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第一話 異人


          *


 その場所は、江戸であって江戸でなかった。壊れた機関からくりを埋めて形成されたその陸地は、士農工商の身分制度からも外された、言わば『下人』が住まう。その日暮らすだけで精一杯。なんの娯楽も、希望も、目的も、生きる意味も、夢を見ることすらできない。


 その場所は、皮肉をもって『夢の島』と呼ばれた。


 午前4時50分。機関からくり横町5丁目。通称、下町と呼ばれるこの場所で、平賀源一郎は驚きのあまり、顎を外しそうになった。

 目の前に見える光景が、あまりに異常で、異様だったからだ。


 異人がいる。


 現在絶賛鎖国中である和の国では、異人は長崎の出島にしかいない。それこそ、こんな江戸の外れには、いるはずもないのである。

 と言うより、発見されれば即磔の刑。即死系ならぬ、即死刑。


「と、とにかくこっちに」


 あたりを見渡し、誰もいないことを確認した後、源一郎は少女の手を掴み、店内へと連れ込む。すぐさま、外が見えないよう錆び付いたシャッターを思いきり閉めた。


 そうした後に、やっとこさフーッと大きくため息をつく。


「……」


 源一郎はあらためて少女の姿をマジマジと見つめた。流れるような藍色の髪。琥珀色に輝く瞳。白くきめ細やかな肌。スッと通った鼻筋。薄い唇。整った輪郭。小さな顔。


 この国の人でないことは、銘々白々だ(しかも美少女)。


「あの……」

「おっと。ごめん。自己紹介がまだだったな。俺の名は平賀源一郎。平賀源外は俺のじっちゃんだ。ところで、じっちゃんになんの用だ?」

「……忍の女の人に、ここに行けって」

「忍……」


 思い当たる女は一人だけ。

 ひいらぎ 蓮華れんげ

 下町だけじゃなく、侍が住む地域にも精通している凄腕の忍だ。


 だがしかし。人の弱みを握ることが趣味。他人の困った顔が大好物。厄介事か面倒事しか持ってこない、総じて性格が腐った、切ろうとしても切れない腐れ縁の幼馴染の、根性最悪女だ。


 確かに、あいつならこんなことを笑顔でしでかしそうである。 


「ふぁー、アニキ。どうした、騒々し……」


 そんな中、太った巨漢が奥から出て来た。


 もう一人の幼馴染、野呂陽太。修理屋兼ジャンク屋『我楽多』の共同経営者である。


 野呂は寝ぼけながら、ケツをかきながら、こっちを見て固まった。少女の髪色を確認して、叫び出す前の5秒前。


「んー! んーっ! ん゛ん゛――――――!?」

「落ち着け。落ち着け落ち着け」


 間一髪、源一郎の手が野呂の口を塞ぐ。見事なまでにさっきの自分と同じ反応だった。

 そして、慌てふためく年上の弟分を見ながら、やっぱり自分がしっかりしなくちゃと再認識する。


「あ、アニ、あに、アニアニ……い、イジ、いじ、イジイジ……」

「わかってる。うん、異人なんだ。突然、異人。でも、異星人じゃないんだから。よーく、考えてみな? そんなに驚くことか? 同じ地球にいるんだから、別に慌てることじゃねぇよ」

「……うん、まあ。そうか、なるほど。確かに。さすがはアニキ。じゃあ、もう一眠りするから」

「……っ」


 そんな馬鹿な、もとい、そんなバナナ。頭をバリバリとかきながら、平然と戻っていく野呂を眺めながら、源一郎は殊更に動揺する。


 異人だぞ、異人なんだぞ。江戸の侍のお偉いさんだって、生涯会えるかどうかもわからない。そんな衝撃的な光景を目の当たりにして、なんだってそんなに落ち着いてられるのか。


「……」


 源一郎はあらためて少女を観察する。


「……あの」


 やっぱり、どう見たって、異人だ。異人の女の子だ。琥珀色の瞳でジーッとこちらを観察している。見つめられている。可愛い。いや、そうじゃなくて。落ち着け、落ち着け、平賀源一郎。女の子の前でアタフタしてるなんて、じっちゃんが見たらなんというだろうか。


 顔立ちはほぼ自分たちと同じ。鼻筋が通っていて、瞳が大きい。肌が白くて、なによりも琥珀の瞳の色が特徴的だ。


 初めての異人を見て、高揚しているのだろうか。なんだか、胸が鼓動がバクバクして止まらない。


「とにかく、髪! 髪をなんとかしなくちゃだよな。あっ、いや、和の国の言葉は通じないんだっけ。ええっと……でも、『あの』とか言ってなかった? いや、さっき、バリバリ喋ってなかった? 喋ってたよね? 和の国の言葉、わかるの? いや、わかんないんだっけか。あー、俺はなにを言ってるんだ」

「言葉、わかります」


 異人の少女は、透き通った声で答えた。瞳をパチクリさせて驚いている様子だが、その声には怯えがない。


 内心、源一郎自身が相当動揺しているし、疑問は尽きることがない。なんで、和の国の言葉が話せるのか。どこから来て、なんで江戸にいるのか。そもそも、なんでこの店を、じっちゃんを尋ねてきたのか。いや、それはさっき聞いたか。

 しかし、今はそんなことより、やることがある。


「とにかく、瞳の色と髪をなんとかしなくちゃな。ちょっと、来て」

「えっ……」


 源一郎は少女の手を引っ張って奥へと連れ込む。そこは3畳ほどの小さな部屋で、地面には部品や工具が乱雑に置いてあった。源一郎は、箪笥タンスの中から、ポイポイと物を投げる。


「ええっと……確か、じいちゃんのカツラがここに……あったあった。まさか、老ぼれらしからぬ洒落っ気が役に立つとは。あとは、目の色だけど」


 カラーコンタクト。闇市に行けば、侍どもの払い下げ品があるかもしれない。和の国の人の中にも、ごく稀に目の色が黒でない人が生まれることがある。下町ではそんなことはお構いなしな人が多いが、侍は結構気にするらしい。需要は少ないが、あるにはあるだろう。


 その時、お腹がぐぅーと鳴った。「あっ……」と恥ずかしそうに少女がうつむく。


「……ははっ」


 途端に、源一郎の緊張がほどけてきた。そりゃそうだ。同じ人間。異人だろうが、単なる同じ人間なんだ。


「異人もやっぱりお腹が減るんだな。よし、なんか作ってやっから」


 安心した源一郎はカラカラと笑いながら台所に向かう。確か、2日前、闇市で仕入れた牛肉と卵があった。買ってきた時に感動して涙ぐんでいた野呂には悪いが、緊急事態だ。源一郎は切った野菜と特製出汁を鍋に入れ、コンロで煮込む。


「異人は普段、どんなもん食べるんだ?」

「……わからないの」

「わからない? だって、普段食べてるもんなのに」

「……」

「ああ、別に喋りたくないなら、喋らなくていい。でもさ、機関からくりのことは教えてくれよ」


 緊張が解けてきたら、俄然興味が沸いてきた。異人と話せることなんて、そうそうないんだ。せっかくだから、異文化のことを色々と聞いておきたい。


機関からくり?」

「ああ、ほら。そこの冷蔵庫とか。このコンロとか。異国にはもっともっと変わった機関からくりがあるんだろ?」

「……ごめんなさい、わからないの」

「……」


 なんか、変だ。表情を見てると、隠しているというよりも、答えられないと言った感じだ。


「そう言えば、名前を聞いてなかったな。君の名前は?」

「……ごめんなさい。覚えてない」

「覚えてない……って君、まさか」


 少女は申し訳なさそうに「記憶喪失なの」とつぶやいた。


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[一言] 野呂イイキャラしてる( ˘ω˘ )
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