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10 とてつもなく途方もない悲劇の予兆

 翌朝。

 同じ天幕で過ごしたイルゼが出陣の準備をするのをアレクシアは手伝っていた。

 

 戦況は膠着状態が続いているため、出陣と言っても配置命令がなされた場所で待機しているだけだ。

 今回の戦いはあくまでレプブレア王国から侵攻してきたものであるから、グローセン王国としては迎撃はするが自分から仕掛けることはしない、というのが将軍や軍師の作戦だった。

 突然の侵攻だったにもかかわらず、今の時点で動きがないということはレプブレア軍としては、グローセン軍がここまで早く迎撃の軍隊を揃えられるとは思ってなかったということだろう。それはテオドールの統率力の功績と言えた。


 イルゼが鎧や装備品を身に付け終えた所で、天幕の外からザーラの声がした。

「おはようございます。イルゼ隊長の馬、引いて来ましたよ。アレクシア様もおはようございます」

 欠伸をかみ殺しながらのザーラに、天幕の外に出たイルゼは眉をひそめた。

「ザーラ、朝からたるんでるよ」

「だって、どうせ今日も動きないんでしょう? 攻め込んでおいて動きないとか、敵さん何考えているんですかね」

「敵側も攻めあぐねている、と昨夜説明したでしょうが。いい加減、しゃっきりしなさい」

「はあい。……あれ、アレクシア様は居残りですか?」

 見送るためにイルゼに続いて天幕の外に出ながらも、出陣の準備をしていないアレクシアを見て、ザーラが尋ねてきた。


「ええ、そうなの。私は今日は拠点地(ここ)に待機するよう言われているの」

 昨夜、テオドールの連絡兵からアレクシアは拠点地に残るようにと伝えられていた。敵側に潜入させている密偵によりレプブレアの『戦神の加護』持ち兵士が出陣する動きがないと分かっていたからだ。

 それを聞いたザーラの目がキランと光った。愛馬にまたがるイルゼに聞こえないよう、アレクシアにこっそり耳打ちする。

「ジークも居残り組ですよ」


「ザーラ、何しているの。さっさと行くよ」

 馬上の人となったイルゼに促され、ザーラが慌てたように「はあい」と返事をして、アレクシアから離れた。

「では、行ってきます。アレクシア様」

「行ってらっしゃい。どうか武運を」

 そう言って出陣して行く二人の背中を見送った。



 一部の兵士たちを残して多くの兵士が出陣した後の拠点地はガランとしていた。

 

 昨夜、アレクシアはテオドールに秘密裏に接触をはかろうとした。ジークの加護について聞こうとしたのだ。しかし、総指揮を任された将軍として忙しく立ち回るテオドールを相手には無理な話だった。

 ローマン将軍は、テオドールはジークの加護について公にしていないと言っていた。多分、意図的に隠そうとしているのだろう。理由は分からないが。

 もしも、ジークがアレクシアと同じように『戦神の加護』を神々より与えられているとすれば、将軍であるテオドールがそのことの意味を知らないはずがない。


ーーとてつもなく途方もない悲劇の予兆。ソレをそう呼んだのはどこの国だっただろうか。少なくともグローセン王国でないことは確かだ。


(おじ様がジークの加護を知らないってことはないと思うんだけど。わざわざ個人的に戦場に連れて来たんだから。だけど何の意図があって隠そうとしているんだろう)


 まさか本当に、ジークも『戦神の加護』を持っているのだろうか。アレクシアの動きを止めた彼の力を思えば、その可能性も否定は出来ない。だけどやっぱり信じられなかった。信じたくなかったのかもしれない。それが意味することを思えば。


(一人で考えていても答えは出ないよね。おじ様が無理なら本人に確認してみよう。ジークも居残りしているってザーラが言っていたからどこかにいるはず)


 雑務をしている居残り兵士たちの間を通り抜けながらジークの姿を探した。

(だけど、何て言って彼の加護を聞き出せばいいんだろう。意図的に加護を隠しているのだったら正面から聞いても教えてくれるわけないよね)


 探しながら考える。良い案が浮かぶより前に、探し人を見つけた。

 周りに人がいない場所で、ジークは木にもたれて座りながら剣の手入れをしていた。アレクシアが近付くと、気配に気付いたのか彼が顔を上げた。


「……アレクシア……様?」

 アレクシアが声を掛けるより先に彼が名を呼んだ。


 くぐもった声だ。その声を聞いて、アレクシアは違和感を覚えた。


(昨日は動揺していたからあまり気にならなかったけど、何だろう。違和感がある)

 

 彼の声になのか抑揚になのかは分からなかったが、確かに違和感があった。しかし、今はそんな違和感に囚われていられない。


「こんにちは、ジーク。あの、昨日はありがとう。髪に絡まった大蜘蛛を取ってくれたでしょう?」

「……いえ、あなたが髪を切ろうとしていたので。そんなに綺麗な髪なのに、蜘蛛のために切るなんて見過ごせませんから」


 相変わらずのくぐもった声だった。相変わらず違和感があった。しかし、違和感よりも彼の言葉の内容にアレクシアは動揺した。


(ええええ。男の人ってみんな、昨日会ったばかりの女の子にサラリとそんなこと言っちゃうの? こんな、こんなの誤解しちゃう女の子いるんじゃないの?)

 長年、隔離されて育ったアレクシアはほとんど男性に免疫がない。年に一度だけ誕生日に訪れるアルベルトはあくまで兄であった。思ってもいなかったジークの言葉にアレクシアは動揺した。


「……俺に何か用ですか?」

 くぐもってはいるが、落ち着いた声でジークが尋ねてくる。


(そうだ、動揺している場合じゃない。落ち着かなきゃ。彼の加護を確かめなきゃ)

「あの、あのね」

 何と言って切り出そうか逡巡するアレクシアは、ジークが手入れしていた剣が目に入り驚愕した。


「ジーク、その剣……」

「……剣?」

 ジークが無造作に手入れしていた剣をアレクシアはじっと見つめた。


 間違いない。聖剣シュテルクストだった。

 最強、という意味を持つ聖剣でエアインネルングと同格の剣だ。


 聖剣は、いかに優れていようと一介の剣士が持てる代物ではない。

 国を揺るがすほどの大きな戦で多大な武功をあげた大貴族が国王より下賜されて、はじめて所有することができる、それが聖剣だった。


「その剣、聖剣シュテルクストよね」

 ジークが聖剣を持っているということは、やはり彼は普通のソードマスターではないのだろうか。


「……へえ、これ聖剣だったんですか」

 どうやら彼は自分の持つ剣が聖剣だと知らなかったようだ。そして、自分が持つ剣が聖剣だと知っても、彼は特に驚くこともせず飄々としている。


「知らないで持っていたの?」

 ジークの態度にアレクシアが驚く。

 聖剣はよほどの愛好家(マニア)でもなければそれを聖剣だと見抜ける者は少ない。聖剣エアインネルングにしても聖剣シュテルクストにしても、それを聖剣だと見抜ける者は軍人の中でもごく僅かだろう。

 アレクシアが聖剣シュテルクストを見抜けたのは、隔離生活で膨大な時間を持て余していた時期に、聖剣について詳しく書かれた本をたまたま読んでいたからだ。


 しかし、聖剣を下賜された貴族の家門の者なら話は別だ。聖剣の所有者となる、貴族にとってこれほどの誉れはないのだから。

 ジークが聖剣シュテルクストの所有者の家門の人間ならば、自分の持つ剣が聖剣であることを知らないなんてあり得ないことだった。


(つまり、ジークは聖剣シュテルクストを誰かから、それが聖剣だと知らされずに渡されたということ? でも、聖剣をそんな風に扱う貴族なんて)

 貴族にとって名誉の証とも言える聖剣を、聖剣だと教えずに家門でもない人間に渡す貴族がいるのだろうか。渡された剣士のジークは聖剣に大した価値も見出してないようだし。

(ひょっとして、おじ様が? 王都や貴族社会のような権威主義を嫌うおじ様ならあり得るかも)

 しかし、テオドールが当主であるライゼガング家に聖剣を下賜された記録はなかったように思う。


 うーん、と考えるアレクシアに「……アレクシア様」とくぐもった声が呼びかける。

「……それで俺に何か用があったんじゃないですか? 別に剣の話をしに来たんじゃないんでしょう?」


(そうだった。今は聖剣や彼の声の違和感より、彼の加護を確かるんだった。でも、おじ様が彼の加護を何故か隠そうとしているなら普通に聞いても教えてくれないよね。それなら)

「あの、私と一度、手合わせしてくれないかしら」


 アレクシアの提案にジークは意表をつかれたような顔をした後「……嫌です」とくぐもった声で断った。

「……俺はどんな理由があろうと、あなたにだけは剣を向けることはしたくないんです」


 断られたことより、ジークの言葉の意味にアレクシアは赤面して動揺した。

(ええええ。本当に、男の人ってこんなこと誰にでも言っちゃうの? こんなの、こんなの絶対に誤解しちゃう女の子いるでしょう)


 動揺してはいけないと思っても動揺してしまう。落ち着かない気持ちになった。

 顔を赤くして俯いたアレクシアをジークは黙って見つめていた。


 それから少しして、「……でも、まあ条件次第ではいいですよ」とくぐもった声で言った。







 

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