード公爵が流刑されたことで、アレクシアが処刑される未来は変わるのかもしれない。

ーーでも、変わらないかもしれない。


 それにアレクシアは二度と会いたくはなかった。

 王太子クラウス・ラルフ・グローセン。彼の黄金の髪も青い瞳も二度と見たくはなかった。


「おやまあ、今年は何だかいつもと違いますね。いつもはお坊ちゃまも騎士の方も私がお茶の用意をしている間に帰ってしまわれますのに。今年は用意したお茶が無駄にならずに済んで良かったですよ」

 ワゴンにお茶とお菓子を載せて、ハンナがあけすけに言ってのける。


「それは申し訳なかった。今年はありがたく頂いていくよ、ハンナ」

 無礼な侍女の物言いにもアルベルトは感情的にならず、穏やかに対応する。


 そこからは和やかな時間が過ぎ、アルベルトと護衛騎士は帰って行った。

 二人を見送ると、アレクシアはぼんやりしていた。


「今年は一体、どうなさったんでしょうね、お坊ちゃま」

 ハンナがぼんやりしているアレクシアに声を掛ける。

「本当よね。どうしちゃったのかしら、お兄様」

「良かったですよ。お坊ちゃまがお嬢様に、あんな風に慈しむように接するようにされて」

「……うん。そうね」


 色々とあったがアルベルトのそばにいるのを許されたことは嬉しかった。とても幸せな一日だった。



 それからの日々は逆行前とほぼ変わらずに過ぎて行った。

 ただ一つ違うのは、毎年の誕生日にやって来るアルベルトのそばに行っても誰も咎めなくなったことだ。

  


ーーそして、時が巡りアレクシアは十七歳になった。

 それは彼女の運命を変える戦いが起きる年だった。




 

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