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緑の冠【改訂版】  作者: 黒木露火
最終章 ブルー・ムーン
60/67

 一九三五年、大恐慌時代のアメリカ。ケチな詐欺師の男が、昔の恋人の葬儀に参列する。そこで、母親が死んで一人ぽっちになってしまった女の子を彼女の親戚の家まで送り届けるように頼まれる。仕方なく始まった自動車での旅だったが、大人顔負けの知恵で男のピンチを助け、詐欺の相棒も立派に務めるしっかりものの少女と、大人のくせに頼りない、そして実は彼女の父親かもしれない男。二人の間にはいつしか、親子のような愛情が芽生える。しかし、旅の終わりは近づいていた――。

「きっと、最後は別れちゃうんだろうな。それでもう、二度と会えないんだ……」

 独り言のつもりだった。

「ところが、そうじゃないんだな」

 小さなカウンターの中で頬杖をついていた青年が、横やりをいれる。

「親戚の家には結局行かないの?」

「いや、行くよ。行ってみたらすごく歓迎してくれるんだよ、親戚の叔母さん。叔父さんもいい人でさ。子どもがいなかったんだっけな。ピアノもあって、家の中も綺麗で、きちんとした家って感じで」

「女の子はその家で幸せに暮らして、ハッピーエンド? 男はどうなったの?」

「男はね、叔母さんの家から少し離れたところに車を停めて一休みして、『せいせいしたぜ』とかなんとか言ってたんだけど、女の子が残していった写真を見つけるんだ。そのポスターのと同じ、ハリボテの月に座った女の子の写真さ。だけど、迎えに行けないじゃない? 自分はつまんないケチな詐欺師だし。ちゃんとした仕事も家もない。叔母さんちにいたほうが、女の子だって幸せになれるに決まってる」

「そう、だよね……」

 唇は、そうじゃないという心の声より、理性を優先した。

「だけど彼女、その叔母さんの家を飛び出してしまうんだよ。こっそり荷物抱えて。それで、もうずっと先に行ってしまって、いないかもしれない男を追いかけていくんだ」

 その先は少しは想像できた。女の子は見覚えのある車を発見する。中にはしょんぼりと彼女の写真を見ている男。

 彼女は男になんと言ったのだろう?

 何と言えば、一緒にいられたのだろう。

「ハリボテの紙の月だって、信じれば本物になる。『ペーパームーン』って、そんな歌詞だろう? ニセモノの親子だって、お互いの気持ち次第で本物になれる、そんな話なんだよ」

 今、わかった。

 ユージンは、知っていたのだ。この映画を。

 そして、目の前の雛鳥がカッコウであることも。

 その上で、一緒に暮らそうと言ってくれた。クリスが自分の子どもだと思いこんでいたわけではなかったのだ。

 やっとわかった。でも、引き返すにはもう、月もあの家も遠すぎた。

「だから、『ペーパームーン』だったんだ……」

 クリスの答えに、青年は満足そうに頷いた。

「その曲、知ってるの? 試聴してみる?」

 クリスは首を横に振り、青年の目を見て微笑んだ。そうしなければまた泣いてしまいそうだった。

「お待たせ」

 小走りで帰ってきたセイラが、クリスの手元をのぞき込んだ。

「あら、『ペーパームーン』ね」

「有名な曲なんだね」

 クリスは棚にプレートを戻した。

「何か欲しい曲ある? あったら記念にプレゼントしてあげる」

「ううん。ない」

「そう。私はちょっと欲しいのができたかも。もう少しだけ待ってて」

 カウンターを見ながらセイラが言う。

「うん。いいよ」

 クリスは違うプレートに手を伸ばした。

「ターナソル行きポッド四四八五便へ搭乗予定のお客様にご連絡します。まもなく搭乗手続きを開始します。ターナソル行きポッド四四八五便へ搭乗予定のお客様は、エリアF、五三番ゲートにお集まりいただくよう、お願い申し上げます」

 アナウンスの声に気づいたクリスは、手にとっていたプレートを棚に戻した。カウンターの方に目をやると、なにやら作業中の青年の前で、セイラはぴょこぴょこと背伸びを繰り返していた。

「何買うの?」

 クリスが近づいていくと、セイラの動きは止まった。

「キーホルダーよ。ペンダントとか宝石箱は使わないもの」

 そこへ、「はい。終わったよ」と店番の青年が声をかけた。

「どっちがどっちだかわかんないわよ」

 文句を言うセイラに、青年は商品と紙片を手早く渡す。

「聞けばわかるよ。これ説明書」

 「なんて曲?」とクリスが聞くと、セイラは「あとでね」とジャケットのポケットに入れた。

「行きましょうか」

「うん」

 目の縁がまだ赤いままの笑顔で、クリスはセイラを見上げた。

 クリスの旅の終わりは近づいていた。

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