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1 逆行と花祭り

「同時に二つなんて珍しいよね」

「珍しい所じゃないよ。初めてだよ、こんなこと」

 

 深い深い眠りについていたんだと思う。自分が眠っていることに気付かないくらいに。

 不思議な声により深い眠りから浅い眠りに変化した。不思議な声だった。耳で聞いている感覚はないのに確かに聞こえてくる。


 

「そうだね、初めてだよね。同時に二つだなんて」


 不思議な声は意味の分からないこと言う。

ーー同時に二つって何のことだろう?


 不思議な声は何かを話し続けていたけれど、声は聞こえなくなっていった。

 目覚めが近いんだと思った。

 もっと眠っていたかったけれど、もう目覚めの時が来るーー。



***



「危ない!」


 子どもの声が耳にはっきりと聞こえた。


(左斜め後ろから攻撃されようとしている)

 加護による本能が告げる。後ろから伸びてきた腕を振り返りもせずに掴み、その腕を軸にして地面に叩き付ける。


 ドスンと音がして地面に叩き付けられた大男が気絶する。


「え……?」

 アレクシアは呆然と瞳を見開いた。


(私、生きている? 何で? 処刑されたはずだよね?)


 首を斬られてもまさか死にきれなかったのかと、辺りを見回す。

(処刑場じゃない。どこ、ここ? 何か見覚えがある気もするんだけど)


 そして、少し離れた所に子どもが立っていることに気付く。この子どもが先程、危ないと声をかけて来たのだろう。後ろから大男に攻撃されようとしていたアレクシアに危険を知らせるために。


 信じられないような美しい男の子どもだった。

 輝く黄金の髪に宝石のような青い瞳。造作の一つ一つが奇跡のように整い、そこに存在するだけで誰もが見惚れずにはいられないようなーー。

 世界に二つとない美貌。



(嘘でしょう? 何でこの人がここに? 何で子どもになっているの?)

 

 弟がいるという話も聞かないから、間違いなく本人だろう。

 アレクシアの知る彼は、アレクシアより二つ年上のはずだった。アレクシアは十七歳なのだから彼は十九歳のはず。

 しかし子どもはどう見ても十歳くらいだった。 

 

 少し離れた場所にいた子どもが近付いて来る。アレクシアより背が高い。


(何で十歳くらいの子どものほうが私より背が高いの?)

 首を傾げてから自分の手を見た。子どもの手だった。ペタペタとその手で自分の身体を触ってみる。子どもの身体だった。


(えーー。私、子どもになってる!)

 確認のため、もう一度自分の身体を触る。間違いなく子どもの身体だった。

 びっくりしすぎて固まってしまった。何が何だかわけが分からない。



「大丈夫?」

 固まっているアレクシアに、目の前まで近づいた美しい男の子どもが心配するように声を掛けて来る。気遣うようにアレクシアのほうに手を伸ばす。

  

 その手が触れる前にーー。


「嫌!」

 アレクシアは叫び声を上げて拒絶した。



 世界に二つとない美貌の持ち主が驚いたように、伸ばした手を止めた。


(何でこの人にまた会っちゃうの?)


 

 輝く黄金の髪も宝石のような青い瞳も、二度と見たくはなかったのに。


 現グローセン国王の唯一の子供にして王太子。

 クラウス・ラルフ・グローセン。


 愛され王太子と国民から呼ばれ『魅了の加護』を持つ彼が、十七歳のアレクシアが大罪人となったあの日の被害者だった。



 分かっている。クラウスは被害者だ。何も悪くない。

 でも、彼を見ているとあの日の絶望が蘇るのだ。王太子殺害未遂の大罪人となったなったあの日の絶望がーー。

 

 自分の罪を見せつけられるような居た堪れない気持ち。

 

 見たくない。

 触られたくない。

 そばにいたくない。

 

 そんな感情が溢れ出し、アレクシアはその場から逃げるように駆け出した。

 

 少し走っていると、さっきまで自分がいた場所がどこかの街の路地裏だったのだと分かる。

 細い裏通りを抜けて明るく開けた表通りに出た。

 

「うわあ」

 思わず感嘆の声が漏れる。表通りは色とりどりの花が飾られていた。道を歩く人々の服や髪にも花が飾られている。

 たくさんの花に埋め尽くされた、この光景を知っていた。

(これは花祭りだよね。それに私が子どもに戻っているということは……)



 そうか、自分は時間を逆行したんだと悟った。

ーーこの世界には、ごく稀に時間を遡り人生をやり直す機会を与えられた人間がいる。この現象を逆行現象と呼ぶ。

 昔、読んだ古い本に書いた一節を思い出した。社交会に出るわけでもなく隔離されていたアレクシアはたくさんの本を読んでいた。


(私が逆行したのなら、やっぱりさっきのはクラウス殿下で間違いないわ)




 過去の記憶が蘇る。

ーー八歳の時、隔離されて生活していた侯爵家の別邸をこっそり抜け出して、この花祭りを見に来た。

 普段見ないたくさんの花に夢中になっていると、いつのまにか路地裏に迷い込んだ。

 そこで人攫いの大男と、大男に腕を捕まれて逃れようともがく男の子を見つけた。二人が親子などではないことはすぐに分かった。全然、似ていなかったし身なりも全く違うものだったから。

 アレクシアは大男に近づくと足を軽く蹴った。大分、手加減してあげたのはまだ大男が本当の悪者かは分からなかったからだ。

 驚いた大男が手を離した隙に男の子と一緒に逃げ出した。

 びっくりするくらい綺麗な男の子だった。

「助けてくれてありがとう。お供の者とはぐれちゃって迷子になってたら、さっきの男に攫われそうになったんだ。君、すごく強いんだね」

 そう言ってびっくりするくらい綺麗な顔で笑った。


 その時は彼がクラウス王太子殿下とは知りもしなかった。彼が王太子だと知ったのは、それから九年後のことだ。アレクシアが大罪人となったあの日ーー。


(また、思い出したくないことを……違う。今はそうじゃなくて)


 何かが引っ掛かる。今すぐ何かを思い出さなければいけない気がした。

 アレクシアは逆行前の花祭りの日の記憶を必死に手繰り寄せた。

 八歳の時、街でやっているという花祭りをどうしても見たくなって侍女の目を盗んで抜け出した。街に溢れていたたくさんの花。楽しそうに祭りを楽しむ人々。驚くくらい美しい少年と、彼を攫おうとしていた男たち。

 そして、はっと気付く。


(そうだ。人攫いの男たちだ。あの時、人攫いは二人いたんだった)

 思い出すと同時に走り出していた。


 急いで裏通りに入り来た道を戻る。先程の路地裏に入ると、アレクシアが地面に叩きつけて気絶させた大男がまだ意識のない状態で転がっていた。

 その少し前を、黄金の髪の少年を肩に担ぎ上げて歩く男の姿を見付けた。


「すげえ上玉を手に入れたぞ。こいつは高く売れそうだ」

「放せ! 放せよ!」

 人攫いの男の肩に担ぎ上げられたクラウスは手足をジタバタと動かして暴れていた。しかし、男はクラウスの抵抗など気にもせずに歩いて行く。


 アレクシアは落ちていた小石を拾うと狙いを定めた。男を殺さない程度に、それでいて一撃で気絶させる位の力と角度。一分の狂いなく男に与える威力を、加護の本能が教えてくれる。

 

 ヒュッーー。

 投げた小石は的確に男の後頭部を直撃した。狙った通りの速度と角度で男が倒れ込んだ。

 最小限の衝撃でクラウスが男の肩から落ちた。少し周りを見渡してから、何が起こったのか理解したようにアレクシアを見て笑おうとした。


「あり……」

 多分、ありがとうと言いながらクラウスはアレクシアのほうに近づいて来る。


 けれどアレクシアは、その黄金の髪も宝石のような青い瞳も、彼の笑った顔も二度と見たくはなかった。


「弱いんだから、一人でフラフラしてちゃダメでしょ!」

 思いがけないほど強い口調でアレクシアは叫んでいた。


 クラウスは動きをピタリと止めると、青い瞳をそっと伏せた。

「うん……そうだね。……ごめん」

「……!」


 アレクシアは走り出した。もうあと一瞬でもクラウスのそばにいたくはなかった。



(殿下は何も悪くない……けど!)

 さっきのは八つ当たりのような感情をクラウスにぶつけただけであるという自覚はあった。彼に二度と会いたくないと思ったのも、そばにいたくないと思ったのも個人的な理由だ。クラウスは何も悪くない。

 弱いと言ってもアレクシアが強すぎるだけで、彼は十歳の年相応だろうし、一人でフラフラしてたのも供とはぐれたと逆行前に言っていたから、彼だけの責任というわけでもない。

 それに子ども一人でフラフラしていたというならアレクシアだって全く同じ立場だ。

(でも、私は強いもの。一人で大男だって簡単に倒せるくらい強いもの)


 

 走って走って走って。

 人が賑わう表通りも抜けると、そこには更なる賑わうと鮮やかな花々があった。

 

「ここは……」

 

 たくさんの人が集まり、たくさんの露店でものが売られ、楽団が音楽を奏で、少女たちが華やかに着飾り、多くの花が匂い立つように咲き誇る。街の中央にある広場だった。


「ここは……」 

 

ーーそこは十七歳のアレクシアは大罪人として処刑された場所だった。


 今から九年後、人々が楽しげに立つこの場所に、深く大きな亀裂が出来て、邪神と呼ばれた少女が処刑される。


(そういえば、首を斬られる瞬間、願ったんだよね)

 花びらが舞う今の光景とあの時のことを重ねながら思い出していく。

(私の好きになった人が私より強くて、私のことを守ってくれたらいいなあ……なんて)


 そんな人、いるわけない。いるわけないけど。

(でも、とりあえず処刑だけは回避する!)

 そうだ。せっかく人生やり直す機会を得たんだから、せめてあんな最後を迎えるのはもうたくさんだった。

 そのために何をなすべきか考えよう。

 かつて自分が死んだ場所でアレクシアは決意した。




 

 

 

 



 


 







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