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 午後2時。他の整備作業もひと段落ついて、源一郎はあぐらをかき、地べたへと座り込んだ。目の前に見えるのは、いつも通りごったづいて、活気に溢れている人々。そんな元気に当てられて、不幸に浸る時間もない。


「ふぅ……」


 源一郎は大きくため息をついた。おてんとさまは、今日もガンガン陽照っているのに、こんな景気の悪い顔をしてるのも自分だけなのだろう。


 心白のことを考えると、どう考えたって打開策が見当たらない。異人、また異人を匿う者は総じて死刑。下町には金のない者に溢れ、密告などは日常茶飯事。かと言って、長崎の出島まで旅する銭もない。いかに祖父の源外と言えど、とてもじゃないがいい案があるとは思えない。


 いや、そもそも源外は心白を受け入れてくれるのだろうか。


「……ああ、もう。じいちゃんのこと信じないで、誰を信じるんだよ」


 後ろ向きの考えばかりが浮かび、思わず暗くなってしまった。いかんいかんと首を振り、再び仕事に戻ろうと立ち上がった。


 その時。


「よっ、源ちゃーん」

「うわあああああっ」


 突然、肩に手をかけられ、源一郎は数歩後ずさった。立っていたのは忍者、柊。


「だから何度も言ってるだろ! 気配を消して声かけんなって!」

「情報買わない?」

「お前……よく、俺の前に顔出せたもんだな」


 ガシッと腕を掴んで、心白に見せようと奥の引き戸に手をかけた。


「……っ」


 しかし、すんでの所で源一郎の手が止まった。


 もし、心白を助けた忍が、柊じゃなかったら?


 忍は大名・豪商などに雇われている。柊の雇い主が、仮に彼女に害意を加えようとしている者であれば、こいつは容易に自分たちを売るだろう。そう言う女だ。


「か、買うか! この前もガセもいいとこだった。あんだけ酷い目に遭わしておいて、よくそんな口が叩けるもんだ」


 源一郎は喧嘩口調で誤魔化して様子をみる。


「いーい、情報なんだけーどな」

「くっ……有用なもんだろうな?」


 悔しそうな演技をして、まずは、先払いでいくらかの銭を投げる。柊は華麗にそれをキャッチし、ニカッと人懐っこい笑みを浮かべる。


「侍たちが、なにか嗅ぎ回ってるらしいの」

「ああ? なんでアイツらが」


 江戸の中心に住む奴らは、下町なんかには顔は出さない。それもそのはず、戯・六本では巨大なビルジングが立ち並び、華やかな街並みが広がっている。


 そんな場所をナワバリとしている侍から見れば、こんなゴミ溜めのようなところに来るのは、尋常な事態ではない。そもそも、士・農・工・商の悪事は取り締まるが、下町の悪事なんかには関心がない。お陰様で、ここには犯罪者で溢れている始末だ。


「こっからは、もうちょっと値が張るんだけど」

「くっ……受け取れ、守銭奴」

「へへっ、毎度。侍たちは、ある少女を追ってるらしい。まず、普通の事態ってことはないね。なんせ新撰組関東支部にも声がかかってるって噂なの」

「新撰組!? なんだってそんなエリートが」


 尋ねながら、源一郎の心臓がドクンと高鳴る。やはり、心白は幕府側に追われている。しかも、よりによって、最悪最強の集団に。


 『侍の侍』と呼ばれる彼らは、内部粛清の戦闘集団である。和の国は鎖国、そして侍国家である。侍という身分の彼らでも、志士と呼ばれる勢力が存在する(大きくは開国派、自由民権派と分類される)。主に新撰組は彼らの討伐を担っている。


 柊は急にあたりを見渡し、源一郎の耳にボソッとつぶやく。


「どうやら……異人らしいの」

「異人て……本当か?」


 思わず、声が上ずった。大方、そのように予想していたが、やはり確定されると緊張が走る。


「しっ、声がでかい。誰に聞かれてるかわからんよ」

「す、すまん」


 思わず、興奮し過ぎてしまった。本来、『異人』など、口に出すだけで流刑になるほどのものだ。基本的に下町は、貧乏人しかいない。耳に壁あり障子ありどころではない。壁に穴が空いていて、そこに人が群がっている状態だ。


 しかし、やはり柊は心白がここにいることを知らないらしい。ホッと安堵したのと同時に、彼女を、助けた忍のことが気にかかる。一体なんの目的で、なんのために。


「でも、信じられないな。どうやってこの国に入ったんだ?」


 異人の入国は侍が厳しく取り締まっている。唯一、長崎の出島が異人と交流できる場所だ。江戸などに、異人がいるなどと言うのは前代未聞の事態だ。


「そこまでは。で、どうする?」

「……なんで、異人を捜してるのか、理由を探れるか?」

「へへっ、そうこなくっちゃ」


 柊が嬉しそうに頷く。コイツにとっちゃ、こんな危ない情報に飛びつくなど自分しかいないと踏んで寄越してきたのだろう。そんな思惑に乗るのは癪なのだが、柊は有能な忍だ。


「となれば、駄賃、駄賃」

「成功報酬に決まってんだろ」

「ええっ!? 着手料ってやつがこの世にはあるんだけどなぁ。まあ、いいや。じゃ、奥の心白ちゃんにもよろしく言っといて」


 そう言い残して。柊は消えるように去った。といより、消えた。


 忍法、消えるやつ(なんて言うかは知らない)。


 本格的な技を使う有能な忍は少ない。ある筋の噂だと、柊は上級忍者というかなり選ばれた存在らしい。


「まったく……なんだってその能力をろくでもないことに……ん?」


 !?


「あ、あいつ……」


 騙された。助けたのは、やはり、あいつだったんだ。心白のこと、最初から気づいてたんだ。読めた。最初から、ここに忍ばせてること知ってて、金を巻き上げて、後はよろしくという作戦だったんだ。なんというやつ。

 ……いや、だがむしろ、柊らしい。


 もっと詳しく、心白から聞いとくべきだった。もしくは、柊をシメとくべきだったと源一郎は心の底から後悔した。

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[一言] 商売上手!ww
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