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4、婚約者

 エフロレスンス侯爵邸では、素晴らしく華やかなお茶会が開かれていた。今までローザが自身とエミリアの為に開いた、贅を尽くしただけの品のないものではない。花々の中心に作られた控えめな東屋で開かれたそれは見ようによっては質素ともとれたが、茶器の一つ銀の小匙の一本に至るまでこの日の為に用意させた一級品ばかりだ。当たり前のように使われている茶葉も小ぶりな菓子たちも極上のものである。教養のない人には地味に映るだろうが、本物を知る人からすれば尻込みをするようなお茶会であった。



「フィオナ、もう大丈夫なのか?」

「ええ、あの、大丈夫、ですわ、あの」

「全く大丈夫そうじゃないな、話し方もおかしい」

「だって、驚いてしまって、それにあの、近いわ…!」

「? 昨日もこうしていたが、あの時は何も言わなかったじゃないか」

「だって、だって、あれは」



 全て夢だと思っていた。ただの夢だと。虐げられた自身に与えられた逃避の場であり唯一の幸せであったとばかり思っていたのだ、とフィオナは心の中だけで言い訳をした。まさか、子どもの頃から見ていた夢が現実であったなんて誰が教えてくれただろう。フィオナは婚約者の膝の上で真っ赤な頬を押さえながらぎゅう、と目を瞑ってこのお茶会が開かれる前に起きた出来事を思い出していた。



『お待たせいたしました。エフロレスンス侯爵長子、フィオナと申します』

『ああ、フィオナ。ほら、そう待たせなかっただろう?』

『…え』

『ああ、直接に会うのは初めてだから挨拶はしないとな』



 そう言った、フィオナの婚約者はフィオナの足元に跪いて彼女の手を取った。



『レナルド・フェルゼンと申します。我が花嫁殿、これからどうぞ末永くよろしく頼む』



 夢の中でされたように、フィオナの手の甲に唇が落とされる。あまりのことにフィオナの視界は一瞬で真っ白になった。どうして夢の中の友人が自身の自宅にいるのか、どうして自身のことを花嫁などと呼ぶのか、どうして、フェルゼンを名乗るのか。理解できることが一つもなかった。もしかするとこれはまだ夢の中なのかもしれない。いつもと雰囲気があまりにも違うから気付かなかったが、きっとそうだ。これは夢なのだ。…もしかすると、心労が溜まりすぎて幻覚を見ている可能性もある。それはそれでいいかもしれない。気が触れたとどこか遠くの修道院に行けたら、この幸福な夢を捨てずにいられるかも―――。



『フィオナ!』

『あ、え? …レナルド?』

『そうだ、君のレナルドだ。分かるな』

『…ええ、貴方はレナルドだわ』



 君の、と付けられたのは不思議であったが、目の前の青年は確かに“レナルド”だった。フィオナの唯一無二の友人であり、誰よりも大切な人だ。けれど、彼はフィオナの夢の中の人物である筈だ。そういえばあんなに立派だった翼も尻尾もない。フィオナの頭の中は疑問でいっぱいで、次の言葉が出てこなかった。



『一瞬だが今、君は気を失ったんだぞ。どこか辛い所はあるか、まさか何か病気を』

『殿下、どうか発言の許可を頂きたく』

『勿論だ、リタ先生。貴女には許可などなくとも発言権がある』

『ありがとう存じます。しかし殿下、配下の者にそう易々と発言権を与えては』

『フィオナのことが先だ』

『後日、お勉強を追加させておきますからね。…こほん、フィオナ様は殿下もご存知の通り夜更かしが多く、体調は万全と言い難いものがあります。しかし何らかの病にかかっている訳でもございませんので、そちらはご心配なく』

『なんてことだ…!』

『庭園の東屋にお茶会の準備ができております。フィオナ様には栄養もまだまだ足りておりませんので、お時間までどうぞお二人でお楽しみください』

『そうか、分かった』



 レナルドは何が分かったのか、リタの言う“お時間”とは何のことか聞きたいことは多くあるのにフィオナの口は開くことがなかった。あれよあれよとお茶会に参加させられ、何故か夢と同じようにレナルドの膝に抱えられたフィオナは、お茶を口に含むことにさえ苦労した。



「この焼き菓子も美味いんだ。我が国の伝統菓子で、一度焼いたものを更に糖蜜に浸してある」

「とっても甘そうね」

「ああ、だから渋めに淹れた紅茶か珈琲と食べるのが一般的だな。甘いものは苦手だったか?」

「そうではないのだけど…」



 フィオナは早くも敬語を諦めた。レナルドが嫌がっているようであるし、フィオナも彼に敬語を使うのはおかしな気がした。現実逃避と呼べるものかもしれなかったが、リタを含め誰もがフィオナの口調を責めたり非難の視線を送ってこなかったから、そういうものだと割り切った。ただ、口元に焼き菓子を持って来られても困る。幼い子どものように食べさせてもらえとでも言うのだろうか。



「レナルド、わたくし自分でっんぐ」

「ふは、美味いだろう」



 自分で食べると言おうとしたフィオナの口に、レナルドは甘い焼き菓子を突っ込んで悪戯が成功したとばかりに笑った。痺れる程に甘い焼き菓子は飲み込むまでに少しばかり時間がかかった。



「す、ごく、甘いわ…」



 全て飲み込んだ筈であるのに、まだ口の中がじゃりじゃりとして砂糖が残っているように感じる。味は、きっと美味しいのだ。けれど頭に突き刺さるような甘味に全てが負けてしまって訳が分からない。伝統的な焼き菓子に対してはあまり良くないだろう評価をしてしまったが、フィオナはもうそれ以外に何も思いつかなかった。



「まあ、少しずつ齧りながら紅茶や珈琲を楽しむ為の菓子だからな」

「それじゃあ、どうして全部口の中に入れたの」

「口が開いたから」

「~~~レナルド!」

「あはは、ごめんごめん」



 臣下たちは若い主人たちのやり取りを微笑ましげに見守っていた。彼らの年若い主人がここ数年、日に日に憔悴していく様は誰もが目を背けたくなる程であったのだ。知力体力人格までも兼ね備えた彼らの主人が“宿星”を失ったなどと、そんなおかしな話があるものかと国民の多くが嘆いたこともあった。見つけられて本当に良かった、本当に。臣下の一人はぐ、と瞼に力を入れて濡れた目元を隠した。


 ひとしきり騒いだ後、やっと落ち着いたフィオナはレナルドの目をしっかりと見た。ああ、この目の前にいる人は本当にあの夢の中のレナルドであるのだ。幼いフィオナが我儘を言っても許してくれた、あのレナルドだ。ならば恐れることは何もない。



「ねえ、レナルド。わたくし、まだこの状況があまり分かっていないの、説明してくださる?」

「…ああ、勿論だ」

「ありがとう」



 フィオナはまだこの状況が夢か幻覚のどちらかである可能性を捨てきれていなかったが、それにしてはレナルドが名乗ったフェルゼンという家名が気にかかる。フェルゼンとは現王妃の生国の名であり、その国を統べる皇族の名であった。かの帝国はこの王国とは離れている為に、フィオナはそう多くを知らない。天候をも操る術を持つような強力な人々が住んでいる、なんておとぎ話のようなことを本で読んだことがあるくらいだった。



「まず、フィオナ。私たちはずっと夢の中で会っていたな」

「そうね」

「あれを私の国では“宿星の仲”と呼ぶ」

「宿星の仲」

「そうだ、完全な一対であることを指す。フィオナには私が、私にはフィオナが唯一無二の存在なんだ」



 “宿星の仲”とは単に夢が繋がった相手の呼称ではない。夢を繋げるだけであるのならばそのような魔法は多く存在する。特に子どもの内は感受性が高いから、例えその子ども自身に魔力がなくとも近くにいる精霊の影響で夢を渡るなんて話もある。レナルドもフェルゼン帝国の皇子であるからか魔力が強く、他人の夢に入ろうと思えばいくらでもできた。“宿星の仲”とは、それらの力が一つも影響しない状態でお互いが同じ夢にたどり着ける相手同士のことである。フェルゼン帝国の人間に稀に見られることで“宿星の仲”の相手と生涯を共にできれば幸福に満ちた人生が送れるなどと言われている。


 数え年で七歳以降にもまだ同じ相手と同じ夢にたどり着くのなら、二人は“宿星の仲”であると確定される。そして、レナルドとフィオナは七歳以降もずっと同じ夢にたどり着いていた。



「つまり、私たちは“宿星の仲”だ。…遅くなってしまったが迎えに来たんだ」

「レナルド…?」

「何だ?」



 説明の途中であったかもしれないが、堪らずにフィオナはレナルドを止めた。



「貴方、今さらっと言ったけれど、フェルゼン帝国の皇子様、なの?」

「そうだが」

「フェルゼン帝国には確か、皇子様は一人だけって」

「私のことだな」

「えっと、今日は何をしにいらしたの?」

「? …フィオナを迎えに」

「どうして?」

「?? 結婚をする為に…?」

「誰が?」

「フィオナが」

「誰と?」

「私と」



 フィオナはそれだけ確認すると、口に手を当てて考え込んだ。一つ異様な事柄が混じっていたが、情報量としてはさして多くない。フィオナが子どもの頃から夢だと信じていたものが現実であり、その夢で会っていた人がフィオナと結婚する為に迎えに来たのだ。リタもマーサも確かに「フィオナの婚約者が来ている」と言った。悪質な詐欺でない限りこれは本当のことだ。しかし、どうにもおとぎ話のようで信憑性に欠ける上に突飛すぎた。あまりにもフィオナに都合が良すぎるのだ。



「フィオナ、どうかしたのか」

「もう少し聞いてもいいかしら」

「何でも」

「迎えに来たということは、わたくしはフェルゼン帝国に行くの?」

「そうなる。…私は君に生国を捨てさせる」

「貴方は次の皇帝陛下になるの?」

「ああ、フィオナを連れて帰れば私の立儲が決まっている」



 申し訳なさそうにするレナルドには悪いが、フィオナにとってはそれも都合の良いことの一つだ。この国にいればどんな人に嫁ごうと、どうあっても妹と一生付き合いをしないことはできない。妹のエミリアは爵位を継ぐ予定であるから、もし侯爵位以下の方に嫁ぐことがあれば無茶な命令をされたとてきっと無視もできなかっただろう。この国を出て行けるなら、フィオナにとってそれは妹とそして名ばかりの家族との縁切りができる絶好の機会であった。だからこそ、それが信用できない。


 もし仮に本当だとしても、自身の都合にレナルドを利用することにも抵抗がある。ただのレナルドであってもフィオナにとって最も大事な友人であったのに、それが皇子であるなら尚更だった。皇太子となる人に相応しくない自分が、彼の国に行ける筈もないとフィオナは質問を続けた。



「わたくしのことをどうやって探しだしたの?」

「諸外国に手紙を出した。フィオナという、侯爵家の娘がいれば教えて欲しいと。…フィオナが夢の中で苗字も国も話したことがなかったから困った」

「レナルドだって、そうだわ」

「確かにな。でもあの頃は夢の中で会えるのが当然だったから、婚姻色が滲んできたらちゃんと結婚を申し出るつもりだったんだ。それで十分間に合うと思っていた。まさか次の日から来なくなるなんて、そんな日が来るなんて思ってもみなかった」


 レナルドにとってもフィオナにとっても、夢の中で会うのは当然のことだった。その当然をフィオナが手放すなどと、レナルドは考えたことすらなかった。フィオナが初めて夢に現れなくなった日を、レナルドは鮮明に覚えている。いくら待ってもどれほど探しても彼の宿星は見つからなかった。初日は理解をしたくなくて、二日目には明日は来ると信じて、三日目には夢から覚めることができなくなって父に殴られて飛び起きた。


 フィオナが夢に現れなくなったことには三通りのことが考えられた。一つ目は夢を見ることができない程に熟睡していることもしくは寝る時間が異なること、二つ目は第三者の術などで意図的に夢に来られないようにしていること、三つ目はフィオナが死亡していることだった。


 一つ目であるならば、待てば解決することだった。二つ目は前例があった。“宿星の仲”を知らぬ両親が子どもがおかしな夢を見ていると思って魔術師に頼み、子どもの夢の中に宿星を入れないように術をかけてしまったのだ。しかしフェルゼン帝国の高名な魔術師を何人集めてもそんな痕跡は見られなかった。三つ目は、三つ目を考えることだけはレナルドにはできなかった。ただ魔術師たちは皆一様に「生きてはいる筈だ」とレナルドを励ました。レナルドはフィオナが見つかるまでの間、それだけを希望にして生きていた。



「この国に、父の従妹君が嫁いでいて本当に良かった。でなければきっともっと時間がかかった」



 レナルドは、まずは周辺国に“フィオナという、侯爵家の娘”を探させた。勿論、そこにはフィオナはいなかった。フィオナの生国は同じ大陸内にはあったが、フェルゼン帝国とは遠く離れていた。徐々に探す範囲を広げていったが“フィオナ”という名はそこまで珍しい名前でなかったから、該当者を虱潰しにしている間に時間は激流よりも早く過ぎていった。そんな中、レナルドの従妹叔母であるこの国の王妃から連絡があったのだ。「恐らく、見つかった」と。


 レナルドのあの時感じたものは、もう言語化ができない。誰にも正しく伝えることはできない。「嬉しかった」「良かった」などと単純な言葉は適切ではなかった。胸の内を激しくかき回した衝動のままに、レナルドはこの場にいる。



「…信じていなさそうな顔をしている」

「…っ」

「分かるよ、ずっと一緒にいただろう」



 図星を指されて言葉に詰まるフィオナの頬を、レナルドがそっと撫でた。苦笑しながらレナルドは話を続ける。



「私だってフィオナは“宿星の仲”を知っているとばかり思い込んでいたし、自国の人でないことは分かっていたがもっと近くの国の人だとも思っていた」

「…どうして?」

「フィオナは私の尻尾も翼も怖がらなかっただろう。普通、竜人といえどあんな姿は大衆に見せない。それを指摘してこないということは、近隣の貴族の娘でそういったことをきちんと教育されているのだと思っていたんだ」

「レナルドの尻尾も翼も昔からあるものだったわ、無い方が違和感があるくらい。それに、その、夢だとばかりずっと…」

「…私たちはきっと常識が違う、育った環境も。だが、これだけは信じてくれ。私はフィオナをもう二度と誰にも虐げさせるようなことはしない、私と結婚することにも絶対に後悔させない。ただ私の隣で微笑んでさえいてくれれば、それでいいんだ」

「レナルド…」



 フィオナは、レナルドの目をじっと見て



「それは嘘ね」



 と、睨みつけた。



「…私が嘘を吐いたというのか、君に?」

「ええ、貴方、嘘を吐く時に左の眉がほんの少し動くの直した方がいいわ」

「…」

「そんな顔をしても駄目。貴方がわたくしを知っているようにわたくしも貴方を知っているわ。…不得意分野をわたくしに押し付ける気でしょう!」

「…ば、バレたか!」

「バレるわよ! 昔から数学の課題が出される度に泣きついてきて、終わりにはいつもフィオナが全部やってくれればいいんだって言ってたじゃない! 皇子様としてそれはどうなの!?」

「得意な人に仕事を回すのは悪いことじゃない。…多分」

「…ふふ、そうね」

「…私と結婚するということは、いずれは皇妃になってもらわねばならない。苦労はかけない、と言えない私を許して欲しい」



 フィオナはおもむろにレナルドの胸に頭を預けた。とくりとくりと規則正しく鳴る心臓の音が夢と違って鮮明に聞こえる。



「レナルド、貴方、生きているのね」



 フィオナの中の疑念はもう全て取り払われてしまった。レナルドは確かにレナルドで、それを否定する必要はもうなかった。



「…ああ、そうだ。生きている、君も」

「ええ、私も生きているわ。…迎えに来てくれてありがとう、レナルド」

「遅くなって、すまなかった」

「いいえ、とても早かったわ。わたくし…わたくしに何ができるか分からないけど、レナルドよりもわたくしの方が頭が良いもの。これからももっとお勉強をして、貴方の役に立てるようになるわ」

「それは頼もしいが、君はまず休息の仕方を覚えてくれ」

「あら、ではそれはレナルドに習うことにするわ」

「ああ、任せておけ」



 暗に休み方を十分に心得ていると揶揄ったフィオナに対してレナルドは悪戯に笑った。



「…? レナルド、疲れてしまったのではないの? わたくしやっぱり一人で座るわ」

「疲れてはいないが、何故だ」

「だって胸の音がさっきよりも早くて大きくなって」

「…。…それは、正常だからまだ私の腕の中にいてくれ」

「…そう」



 二人は寄り添い、お互いの心音を分け合った。幸せで離れがたく、しかし何故か恥ずかしくて今すぐに走って逃げてしまいたい気持ちを抑えながら指を絡ませた。



「レナルド様、申し訳ございません。…お時間でございます」

「ああ、もうか」



 二人だけの空間に声をかける羽目になった臣下は心の底から嘆いたが、その心労に反してレナルドは軽く返事を返した。



「レナルド?」

「フィオナ、もうすぐにでも我が国に連れて帰りたいのだが、さすがにそうもできないんだ。この国の王と王妃にご挨拶申し上げねば」

「そうなの、いってらっしゃい」

「…フィオナも行くんだよ」

「え!?」

「え、じゃない。…これから私が行く所には大体付いてきて貰うからな、覚悟しておいてくれ」

「…わたくし、おじい様とおばあ様がお亡くなりになってからこの屋敷の人以外とお話をしたことがなくて。陛下方に何か失礼があったらどうしましょう…」

「私がいる」



 レナルドはフェルゼン帝国の皇子なのだから、この国の国王に挨拶をするのは予想できた筈であった。それであるのに、うろたえてしまったフィオナの手をレナルドがしっかりと握る。ぱち、と目線が合えば力強く頷くレナルドにフィオナの肩から力が抜けていく。



「フィオナが心配するようなことはきっとないと思うが、私が必ず傍にいる。必ず助けるから大丈夫だ。まあフィオナは逆に私が何かへまをしないか、監視する側になりそうだけれどな」

「まあ、ふふ」

「そうやって笑っていればいい。今日に関しては何も怖がることはない」

「…分かったわ。ねえ、レナルド。ドレスをありがとう」

「ああ、気に入ってもらえただろうか」

「ええ、とても素敵だわ。でも背中が開き過ぎじゃないかしら」

「まさか、すごく綺麗だ。思い描いていたよりずっと」

「…」

「だが、不特定多数に見せてやる必要もないな。ストールか何かないか」

「こちらに」

「うん、これでいい」

「…」



 リタに差し出されたストールを自身にかけて頷くレナルドに、フィオナは微妙な顔をした。フィオナは外界との接触を遮断されていたが、男性の欲求というものは一応嗜みとして習ってはいる。瞳の色がこうまであからさまであると、どう振る舞うべきか迷ってしまう程度には。



「? どうかしたか」

「レナルドって…。…いいえ、いいわ」

「何だ、気になる」

「いいのです」

「…は、ち、違うぞ。私はフィオナ以外の背中に興味はないからな!? むしろフィオナの体以外に一切の興味はない!」

「そこまで言ってとは言ってません! だ、大体、体って、か、え?」

「いや、そうじゃない。そうじゃないんだ。誤解だ」

「…」

「フィ、フィオナ…」

「ふ、ふふ、もう。そんなに必死にならなくても」



 情けなくフィオナの許しを乞う姿はやはり皇子様ではなく、彼女が幼い頃から知っているただのレナルドだった。フィオナに甘く優しい、大切な唯一の人だった。



「…君は意地悪になった」

「…お嫌い?」

「愛している」

「わたくしも、愛しています」



 二人は手を取り合って屋敷を出た。

読んで、頂きありがとうございました!

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