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9 その人に触れた時から

 平静を装いながら、自分の天幕の所に戻るとイルゼとザーラが心配そうに外で待っていた。

「大丈夫ですか。アレクシア様」

「心配していましたよ。あれ? 大蜘蛛はどうしたんですか?」

 イルゼとザーラが揃ったように声を掛けて来る。

「うん、もう大丈夫よ。大蜘蛛はジークが取ってくれたの」

 何でもない風にサラリと告げたアレクシアの言葉に、イルゼとザーラは顔を見合わせた。


「ジークかあ。うーん、ジークかあ」

 イルゼが眉間に皺を寄せる。

 それに対してザーラはワクワクしたような嬉しそうな顔をした。

「何言っているんですか、イルゼ隊長。私はジーク、全然いいと思います。ソードマスターだし、何と言っても顔がめっちゃいい」

「そうは言ってもね、ザーラ。侯爵令嬢のお相手としては、あいつは粗野すぎるでしょうが。どんな暮らしをしてたか知らないけど平民の私らよりひどい生活していたって感じじゃないの。あんな荒んだ目つきと印象で、お貴族様社会でやっていけると思う? 確かに顔の造形自体はすごく良いけど」

「イルゼ隊長、分かってないなあ。恋は障害があった方が盛り上がるんです。身分違いの恋なんて素敵だと思いますよ」

「他人の恋話ばかりに夢中で、恋人がいたこともないあんたに分かってないなんて言われたくないわ」


「ねえ、ちょっと待って、二人とも。何で私がジークを好きになっちゃったみたいな前提で話すの?」

 アレクシアには理解出来ない会話を続ける二人に、背中に汗をかいていることを隠しながら尋ねた。

 

 そんなアレクシアの言葉に、イルゼとザーラは再び顔を見合わせてた。それから、ほぼ同時にアレクシアを見据えた。

「アレクシア様、自覚ないんですか? 顔、真っ赤ですよ」少し呆れたように言ったのはイルゼ。

「うんうん。恋しちゃったって感じの顔ですね」ニヤニヤしながら言ったのはザーラだった。


 二人の言葉にアレクシアは自分の顔が更に赤くなったのを自覚した。

(は、恥ずかしいいいい)

 平静を装っているつもりで、全然装えてなかったという事実を指摘され、恥ずかしさで何も言えなくなる。


「アレクシア様、意外に自分の感情が顔に出やすいんですね」

「確かに。まあ、可愛らしいですけど」


(もうもう、やめて下さい)


「どうしたんですか、アレクシア様? 黙ってしまって」

「真っ赤になって震えてますけど大丈夫ですかあ?」

 二人の声に明らかなからかいの響きが混じる。


「あの、あの……私、少しの間だけ一人で荷物の整理をしたいの」

 モゴモゴと消え入りそうな声で告げると、イルゼとザーラは「いいですよ。お一人でゆっくりと色々と考えたいんですね」と含みがあるような言い方だったが承諾してくれた。



 プルプルと震えながら、それでもなけなしの根性で平静を装って天幕に入る。

 ようやく一人になった空間で、脱力したようにその場に突っ伏した。

(恥ずかしい。恥ずかしい。恥ずかしいようう)

 羞恥に震えながら、少しの時間だけその状態でいた。


(……はあ。荷物整理しよ)

 気持ちを落ち着かせるためにも、一人になるための言い訳にした荷物整理をすることにした。ムクリと上体を起こす。


 ガサガサと隅に置いてあった袋から自分の荷物を取り出す。その中にあった小さなお守りを手に取る。

(お母様)

 母ユーリアが残してくれたお守り。それを手にすると、どんなに心が騒めくときにも落ち着くことが出来た。安らかな気持ちになれた。


 それから、アルベルトが十三歳の誕生日に贈ってくれた髪飾り。その他にも別の年の贈ってくれた細々としたプレゼントを手に取ると、大切そうに仕舞い直した。

 ここに持って来られなかった、かさばる物や大きな物はまとめてアレクシアだけが知る場所に保管している。


 逆行した直後の九年前に決意した通り、この戦いが終わった後は王都にも侯爵家にも戻らないつもりでいた。

 アレクシア・カーンではなく、ただのアレクシアとして生きていく。その決意に変わりはなかった。


 聖剣エアインネルングは、テオドールを介してアルベルトに返すつもりでいる。この聖剣は三百年前の大戦で多大な武功をあげたカーン侯爵家に、当時の国王より下賜されたもの。ただのアレクシアになった自分が持っていていいものじゃない。


(私が姿を消したら、お兄様はどう思うかな。少しは寂しがってくれるかな。……でも、大罪人として処刑される妹の兄という立場より、この戦いで勝って救国主のまま姿を消した妹の兄、のほうがお兄様にとっても良いことだよね)

 アレクシアにとってアルベルトは、いつまでも大好きな兄であり、大切な家族だった。遠く離れた場所で生きることになっても、その思いが決して変わることはないと自分を信じられた。世界のどこにいても、アルベルトに何かあった時には、何をおいてもきっと駆けつけるだろう。

 

 それから、ハンナ。ハンナにはこの戦いで勝利すれば得られる報償金の一部を送るつもりでいた。一部と言っても、慎ましく暮らせば一生困らないほどの金額だ。

 常々、働かずに生活出来るほどのお金があれば働かないで暮らしたいとボヤいていたハンナへの感謝の気持ちとして送るつもりでいる。二歳の頃から育ててくれたことへの感謝だった。全額渡さないのは、あまりにも巨額なお金は時として人を狂わせると知っていたからだ。


 残りの報償金は受け取らずに王国に返還するつもりでいる。

『戦神の加護』を与えられた身体なら、この身一つでどんな場所でも生きて行けるはずだった。


 不意に、先ほどのイルゼの言葉を思い出し、クスリと笑った。


ーー侯爵令嬢のお相手としては、あいつは粗野すぎるでしょうが。どんな暮らしをしてたか知らないけど平民の私らよりひどい生活していたって感じじゃないの。あんな荒んだ目つきと印象で、お貴族様社会でやっていけると思う?


 もし仮に、本当にもし仮に、自分とジークが結ばれたとしても、イルゼが心配するような障害はないわけだ。

 このドレスバルト平原の戦いが終われば、アレクシアは侯爵令嬢としての身分を捨て、グローセン王国からも出るつもりでいるのだから。

 

(だからといって、私とジークが結ばれるなんてこと、ちょっと考えられないよね。会ったばかりの人だし、彼のこと何も知らないし。大体、私がもし仮に彼を好きだったとしても向こうが私を好きになってくれるかなんて分からないし)


 イルゼとザーラは何か誤解しているのだ。確かに少し……いや、かなり動揺はしたが、アレクシアは別に恋に落ちたわけではない。……多分。


(私は何だってあそこまで動揺しちゃったんだろ。自分で自分が分からないよ。きっといきなり後ろから強い力で掴まれて、動きを止められたから驚いたのよね。だからバランスを崩して……あれ?)


 考えてみたら、おかしな話だった。

 ジークに攻撃の意思がなかったから『戦神の加護』の察知能力が働かずに、彼の気配を感じられなかったことは理解出来る。

 しかし、それなら何故、彼はアレクシアの動きを止めることが出来たのか。あの時、アレクシアは確かに『戦神の加護』の力を開放していた。我ながら下らないことに加護の力を使おうとしていた自覚はあるが、大蜘蛛が絡まった髪を髪ごと切り落とすことに必死だった。確かに『戦神の加護』の速さと正確さで髪を切り落とすつもりだった。


 ジークに掴まれた手首をじっと見つめた。

 強い力だった。彼に手首と肩を掴まれれば、アレクシアは身動き一つ出来なくなった。


(もしかして、彼は私よりも強い?)

 そう考えてからすぐに自分の考えを否定する。

 ありえないことだ。『戦神の加護』に対抗出来るのは『戦神の加護』だけ。そして、神々が自らに課した制約によりグローセン王国に二人の『戦神の加護』持ちが同時代に誕生することは決してないのだから。


(そう、ありえないわ。ありえない。仮にジークが……だったとしても確率的にありえない)


 けれど、彼の力の強さが忘れられない。どうしても引っかかる。


(確かめてみよう。ジークの強さを。彼の加護が何なのかを)

 アレクシアはそう決めた。


 もしも、ジークが『戦神の加護』を持っているとすれば、それはとてつもなく途方もない悲劇の予兆なのだから。

 



 

 

 

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