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序章2

「こんな所で何を騒いでいるんだね、アルベルト卿? いくら妹が処刑されるとは言え、いつも冷静な、そなたらしくもない。いくら身内とはいえ大罪人に逃げろ、などと。王国への反逆と捉えられても仕方がないぞ」

 群衆の罵声が止まった中、一人の中年の男が処刑台よりも高い場所にあつらえられた壇上の椅子に座りながらアルベルトに声をかけた。

 グローセン王国の宰相であるザイフリード公爵だった。アレクシアに、罪を認め速やかに刑を受け入れるならば家族に咎は及ばないないように取り計らうと約束してきたのはこの男だった。


「失礼いたしました、宰相閣下。あまりに性急な処刑への流れだったため、私も我を忘れてしまいました。お詫び申し上げます。その上で妹の処刑の延期を要求いたします」

 

 謝罪しながらも毅然としたアルベルトの言葉に宰相は嘲笑する。

「妹思いはけっこうだがそんなことが出来るはずがない。そなたの妹は王太子殿下を殺害しようとした大罪人だぞ?」


「いえ宰相閣下。グローセン国法により高位貴族およびその家門のものが処刑になる場合は、国王陛下もしくは王太子殿下の承認が必要になると定められています。しかし、この処刑には陛下も殿下も認知すらしていないのでは」


「法律のことを知ったかぶるのは己の無知をひけらかすようなものだぞ? グローセン国法により国王陛下も王太子殿下も承認が出来ない状態で緊急の場合は、宰相に決定権を委ねると定められておるわ。殿下はそなたの妹のおかげで未だ目を覚まされていないし、陛下は殿下を心配するあまり心労で伏せっていらっしゃる。よってこの処刑は宰相である私によって承認されたのだ」


「僭越ながらその法律も存じております。しかしながらこの処刑のどこに緊急性があると言うのでしょう。妹は逃げも隠れも抵抗もしていません。そして、王宮の医師によると王太子殿下は未だ目を覚まされていないものの容態は安定し、数日のうちに目を覚まされるとのことです。ーー宰相閣下、私はこの処刑を無効にしてほしいと申しているのではありません。殿下の目が覚められ、陛下や殿下のご意志によるものならば従うつもりでおります」


 そこまで言ってからアルベルトは少しだけ声を顰めて続けた。


「……もっとも聡明なる国王陛下や王太子殿下が、ドレスバルト平原の戦いを勝利に導いた妹を処刑するとは私には思えませんが。何らかの処罰は下るでしょうが、命まで奪うようなことはなさらないでしょう。……宰相閣下は何故、妹の処刑を急ぐのですか? まるで閣下の私情でも挟んでいるかのように」


「な、何を言うか! そ、そんなことは」


 澱みなく整然としたアルベルトの物言いに対し、宰相は明らかに動揺し狼狽えていた。

 二人のやりとりを見ていたアレクシアは首を傾げた。

(あの宰相さんとは面識なんてほとんどないけど。でもお兄様の言うことを聞いていると、宰相さんの個人的な思惑が絡んでいるということ? 政治的な陰謀みたいなものかしら……でも)

 

 アレクシアはそっと目を閉じて唇を引き結んだ。

(どちらにせよ私は処刑されるわ。お兄様はああ言っているけれど、陛下と殿下が私を許してくださるなんて思えない。私が殿下を傷ついたことは事実なんだから)


 覚悟して琥珀色の目を開いたアレクシアは、群衆の変化に気がついた。

 アルベルトと宰相のやりとりを、ある者は戸惑いながらある者は面白がりながら見ていた群衆だったが、宰相が動揺し狼狽えたあたりから人々の心に変化が生まれていた。

 

 つい先程までアレクシアにぶつけられていた群衆の敵意は、今はアルベルトに向けられていた。誰もが不貞腐れたように、あるいは憎悪を浮かべてアルベルトを睨んでいた。

 

 それを見たアレクシアは人間が集団になった時の弱さと醜さを感じた。

 

 彼らは、アレクシアが悪なのだから処刑されて当然なのだと叫んでいた。この処刑は偉い人が決定した正式なもので、大罪人であるアレクシアが処刑されるのは正しいことだと。アレクシアの処刑を望み、それを声高に煽り叫ぶことは正義なのだと、心の底から信じていたのだ。


 それが、アルベルトの整然とした物言いと宰相の動揺し狼狽えた態度によって否定されようとしていることに、彼らは怒っていたのだ。正しいと思っていたこの処刑が、実は国王陛下と王太子殿下の承認を得ていない正しくないものだったとは群衆には認めたがいことだった。許せなかったのだ。それをあばこうとするアルベルトを。


 今やほんの些細なきっかけがあれば群衆の怒りと敵意は雪崩のようにアルベルトに叩きつけられる、とアレクシアは感じた。それが本当に正しいか正しくないかは彼らにとって関係ない。彼らにとって都合の良い正しさならそれでいいのだから。

 

 そして、きっかけの言葉はあっけなく放たれた。

「衛兵隊、奴を……アルベルト・カーンを捕えよ! 私は見抜いた。奴が妹を使って王太子殿下を殺害しようとした首謀者だったのだ!」

 ザイフリード宰相が衛兵隊に命じた。何の根拠も脈絡もない言葉だった。しかし、衛兵隊も群衆もすぐさまその言葉を信じた。

 

「さっきからゴチャゴチャ言っていたが、こいつは妹とグルだったんだ!」

「そうだ! こいつは罪人の家族だ! グルに決まってる!」

「妹と一緒に処刑しろ!」

 衛兵隊よりも近くにいた群衆の手が悪意のかたまりとなってアルベルトに伸ばされる。


(お兄様……アルベルトお兄様!)

 アレクシアは普段は自分の中で押し込んでいる力の制御を解いた。


 一年に一度だけ会いに来てくれる兄。花束や絵本やお菓子などアレクシアの好きなものを抱えて誕生日に会いに来てくれた。

 それだけで充分だったのに、侯爵家のことも自分のことも気にせずに逃げろと言ってくれた。

 

(ああ、もういいよ。私のことはもういいよ。私のことでこれ以上お兄様が傷つかないでほしい)

 バキバキと音を立て、アレクシアの上半身を捕縛していた太い鎖が砕けていく。



「私の兄に手を出すなーー!」

 少女の叫びはそこにいた全ての人を威圧した。


 その場にいた全ての人は戦場を知らなかった。だから『戦神の加護』が、どんなものかも知らなかった。侮っていた。牢獄から処刑台のあるこの場所まで言われるままに従い歩く少女のことを群衆の誰もが侮っていた。

 

 それが今、先程まで侮り罵声を叩きつけていた少女の叫び一つで群衆は圧倒された。


 アレクシアの上半身を捕縛していた太い鎖は脆く薄いガラスだったかのように粉々に砕けていた。砕けた鎖の鋭い破片のいくつかが白く細い少女の腕に傷をつけていた。赤い血を滲ませる傷が人々の目の前で瞬く間に消えていく。

 

 驚異的な治癒力。

 その身体は、どれだけ血が流れようが腹を剣で突かれようが死に至ることはない。首を切り落とされない限り。


「ば、化け物……いや、邪神だ」 

 群衆の一人が、呆然としたように呟く。

 

 その言葉をアレクシアは咎めなかった。

(ああ、そうね。私は邪神として死んでいこう。私が死んだ後もお兄様が守られるように)


 弱く醜く流されやすい人間の集団を支配するには何が効果的か。昔、読んだ本に書いてあった。

 畏敬と恐怖である、とーー。





 


 

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