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◆お嬢様の嘆き

「もう、どうにも仕事が合わなくて、どこへ行っても無理ばかり言われて…」


さっきからべらべら喋っているのは、今日来た一番の患者。

私は眠い目を擦りながら、とりあえず話だけは聞いてやる。フリをしている。

昨日はずっとスカイガンナーとBUSTINを同時にやっていたから、

っと、両方ともRPGのゲームだよん。

BUSTINはウイザードリィの後釜みたいなゲームで、

「ウイザードリィ改」とかつけたって問題なさそうな。

うーん。別の名前にする意味があるのかね。


「え?」

「ですから、いつも上司に恵まれないんです」


君は何の為にこの病院の来たのかな-。って聞いてみたくなるね。

まあ大概が、突然論点をついてくるか、論点に触れないように話すかどっちかだね。

さっきから男は一生懸命自分がこれだけ苦労してるのに社会に認められないって言う風を言うね。


「あのねー」

「はい」

「今仕事は?」

「してないです。どこへ行ってもロクな仕事がありません」

「それでよく生きてるね。ロクでもないのは君だろ」


あらあら、黙っちゃったよ。


「でも、なかなか身体の調子も悪くて…」

「そう。私に取って君の理由はどうでもいいから」

「な、なんだと!」

「口ばっかり達者で情けない中身だね。もういいよ。ハイサヨウナラ」


男は黙って立ちあがると、バン、と扉を閉めて出ていった。

あのね、この病院古いから、あんまり手荒に扱わないでくれる?

あー、扉はずれてるよ。

ちなみに横引きの扉だから、こうやって、

持ち上げて、っと、

レールの上に乗せなおせば、元に戻るんだけどね。


なんで横引きかって?

蝶番は壊れたら取り替えなきゃ直らないでしょ、ハイ終了。



「先生、言い過ぎですよ!」



ガタガタと扉を開けて入って来たのは助手のオルゼ君。

看護婦のソンが死んでからは、彼が受付やら計算やらをやってくれている。

あんまり数字に強い方ではないみたいだが、

パソコンに薬の名前と数を打ちこめば

点数を勝手に弾き出してくれるソフトがあるから、オルゼ君みたいなおまぬけさ…でも…えーと、知らなくても、使える、と言うことだね。



「言い過ぎかね?あれくらいで薬になるよあのタイプは」

「怒ってましたよ!自殺でもしたらどうするんですか?」

「しないしない、するタイプは愚痴を言わない」

「そ、そうなんですか?」

「うん、多分。」

「多分て。」


オルゼ君はどうも優しいね。

これでも治療はちゃんとやってるツモリなんだがなぁ。


「何か不満かね?」

「だって、人を傷つけるような真似を医者がするのは、僕はどうかと…何か理由があるんですよね?」

「知りたい?」

「はい。」

「敵がいると『この野郎』って息巻くタイプの人間もいるんだよ。」

「…敵?」

「そ、私。」

「先生…」


なんとなく納得していただけたようだから、良しとするか。

怒られたりけなされたりして、奮起出来るうちはいいものさ。

ソレが悪化して奮起できなくなると、うつ病へと移行していく。

人によっては奮起する前に転んじゃう人もいるけどね。

でも、怒りを知らない人間はいない。

怒った時、どうするか。動くか、眠って誤魔化すか、人それぞれだね。

そこで現実逃避しちゃう場合もあるね。

しかし、現実逃避は必要なんだよ。夢や希望だって似たようなものさ。

おっとー。極論だよ。私にとっては正論だがね。

一度でいいから、私を完全に打ち負かすくらいの正論に出会ってみたいものだ。

そんなもの、ありえないんだけどね。

どんな意見や考えにも、根底に理由があるからさ。

それがみ付けられなければ、踊らされていればいい。

踊らされるのがイヤなら、正確な理由を、自分の精神の中に見つけ出す事だね。

とってつけたものは、すぐに壊れる。


「僕もまだ色々考えなきゃなら無いですね」

「そう思うなら考えるといい」

「はい。」


ヤケに素直なオルゼ君は、

紙袋を抱えて私の目の前にたっている。

いつもの紙袋だね。



「今日はなんだい?」

「あ、はい、コロネと、あとメロンパン買ってきました」



メロンパン買って来られると、なんだかどこぞの不良にでもなった気分になるねぇ。

どこ行ったんだろうね、学生服の中に赤いシャツ来て、

剃り込み入れてチョウランだのタンランだのって言う時代は。

あれも歴史が繰り返したりすると再発したりするのかね。



リンリンリン。



昨日から入り口のトコロに付けて置いた鈴が、来客を知らせる。


「はーい」


オルゼ君。君はどこぞの主婦かね。ふふふふふ。変な男だ。

おっと、思わず笑ってしまったよ一人で。

と、入り口でオルゼ君が謝る声。

おや?何かあったかな。

横引きの扉を開けると、待合室から続きになっている入り口に、さっきのヘタレ男。


「忘れ物かい?」

「……先生!」

「なんだい」

「アリガトウゴザイマシタッ!」


腰が外れるんじゃないかと思うくらいに勢いよく頭を下げると、そのまま勢いよく男は出ていったよ。

ちょっと、効き過ぎたかねェ。今の勢いじゃ、しぼむのも早いよ。

ま、いいか。


「レイナ先生…凄いですね、さっきと別人みたいでしたね」

「別人だよ、勢いに乗っちゃったんだろ。

 もとの彼の性格が変わる事はない、何度かここに来ることになるとおもうよ。」

「ですか。」

「さて、閉めようか」

「は?」

「出るよ、これから。診察を頼まれているんだ。」

「へ?僕はそんなこと聞いてないですよ?!」

「今言ったよ。聞いたね?」

「あ、はい。」

「よし、ンじゃ行こ。」



慌ててオルゼ君が診療所を閉めるのをまかせて、私は診察室に引き返した。

引出しを開けると、甲羅の塊…ミニモ君だね、ミドリガメだから小さいままで気が楽でイイ。

私の唯一のペット、なかなかよく私のことを理解していてくれている。

それを白衣の右ポケットに突っ込んで、基本的な薬と白紙のカルテ、

ボールペンは耳に挟んで、メロンパンとコロネをもって準備完了。




幹線道路から山道へ。

オルゼ君の運転するアルファロメオ…私の車だがもらい物だ。に、乗って、メロンパンをぱくつく。

あ、カスタードクリーム入ってる。ウンウン。イイね。


「美味いでしょうそれ!滅茶苦茶お勧めなんですよ-!」

「うん。」

「あそこのパン屋はやっぱ美味いですよ、でもパイはいただけないんですよ」

「ほにはにゃふへー」

「え?なんですか?」

「意味のない音を発してみただけ」

「喋ったんじゃないんですか?」

「食べてるから聞こえ難いんだな、と思ったろ」

「はい」

「実は無意味な音だった、なんてのもたまにはイイだろ」

「…」

「ん、ひょほひり」

「はい」


何故か私の言葉を解読して、オルゼ君が「そこ右」に、曲がる。

和風の神社らしきものを通り越して、茶道がなんたらとか書いてある家。

そこが、今日私が呼ばれている家なんだよ。

寝たきりだか何らかの事情で家を出られないか、なんだろうね、私がわざわざ足を運ぶハメになったのは。


止まった車から降りて、残りのメロンパンを口に押し込んだ。

和風の門構えの中は、洋風の家。

うーん。時代の流れってヤツかね。

ああ、時代と言うのはかくもハカナキ物よ…。

最高速で進みつづける時代、多分もう終点なのにその場でグルグル回ってるんだろうね。

私達はホームで回りつづける電車を見ている。

乗っている側にはなりたくないね。


「レイナ先生でいらっしゃいますか?」


玄関のボタンを押すと、小さなスピーカーから電子ジミた声。

突然ここで携帯のチャクメロとか聞かせたら、どんな反応が返ってくるのかな。

でも残念、私は携帯をもっていない。

耳元で電波を受けるなんて、あんなに気色悪いものは無いと思うんだが、時代錯誤かね、私は?


「そうです」


オルゼ君が、私の代わりにスピーカーに向かってそう言った。


「どうぞ、お待ちしておりました」

「はーい」


カチ、と恐らく扉の鍵の開く音だろうね、が、して。

ノブに手をかけて回すと、開いたので中に入った。

想像以上にただっぴろい家。

目の前にはひょろっとした英国紳士タイプの男。


「レイナだ。君は…」

「ここの執事で、ヴァントルと申します」

「君は患者じゃぁなさそうだね」

「そのとおりです。さあコチラへ……」


執事ヴァントルの目線が、オルゼ君に向けられる。

品定めするような目つき。

怪しまれているよ、オルゼ君。


「コチラの方は?」

「他人です」

「せ、先生-!?」


慌てふためくオルゼ君に執事が笑いかけた。


「助手のオルゼ様ですね」

「あ、は、はい!」

「他人だよー」

「確かに他人ですな。」

「助手でもあるけどね。」

「そうですな。」


なかなか、食えないジーサマだね。

心理が読み難い。

執事と言うのは、こうでなくては勤まらないものなのかね。

…彼に関しては、ゆっくり観察させてもらうことにしよう。


「こちらです」


廊下の突き当りのらせん状の階段を上ると、部屋は一つだけ。


「変わった造りだねぇ。一人のために作られた場所に見える」

「……どうぞお入り下さい」


観音開きの木製の扉を開く。


「おやまぁこれはまた作ったような部屋だ」

「作ったんです」

「そこのお嬢さんかな。お名前をお伺いしようか」

「クレア・スカイフィールド様です」

「君に聞いてないよ」

「お嬢様は喋れません」



なるほどね。

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