第5話 出会い
「……誰か、助けて!」
俺は反射的に声が聞こえた方向に駆け出していた。どうやら声はすぐ近くにある森の方から聞こえてくるようだ。また、聞こえてくる声色からして、その声の持ち主は女性であり、全く余裕のある状況ではないこともうかがえる。
茂みをかき分けながら森を突き進むと、1分もしないうちに悲鳴の発生源を見つけた。そこにはうねうねとツルを動かす植物のようなモノに捕まっている女の子がいた。
「大丈夫か!!」
捕まっているのが女の子だったからなのかはわからないが、俺はその植物の前に飛び出し、無意識にそう叫んでいた。女の子はこちらを見るが、もう声を上げる体力も残っていないらしい。少し暴れるようなそぶりを見せた後、がっくりとうなだれて動かなくなってしまった。
まずい。そう思った俺はツルを伸ばすその植物を何とかしようと、全貌を確認する。
太く、足のようにも見えなくはない根っこ。うねうねと意思を持つように蠢く大量のツル。まるでハエを食べる食虫植物のように大きく開かれた口のような器官。茎の中腹あたりにぶら下がり脈動する真っ赤な謎の玉。
どう見てもモンスターであった。それも捕まるとR18も真っ青なえぐいことになりかねないタイプのモンスターだ。
その事実を改めて認識した俺はどうしても足がすくんでしまう。しかし、幸いなことにそのモンスターには目や耳のようなものは見当たらず、こちらには気づいていないようだ。
(……飛び出したのは失敗だったか。あんなやつに捕まってグロゲーばりのデッドエンドなんてまっぴらごめんだ。そうだ、俺はまだ異世界をこれっぽっちも楽しんでないし。あの女の子には悪いが……)
そう考えた俺は、せめて心の中で謝っておこうと捕まっている女の子を見る。
んん? さっきは余裕がなくわからなかったが、よくよく見るとすごく可愛くないか? 色白だが、どことなく日本人っぽくもあり、絶世の美女というよりかは庇護欲がそそられるリスのような……
(……なんだかすごく勇気が湧いてきたような気がする。そうだ、せっかくの異世界転生じゃないか。困っている人を見捨てることなんてできるわけがないだろう!)
俺は頭の中に浮かんだ邪な動機に気づかないふりをするように、ひどく善人的な理由で自分を鼓舞する。
しかし、助けたくとも武器も何も持っていない。異世界らしく剣でも持っていれば突撃できたかもしれないが……
「助けるったってどうすりゃいいんだよ……」
俺がそう口にすると、目の前を2匹の虫が横切った。さっきまで指示を出しながら遊んでいたカメムシ達だ。
「ああ、おまえら、ついてきてたのか。」
しかし、カメムシなんかがいたところであのモンスターをどうにかできるわけじゃ……
いや、そういえば聞いたことがあるぞ。カメムシって確か樹液を吸って生きてるんじゃなかったっけ? 農家をやってるやつがSNSでそんなことをつぶやいていたような気がする。
しかも、あの赤い玉。モン〇ンだったら確実に部位破壊できるタイプの弱点だろ。
「あのー、赤い玉から樹液を吸うなんて、できないですかね……?」
俺がそう尋ねてみると、カメムシ達は「任せておけ!」と言うかのように激しく俺の周りを飛び始める。そうだ、この小さい虫たちに任せるのは少し頼りないが、あのネコ型モンスターを倒したのも彼らだったじゃないか!
「よっしゃ! ダメで元々、一か八かだ! 行ってこい!」
俺がそういうとカメムシ達はそろって飛び出していく。モンスターは飛んでくる小さいカメムシを認識できないようで、カメムシ達は全く抵抗されることなくぶら下がる赤い玉に張り付いた。
次の瞬間、明らかにモンスターの動きが鈍り始めた。あの赤い玉も明らかにしぼんでいっているように見える。
「ビンゴ! やっぱあれが弱点じゃねえか!」
1人テンションの上がる俺を尻目に、みるみるうちにモンスターは萎れていき、ものの1分もたたないうちに全く動かなくなってしまった。
ドサッ
捕まっていた女の子は音を立てて崩れ落ちる。どうやら完全に気を失っているようだ。
俺は急いで彼女のもとに駆け寄った。
「んっ……」
女の子が小さな声を上げた。どうやら目が覚めたらしい。
彼女は起き上がり、寝ぼけたような目で自分の下に敷いてあった服を手に取り見つめている。なんだかをそのまま地面に寝かせるのは忍びなくて俺が置いたものだ。
その服から自分以外に人がいることに気づいたのか、ハッとした目で回りを見渡す。そして近くで座り込みモンスターの残骸を観察していた俺と目が合う。
「あ、えっと。お、おは、よう? 」
ずいぶん久しぶりに女の子と話したせいか、俺は若干不審者チックになってしまった挨拶をする。
「お、はよう、ございます……」
状況が飲み込めていないのか、彼女もまたぎこちない挨拶を返す。しかし、敵意がないことは伝わったようで、女の子は続けて話す。
「あの、助けてくださった方、ですよね?」
「うん。なんだか襲われてるようだったから……」
俺がそういうと、彼女は立ち上がって深々と頭を下げた。
「本当にありがとうございます!!あのままだったら私、どうなっていたことか……」
「まあ、僕が直接倒したわけじゃないし、むしろこっちも異世界らしく人助けができて良かったよ。」
「異世界……? あ、えと、どうやってお礼をしたらいいでしょう。渡せるものもあまりないし……」
彼女は困ったような顔をしながらこちらを伺っている。
「あーじゃあ、ちょっと聞きたいことがあるんだけどいいかな?」
「はい! 私にお応えできることならなんでもお聞きください!」
「えっと……。ここってどこ?」
彼女はどこか不思議なような、納得したような表情でこちらを見る。
「あ、やっぱりあなたは遠くから来た人なのですね。」
「え、わかる?」
「いえ、その、見たことがないお洋服を着ていらっしゃるので……」
「あ、なるほど。」
俺は会社帰りそのままの恰好。つまり上下スーツだ。対して彼女はなんとも異世界らしい装飾や金属板のついた防具?のようなものを身に着けている。
「ここは“キネア”という街の近くです。あまり大きくない街ですので、聞いたことがないかもしれませんが……」
“キネア”か。言わずもがな聞いたことがない名前だし、日本らしくない。やはりここが異世界なのは間違いないのだろう。俺がそう考えに耽っていると、彼女が心配そうに尋ねてくる。
「あの、武器を持っていないようですが、もしかして私を助けるときにこわれちゃったとか……」
「ああ、いや違うんだ。武器とかであのモンスターを倒したわけじゃなくて――――
「もしかして魔法ですか!? 私、魔法使いって見たことなくて! うわーすごいなあ!」
彼女はひどく興奮した様子ではしゃぎ始めた。
「あ、1人ではしゃいじゃってごめんなさい! でも小さいころから魔法を見てみたかったんです! 」
俺は彼女に何も言えない。
「あんなモンスターを1人で倒しちゃうなんて! 一体どんな魔法が使えるんですか!? 」
何も言えない。
「あ、、あまりこういうこと聞いちゃいけなかったですね、すみません……」
目に見えてテンションが下がってしまった彼女を前に、俺は焦って言葉を紡ぐ。
「いや! えーと、言えないとか、そういうわけじゃなくて……」
「教えてくれるんですか!? 」
彼女は目を輝かせている。
「その、・・・を口から出せる」
「え? ごめんなさい、よく聞こえなかったです!」
「カメムシを、口から出せる能力、です……」
「え。」
彼女ははしゃいでいた時の顔のまま、口を開けて固まっている。俺もこれ以上何を言うこともできず、しばらく二人の間には気まずい空間が広がっていた。