第6話 2人の旅路
「と、とりあえずお互い自己紹介でもしますか?」
二人の間を流れる気まずい沈黙に耐えかねたようで、彼女はそう提案してきた。
「私の名前はユナ。いわゆる冒険者ってやつです。」
「冒険者か。」
「はい! といってもまだ駆け出しですけどね……」
彼女、ユナは照れくさそうに頬をかきながらそう答える。
「駆け出しの冒険者が挑むにはアレは随分と強そうなやつだったな。」
「いえ、あんな凶暴な魔物がこんな場所にいるとは思わなくて……」
だから、とユナは続ける。
「だから先ほどはすごく助かりました! 本当にありがとうございました! 」
ユナは再度俺に向かって頭を下げた。
「そんな、全然いいんだ。俺も異世界転生っぽいことがしたかっただけだしね。」
「異世界転生、ですか?」
その単語が聞きなれないのか、少し首をかしげながらこちらを見つめている。
「まずは自己紹介からだね。俺の名前は吉田 優也。実はこの世界の人間では無くて――――
そうして俺は、ここにきた経緯、ネコ型のモンスターに襲われたこと、なんだか変な能力を持ってしまったらしいこと、などをユナに説明した。
ユナははじめは不思議そうな顔をしながら話を聞いていたが、次第に納得したような様子でうなずき始めていた。
「なるほど、だから“異世界転生”ですか。」
「あれ、ユナはあまりおどろかないんだね?」
「いえ、私もそういう人がいる、というのを聞いたことがあるわけではありません。でも、この世界には召喚士と呼ばれる人もいますし、あり得ない話ではないかと思ったんです。それよりも、カメムシを口から出す能力、という方が少し信じがたいです。」
「あ、それならちょっと見ててね。」
俺は実際に見せた方が早いだろうと思い、もう随分と慣れてしまった手つきで口からカメムシを2匹出し、目の前で整列させた。
「ほら、こうやって口から出せるんだよ。よく見ると可愛いだろ……あ。」
そういってユナの方を見ると、信じられないものを見たような顔でこちらを見ている。
「いや、ほら、近くで見てみなって。いい子たちだよ?」
俺は手の上でカメムシ達を踊らせながら、ユナの方にズイと差し出す。
「ヒッ」
ユナはふるふると必死に頭を振っている。
……うん。完全に怖がっちゃったね。
「と、とりあえずお前らは自由にしてていいぞ。」
俺はそう言ってカメムシ達を森に解き放ち、ユナの引きつった顔を直そうと四苦八苦するのであった。
「すみません、取り乱しました。」
「いや、うん。普通いきなりカメムシを口から出されたらびっくりするよね……」
「いえ、まあ、ソウデスネ。」
ユナは未だ若干引きつった顔でそう答える。
「で、でも! ユウヤさんが実際にそのスキルを持っていることはわかりました!」
二人の間にまた気まずい空気が流れ始めたのを感じたのか、ユナはつとめて明るい雰囲気でそう言った。
「その様子だと、この世界では能力を持っていることは普通のことなのか? 」
「はい。私たちは生まれたときに神様から何らかの能力を授かるんです。それを私たちはスキルって呼んでいます。」
「なるほど、じゃあ口からカメムシを出すことができる人が他にもいるのか!」
「あ、えっと、それはどうなんでしょう……」
俺は変な能力仲間がいるのかとテンションが上がるが、ユナは少し困惑したように答える。
「確かにみんなスキルを持っていますが、よく見られるスキルは100個程度しかないといわれています。えーと、例えば『魔法』とか『予知』とか『念力』とか……」
「え、予知とか念力ってすごいスキルなんじゃない? 」
「確かにそうなのですが、そのスキルをどの程度使いこなせるかは個人のセンス次第なんです。なので実際には『予知』や『念力』」のスキルを持っていても活かせる人はほとんどいないんです。」
「なるほど。」
「そして稀に見たこともないようなスキルを持って生まれてくる人もいます。いわゆるユニークスキルというやつです。」
「ユニークスキル、ね。」
「はい。なのでユウヤさんの持つそのスキルもユニークスキルなのだと思います。」
俺はチートモノなろう小説でしか聞いたことのないような響きに頬が緩むのを感じた。
「てことはユナも何かスキルを持ってるのか?」
「はい!もちろんです!」
よくぞ聞いてくれた!とばかりに、ユナは可愛らしく胸を張って答える。
「私は『鑑定』というスキルを持ってるんです!」
「ほお、『鑑定』ね。それってすごいのか? 」
ユナは更に自慢げな様子で続ける。
「特段珍しいスキル、ってわけではないのですが、物の正確な名前がわかったり、偽物の絵画を見抜いたりと、結構重宝される存在なんです! 」
なるほど、確かにそんなスキルがあれば職に困ることはないのかもしれない。
「ん? でもじゃあなんでユナは冒険者なんてやってるんだ? 」
「いえ、そのぉ……」
先ほどまでのテンションの高さから一変、少し恥ずかしそうにユナは答える。
「私、『鑑定』スキル持ちではあるんですけど、実は薬草の見分けくらいしかできないんですよね……」
「あ、なんか、ごめん……」
まずい、ユナが目に見えて落ち込んでしまった。
「で、でも、カメムシを口から出せる能力よりなんかは実用性もありそうでいいじゃないか!」
そう言うと、ユナはハッとしたような表情をした後、少し申し訳なさそうにこちらを見てくる。
「あ、あはは、そうですね。励ましてくれてありがとうございます!」
そうやって2人で笑いあっていると、
ぐぎゅぅー
と可愛らしい音が聞こえてくいた。音のなった方向を見てみるとユナが恥ずかしそうにおなかを押さえている。
「……すみません。実は朝から何にも食べてなくて。」
そういえば、と空を見上げると、もう日は沈みかけていた。
「あ! じゃあ助けていただいたお礼もしたいですし、近くの街まで案内しますよ! そこでご飯でも一緒にどうですか?」
ユナはポンと手をたたきながらその案を口にする。
「助かるよ。正直右も左もわからなくて困ってたんだ。まだまだ色々と聞きたいこともあるし。」
それに、と俺は続ける。
「俺もお腹は空いているしね。音を鳴らしちゃいそうなくらいには。」
「も、もう!からかわないでくださいよ!」
ユナは恥ずかしそうに怒りながら立ち上がる。
「ほら、行きますよ! 置いてかれても知りませんからね!」
俺も急いで立ち上がり、そういって歩き出すユナを追いかける。
「ごめんごめん、悪かったって!」
2人は笑いあいながら、この森を後にするのであった。