お嬢、雄たけび
少女…と呼ぶにはもう、遅いか。
年齢不肖系だが、触った感じの手の骨の発達から言うと、20代前半だね。
ベッドに寝かされたまま、動けないわけではないだろうに。
「両親は」
「お亡くなりになりました」
「そりゃまた都合よく」
「…口が過ぎませんか」
「本当のことさ」
クレア、と呼ばれた女性は、私の方を振り返って私を見つめた。
なんだろう、と言う顔をしている。
「医者でーす。遊びに来ましたー」
「レイナ先生っ」
「ついでに診察してもイイかい」
クレアが、こくりとうなずいた。
「安心してイイよ触らないからね。」
クレアの目が私を見る。
珍しいことを言うと思ったんだろう。
私を観察しているね。
君みたいな籠の鳥に、私のような人間の中身が読めるかね?
その目をじっと見て。
そのままゆっくりと顔を顔に近づける。
綺麗な女性だね。見てて飽きない。
あ、でもちょっと汗臭いね。現実的でゴメンね。
目を見たまま、唇に唇を近づける。
「お父さん」
クレア以外誰にも聞こえなくらいの小さな声で。そう囁く。
「目を閉じないで聞いて。」
閉じ掛けた瞳が、私を見据える。
気丈な子だね。
「お母さん」
目を見て。
「…朝。昼。夜…夜中。家、外。店。…歩く、乗り物、電車。車。…私」
「先生、何を…」
「黙りなさいオルゼ君」
「はい」
「いいよ、オルゼ君のほうは見なくて。」
クレアの瞳が、もう一度私を捉えた。
「ヴァントル」
小声で囁きつづける。
オルゼくんは不思議そうな顔して後で突っ立ってるんだろうね。
執事のヴァントルはどう思っているだろうね、この光景。
「いいよ、アリガトウ」
クレアは、ふぅ、と溜め息をついて、目を伏せた。
「PTSDだね、言うなれば過去にあった事故に対しての精神的な後遺症。」
「お嬢様がですか?」
「他に誰がいんの」
「…お言葉のとおりで」
ヴァントルは、私の事があまり気に入らないようだね。
だろうね。
気に入るわけがないよね。
「両親は車の事故で死んでるね。彼女も一緒にその車に乗っていて、惨劇を体験した。」
「…わかりますか」
「わかるよ。君はなんで二人を殺したの。得にならないでしょ」
ガタガタガタガタ。
オルゼ君が転んだ音だね。
「オルゼ君駄目だよ散らかしちゃぁ」
「だ、だって先生!な、何を突然…」
「ヴァントル、君が殺したんだ。この子はそれを知っているようだよ」
「でしょうね。」
「ばれたらまずかった?」
「どうでしょうね」
ヴァントルは顔色一つ変えやしない。
肝が据わっているのか、それとも、感情がないのかね。
読み難いなぁ。
「ところで先生、治るのでしょうか、そのPTSDとやらは」
「治るよ」
「それはマズイ」
「そうだろうね」
「ちょ、ちょっと、先生?」
「それを知っている私達もまずいね」
「その通りです」
おやおや、
物騒なもの、出てきたよ。
「拳銃なんてどこで手にいれたのかね」
「この家にはこういった怪しいものがどこにでも飾って有りますよ」
「物騒な家だねぇ。」
「そうでしょう?好都合ですが」
「私は不都合だよ。…オルゼ君」
私に向けられていた拳銃が、座りこんだままのオルゼ君に向けられる。
見事な足払いに、ヴァントルがよろめいて、拳銃の底で眉間を殴られたオルゼ君と一緒に倒れた。
「あら」
起き上がって来たのはヴァントルだけ。
「オルゼ君はオネムか。ゲームのしすぎだよ」
「残念でしたね。」
「そうだね」
ベッドの上に、腰かけた。
うーん。どうしたものか。
「私は殺されたく無いんだけど。」
「無茶を言いますね」
「本心でね」
「…何故両親を殺したのか聞かないのですね」
「興味ないからね」
「なるほど、ではもう用は無いですね。」
「私はないけど、君に用がある人はいるみたいだよ」
私の言葉に、ヴァントルが眉根を寄せた。
「ハッタリですか」
「うんにゃ。クレアは何か言いたいかい?」
クレアがうなずいた。
「ないよね」
そのクレアの目を覗きこむ。
クレアが、ヴァントルを見て。横に首を振りなおした。
「クレアはないってさ。」
「…妙な男だ。サヨウナラをしよう」
「はい、ばいばい」
バン!
扉が勢いよく開いて、ヴァントルの後頭部を直撃する。
クレアが目を大きく開いたから、パフっと手でふさいだ。突如、異変に驚いたヴァントルが扉に向かって拳銃を放つ。
甲高い笑い声が一瞬だけ聞こえて、静かになった。
「しーにゃんも散らかすんだから…人んチだよココ」
床に転がる拳銃を持った手首。
嬉しそうな顔をした男が、ヴァントルの腹を裂き終わってニコニコしていた。
動かなくなった執事君が、だらりと床に落ちる。
「速いねぇ」
しーにゃん…と、私は呼んでいるが、この男、名前はシラ。
そう、以前私が診たことのある自称殺し屋、事実殺人鬼のしーにゃん。
あの事件以来私になついていて、よく暇に飽かせてストーキングをしてくれる。
していいよ、って言ったのは私なんだけどね。
「あのよぉ、先生」
「ん?」
「しーにゃんは止そうぜ?」
「なんで?」
「…恥ずかしいからよ」
「羞恥プレイだからイイの」
「…あんなぁ…」
ん、と気づくと、目隠しをした私の手を、クレアがもぞもぞと触っていた。
「しーにゃん、それ隠しといて」
「あ?ああ。」
しーにゃんが剥ぎ取ってきたカーテンをヴァントルにばさりとかけるのを確認してから。
クレアが除けようとしていた私の手を離す。
「あんま見なくていいよ」
「……」
クレアは、もう、そのカーテンの下に釘漬け。
予想がついているんだろうね。
だってしーにゃん血まみれだし。
「しーにゃん。手が落ちてる」
「あ、わりぃ」
そう言ってしーにゃんが拾ったのは…
そう、先に切り落とした、執事の拳銃を握ったままの手首。
「……キャァァアアアアーーーーーーーーッ!!!」
うわぁ。
「声出たね」
今だ叫びつづけるクレアから離れて、耳を塞いだ。
よく、大声大会とかあるけど、優勝間違い無しだね。
ひとしきり叫びつづけたクレアが静かになるまで、
30分くらいかかったように思えるけど、多分5分もかかってないんだろうねぇ…
…耳が、痛い。
オルゼ君、まだ寝てるよ。
あの声で起きないとなると、一体毎日どんな目覚し時計を使っているのやら。
「しーにゃんソレ仕舞って」
しーにゃんもしーにゃんで、手首持ったままだし。
「ッキャーーーーーーーーー!!!」
あーあーあーあーあーあー。
元気がよくなってよかったねぇ。はいはいはいはい。
オルゼ君はビクっと痙攣してるし、
しーにゃんはソレをポケットに仕舞おうとするし、馬鹿ばっかり…
うう、楽しい。あー、幸せだ。
クレアの叫び声の出てる口元を、手でパフパフとしてみる。
ハウリングしてるみたいで面白いね。
それに気づいて、クレアが黙った。
「大丈夫?」
「………キャーーーーー!!」
パフパフ。
「……」
「面白い子だね君は。
辛い事は糧にすればいいんじゃないかね。
それでも辛いならウチに来なさい、いつでも待ってるからね。
でも、治してはあげないよ。
患者と言うのは、いつも勝手に治って勝手に歩いていくものなんだから」
…ヴァントルの死体、無論ユキノにまかせたよ。
オルゼ君の携帯電話から、連絡して。
まだ寝てるけど、ほおって帰っちゃおうかな。
「ああ、ユキノ君。レイナだよ。また一つ出来たから使って」
これでオッケー。
不可思議な世の中だね。
一体誰も知らない間にどれだけの人間が消えていると思う?
そういえば、もうそろそろ、メンテナンスの頃だ…
私もオルゼ君も、ユキノ君に会いに行かなければならないね。
面倒だが、義務だから仕方がない。
ソレから少しして、たまたまクレア・スカイフィールドの家の前を通りかかった。
無論、ネボスケ君のオルゼ君と一緒にね。
オルゼ君は自分の失態が恥ずかしかったらしくて、家を見ようともしなかったよ。
「あれ?オルゼ君」
「なんですか先生」
「この家、売りに出されてるよ。買おうか。」
「い、イヤですよー!」
ちぇ。
広いし綺麗だし面白いと思ったんだけどなぁ。
買い物をすませて診療所に戻って玄関を開けると。
後ろから何かがぶつかってきたので、オルゼ君に捕まって体勢を立て直したら、オルゼ君が転んだ。
「誰だね?」
振り向くと。
「思ったよりちゃちな病院ね」
「……おや」
「糧にしたわよ。でも治らないから来てやったわよ。でもあたしは面倒が嫌いなの。」
「おやおや。」
「隣に住んであげるから、近所付き合いをしなさい。」
「手土産くらい持って来てよクレア」
突っ伏していたオルゼ君がガバッと起きあがって。
「クレアさん!?」
「そうよ。なによ。」
「そんな喋り方だったんですかーッ!」
「わるい?」
「…男のロマンが…」
ガックリしているオルゼ君はほおって置いて。
私はよくオルゼ君をほおっておくね。
たまには肩でも叩いてあげようか。
ぽん。
あ、バランス崩してまた転んだ。
「手土産ならあるわよ。」
「ほー嬉しいね」
「小さいけど大きいものよ」
「?」
そう言って、クレアは私に小さなキーを渡した。
「なんだいこれは。」
「…察しの悪い男ねー」
「察したくないだけかもしれないがね」
「家の出入り自由よ。冷蔵庫の中くらい漁らせてあげるわ」
「そりゃアリガトウ」
その時、丁度ポケットからミニモ君がもぞもぞと顔を出した。
「?」
「ああ、私の友達のミニモ君だ」
「……」
「クレア?」
「…ッツキャーーーーーーー!!!」
ばたん。
おーおー、元気のいい子だねー。
ポケットから顔を出したミニモ君が、
新しい外の風に吹かれて、ゆっくりと目を細めた。
~~~~~~~~~~~~~カルテ・2…終了