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第4話 開店


 

「らっしゃいらっしゃい、今日も我楽多がらくたは元気に開業中だよ!」


 午前6時半。機械からくり横町5丁目の通りに、今日も野呂陽太の声が元気よく響く。通りにはちらほら人々が出てきた。


 下人たちの朝は早く、夜は遅い。この時間帯でも路上は口々に怒号が飛び交い、その喧騒が止むことはない。


 そんな中、目立つためには、それを越える大声を出すしかない。


 野呂は汗だくになった巨漢を動かし、呼び込みというよりも、強奪に近いぐらいの力の強さで通行人の腕を掴む。しかし、みな慣れっこなのか、ぞんざいにデブの手を振り払って素通りして行く(中には往復ビンタを食らわせてくる気の強い女もいる)。


 因縁、いちゃもん、路上での喧嘩上等。ここでは、すべてのお下劣が日常茶飯事だ。必然的に通行人の精神も強くなり、強引な勧誘などものともしない。


 やがて、野呂はあきらめたように店内に叫ぶ。


「アニキ……なかなか止まらねぇなぁ。腹減った」

「働かざるもの、食うべからず。お前はただでさえ多く食べるんだから。働け働け」


 壊れた洗濯機を弄りながら、平賀源一郎が笑った。修理屋兼ジャンク屋、我楽多がらくた。この店は中古の機関からくりの販売、修理、配達を行っている。主に力仕事と販促を野呂が、修理と開発を源一郎が受け持っている。


「この金槌を取ればいい?」

「ああ、ここに置いといてくれ」


 一方、源一郎の隣で、心白が甲斐甲斐しく動き回る。もともとの性分なのか、かなりの働き者だ。やることがわからないながらも、色々と自分から聞いて、やってくれる。


 また一方で、元祖店員の方は動くのをあきらめたようである。汗だくで、大きなお尻を地につけ、とにかく微動だにしないながらも、ブツブツと無駄口だけは動くようだ。


「働けって言っても。ほとんど顔見知りだし。俺の見た目も接客向きじゃないし。そもそも、下町のやつらは金ないし」

「バカッ、下町と呼ぶな。ここには機械からくり横町って立派な名前があるんだ」

「長いよ。それに、みんなも呼んでるし」

「長さの問題じゃない。誇りの問題だ。いいか、侍が上で俺たちが下か? 違うだろ。あいつらが作った身分制度なんかに従って卑屈になるのはまっぴらごめんだ。それが、俺たち機械からくり横町魂ってやつだろ」

「アニキ……語呂悪いよ」

「う、うるせぇ!」


 悪かろうとなんだろうと、源一郎は機関からくりという言葉に誇りを持っている。この少年は3度の飯より機関からくり弄りが好きな、機関からくり狂いと有名だ。相棒の絶望的な接客能力にもかかわらず、壊れた機関からくり修理の依頼は後を立たない。


 ここ、和の国は幕府が政権を担い、世は侍が頂点に君臨している。約4世紀ほど前、江戸に黒船が来港した当時、政権を攘夷派の侍が握った。彼らは大砲で威嚇する異人に対し、鋼鉄を何年も魔素に浴びさせ、鍛え上げた『魔刀』で対抗。見事、欧米列強の侵略を退けた。


 結果として、侍は引き続き鎖国を実行した。しかし同時に、長崎の出島で西洋諸国の文明を限定的に取り入れた。魔素を活用した便利な機器。それは、徐々に浸透することによって、和の国独自の機関からくり文化が発達した。


「いいか? あいつらは士・農・工・商の身分から外れた下民だと笑うが、冗談じゃない。そんなもんは、こっちから願い下げだ。そもそも、この機関からくり横町の成り立ちは――」

「っと、アニキ。客だよ、客。その話はまた今度ね」


 源一郎の熱弁を適当に切り上げて、野呂が年配のなじみ客を手招きする。


「っと、心白。悪い。奥に行っててくれ」


 そう言って、少女を見えない場所へと向かわせる。


 もちろん、黒髪のカツラはつけているし、馴染みの客が密告する可能性は少ないが、悪気なく喋れば、それでも死刑だ。用心には越したことがない。


「源さーん、直った?」


 なじみ客は人懐っこい笑顔で源一郎に近づいてくる。


「あー、魔素漏れだな。合金で塞いどいた。あと、もろもろ直しといたから、これであと5年はもつ。大事に使えよ」


 魔素は地中から吸い上げられる、気体状の動力源である。車や列車、飛行機など、ありとあらゆる機関からくりに使用される。もちろん、下町で潤沢に出回るものではないが、日常品として仕えるほどの価格で取引されるものだ。


 修理された冷蔵庫をアレコレ触りながら、馴染み客はホーッと感心した声をあげる。それもそのはず。持ってきた時には結構な壊れ物だった。合金で塞ぐだけなら、数十分でできるが、あちこち気になる箇所があって勝手に直してしまった。そういう性分なのである。


「さすがだ。他のとこは適当に使えるようにして『後は知らん』だからねぇ」

我楽多がらくたを他の不良業者と一緒にしてもらっちゃ困る。ウチは安全、安心、信頼で売ってるんだ。多少値が張ったって、長く使う事を考えれば……」

「あはは。その長ったらしくて説教くさい口上がなけりゃあ最高なんだけどねぇ。はい、駄賃。多めにしといたから」

「ぐっ……毎度。野呂、運んでやってくれ」

「へい、よっ……と」


 なじみ客の代わりに、野呂が洗濯機を軽々と担いで運ぶ。源一郎の身長も低くはないが、野呂は2メートル越えの身長、力士並の体格を持つ。当然、飯も人の4倍は食うが、軽トラぐらいなら悠々と引いてみせるので、こう言う時は重宝している。


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― 新着の感想 ―
[一言] 適材適所ですね( ˘ω˘ )
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