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11 願いか望みか

「条件?」

「……はい」

「条件ってどんな条件なの?」

「……もし、俺が勝ったら俺の望みをひとつ叶えてくれますか?」

 くぐもった声のジークの答えにアレクシアは息を呑んだ。

 彼の言った、望みを云々のほうではなく、その前提の言葉にだ。


(俺が勝ったらって言った? 自分が勝つ可能性があると思っているということなの?)

 自己を過信するあまり相手の力量を侮り玉砕するような人間には思えなかった。本当にアレクシアに勝つ可能性があると思っているのだ。『戦神の加護』を持つアレクシアに。


「分かった。その条件でいいわ」

 早く彼の強さを見極めなければと思った。彼の望みが何なのか、それすら気にする余裕もなかった。


 アレクシアの承諾を聞くと、ジークは少し意外そうな顔をした。そして、少し躊躇うような表情を見せた。

 もしかしたら、先程の彼の「アレクシアにだけは剣を向けたくない」という言葉は、本当に心からの本心だったのかもしれない。

 だけど、今はそれも気にしている余裕はない。



 互いに立ち上がり間合いを取る。互いの聖剣を鞘から抜いて構える。


 聖剣シュテルクストを構えて立つジークを正面にして、アレクシアはかつてない感覚に陥った。


(威圧感? 何なの、この感覚)

 身体がひどく重く感じた。

(しっかりしなきゃ)


「……行きますよ」

 くぐもった声でジークが告げる。

 その声は確かにアレクシアに届いていた。彼の動きも目に見えていた。

 覚悟はしていた。油断など微塵もしていなかった。


 けれど。一瞬だった。一瞬で間合いに入られた。


(速い)

 信じられない。こんなことが。

 

「……俺の勝ちでいいですね」

 アレクシアの首に聖剣シュテルクストを当てて、ジークが告げた。


(負けた。反応すら出来なかった)

 ジークがこちらに向かって来るのは分かっていたのに、全く反応出来なかった。その速さについていけなかった。

 歴代の『戦神の加護』を持つ者の中でも速さに特化していると言われたアレクシアが。


(間違いない『戦神の加護』だ。それも、私よりもずっと強い)


 青ざめた顔で立ち尽くすアレクシアを見て、ジークはバツの悪そうな顔をして聖剣を鞘におさめる。

「……そんなに俺に負けたのがショックなんですか? 俺だってあなたに剣を向けるのは嫌だったんですよ」


 何か勘違いをしているジークのくぐもった声が耳には入っていたが頭の中には入ってこない。

 剣を握りしめたままアレクシアはその場に膝から崩れ落ちた。


(来るんだ。とてつもなく途方もない、大いなる悲劇がーー)

 その運命の大きさに震える。押しつぶされそうになる。

 この運命のうねりの中で、自分が『戦神の加護』を持っていることの意味に、ただ震えた。


「……大丈夫ですか? 怪我させてしまいましたか?」

 地面に崩れ落ちたまま青ざめた顔で震えるアレクシアに、ジークが焦ったように声を掛けてくる。自分も膝をついてアレクシアの顔を心配そうに覗き込んだ。


 怪我などするはずがない。彼の剣の動きは恐ろしいほど正確だった。彼は、アレクシアが全く反応出来ないほどの速さで、アレクシアに傷ひとつ付けることなく、的確に彼女に自分の強さを知らしめた。

 それにたとえ怪我を負ったとしても、それが何だというのだろう。どれだけの怪我を負ったとしても、首が落ちない限りこの身体は勝手に治癒して、勝手に元通りになるのだから。

 だから、大丈夫だと答えようと顔を上げた。


 心配そうに覗き込んで来ていたジークの顔がすぐ間近にあった。息を呑むほど整った顔立ちだった。しかし、今は彼の顔立ちより、その顔の一点のほうが気になった。そこをじっと見つめる。


 見つめながら震える指を伸ばし、彼のこめかみに触れた。

 

 少女の細い指が触れるとジークはびっくりしたように少し身を竦めながら顔を赤くした。

 それにも気付かずアレクシアは彼のこめかみを一心に見つめ触れ続けた。


「これは……何?」

 吐息がかかりそうな距離で、震える声で問えばジークはますます顔を赤くした。

 そんな彼の態度に全く気付かず、アレクシアは触れ続ける。彼のこめかみにある小さな傷痕に。


「……何年か前に剣の修業中に付いた傷痕ですけど」

 アレクシアの問いにジークが答えた。どうしてこんな小さな傷痕をこんなにも気にするのかと、赤くなって狼狽えながら、そして不思議そうな顔をしていた。


「修業中に付いた傷痕。……そう、そうなのね」

 呆然としながら彼の言葉を繰り返す。

 それから気が抜けたように脱力した。


 ジークは『戦神の加護』持ちではない。

 どんな傷も怪我も瞬く間に治癒する『戦神の加護』を持つ者ならば、身体に傷痕はひとつもないはずなのだから。


 それならば、世界最強である『戦神の加護』を持つアレクシアよりも強いのは何故なのかという疑問はあるが、今はそこまでは気にならなかった。とりあえずはジークが『戦神の加護』を持っていなかったということが重要だった。それは、とてつもなく途方もない悲劇の予兆ではなかったということなのだから。


 少しの時間、アレクシアは気が抜けてそのまま地面に座り込んでいた。そんな彼女の様子をジークも膝を付いた姿勢のまま黙って見つめていた。何かを待つように。


「……アレクシア様、俺が言った条件のこと覚えてますか?」

 待っていても反応がないアレクシアに焦れたのか、ジークが声を掛ける。

「条件? あ」

「……忘れていたんですか」

「ごめんなさい」

 少しだけ呆れたような視線を向けられ、アレクシアは反省しながら謝った。

 ジークにしてみれば、突然勝負をふっかけられて、条件を出して応じて勝てば、負けた相手は青ざめた顔で崩れ落ち何だか知らないが盛大に思い詰めているので、心配して声を掛ければ顔を触ってきて、その後すぐに気が抜けたように脱力したのだ。

 何だこの変な女は、と思われても仕方がない。

(本当に変な女だよね。昨日、会ったばかりだと言うのに。恥ずかしい)


「でも、約束は守るわ。ええと、あなたの願いをひとつ叶えるのよね」

「……願いではありませんよ」

 取り繕うように言えば、思わぬ形で否定された。

「え?」

「……願いではありません。俺は俺の望みをひとつ叶えてほしいと言ったんです。願いではありません」


 そう言われて思い返してみればそうだったような気がする。確かに彼は願いではなく望みと言っていた。

 しかし、それが今の状況でそこまで重要なことなのだろうか。


「……何でそんなことに拘るんだと思っていますね?」

「え? そんなことないけど」

 思っていたことを見透かされてドキリとした。

 イルゼとザーラにも指摘されたが、そんなに感情が顔に出やすいのだろうか。


「……まあ、いいですけど。一般的には願いも望みも同じような状況で使われますからね。ただ」

 ジークはそこで言葉を噤んだ。何かに思いを馳せるような顔をして、

「……ただ、俺にとって願いというのは特別な意味を持つんですよ」と続けた。


 ジークのその表情を見ているとアレクシアは何かを思い出しそうな感覚を覚えた。

 忘れている何かを思い出したいのに思い出せないもどかしい感情だった。


「…………いいですか?」

「え、何?」

 何かを思い出しそうな感覚に捉われてジークの言葉を聞き逃していた。

「……あなたに触れてもいいですか?」

 くぐもった声で再度、伝えられた言葉は確かに耳に入ったが意味が分からなかった。

「何で?」分からなかったから、普通に聞き返した。

「……それが俺の望みだからですよ」

「あなたの望み」


 そうだった。手合わせをする条件だった。彼が勝ったら彼の望みをひとつ叶えると。

(約束は守らなきゃ)

 この時のアレクシアは思考能力が低下していた。何だか色々考えたり悩んだりして、普段の彼女の思考能力からは掛け離れていた。

 だから、深く考えずに頷いた。 

 

 それを見たジークは黙って、腕を伸ばすとアレクシアの頭と肩を包み込むように抱き寄せてきた。




 


 



 



 

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