七
UNNの士官学校に無理矢理入れられそうになった十八歳のトーマスが家出して、四年間音信不通だったにもかかわらず、再会した父親のスティーブン・カベンディッシュは息子の近況になぜか詳しかった。何らかの調査をしたのかと思っていたが、どうもユージンと個人的に知り合いだったことは後に知った。
父親の端末へ連絡をすると、仕事中の常で、オフィスへの直通に転送された。当然内容は録画もされている。
「どうしたんだ? お前がこんな時間に電話してくるなんて珍しい」
画面の外からフェードインしながら語りかけてくる父は、一ヶ月前、食事をしたときと変わっていなかった。
白髪交じりの茶色の髪は、いましがた床屋に行ったばかりのようにきちんと撫でつけてある。記憶の中ではいつもは厳しかった鳶色の瞳が、いつの間にか掛け始めた老眼鏡越しに微笑んでいる。
気質も容貌も父親似と評判の六つ年上の兄とは対照的に、母親似のトーマスは一見似ていない。しかし、すらりとした体つきや、足の形、爪の形のような細部が実は似ているためか、それとも他に共通する何かがあるのか、連れ立っているとやはり親子に見られた。
「お久しぶりです、お父さん。そこにユージンがいますよね?」
オフィスに電話をする度に画面の下部に映る、ウォルナットの深い焦げ茶色のデスクを、トーマスが直接見たことはない。世間話や自慢話をするために、執務室に息子を呼び寄せるような父親ではなかったからだ。
そういうことも含めて、昔からどうしても父親に対して壁のようなものを感じてしまうときがトーマスにはあった。
八年前、父親の設定する進路を押しつけられたとき、話し合いではなく家出という非常手段をとってしまったのは、話をしても無駄だという諦めと反発の他に、どうせこの壁は越えられないという思いもあったからかもしれない。
親子だからといって、解り合わなければならないという義務も必要もない。家を離れて、いつの間にかそう思うようになり、壁の存在を感じてもあまり気にならなくなってきてはいた。
「ユージン。お呼びだ」
父親はIDのオーカスではなく、名前で呼んだ。つまりは私用ということだ。入れ替わりに画面に入ってきたユージンは、白いシャツに黒いジャケットとパンツ、腕に黒いコートをかけていた。近所のパン屋に行っただけにしては、まだ見られる服装をしていたので、トーマスは内心安堵した。
「ああ、トーマス君。ちょうど良かった。連絡しようと思ってたんだ。今、君のパパにフォートモアの豪華ランチをおごってもらう予定で」
「フォートモアではなく、ここのカフェテリアだ」
聞き覚えのあるバリトンが横から訂正を入れる。ちぇっ、ケチ、と横に向かって軽く悪態をついたユージンが続ける。
「……チープな昼メシをおごられてくるから、悪いけど、そっちはそっちで適当になんとかしてよ。十四時までにはちゃんと帰るからさ」
「それどころじゃないんです」
「どうした?」
トーマスの切迫した様子にもユージンは変わらない。声だけが心持ち低くなった。
「クリスがいなくなりました。端末でいくら呼び出してもつかまらないんです。メッセージを送っても圏外で戻ってくるので、ゲートを出たと考えられます。メモが残ってました。『カッコウにはなりたくないから、帰ります。親切にしてくれて、どうもありがとう』って――どういう意味でしょうか? 心当たりあります?」
画面の向こうの表情は変わらないまま、長く息を吐き出す音だけが聞こえた。




