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緑の冠【改訂版】  作者: 黒木露火
最終章 ブルー・ムーン
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 泣いたのが久しぶりすぎて忘れていたが、泣くと腹が減るものだ。

 セイラおすすめのツナサンドだけでは物足りずに追加注文しようか悩んでいたら、白いエプロンをした白髪まじりのおじさんが、空いたクリスの皿にフレンチポテトを足してくれた。

「たまに来る客に、お前さんに似た人がいてなあ」

 クリスが礼を言うと、片目をつぶってみせた。

「私も割とよく来てると思うけど、そんなおまけはしてもらったことないわよ」

 むくれ顔のセイラにも、フレンチポテトがサービスされた。

 飲食店エリアを出たクリスとセイラは、ムービング・ウォークではなく、腹ごなしを兼ねて歩いた。

 ラグランジェ宇宙港は人が途切れることがない。アタッシュケースを持った誇らしげな顔のビジネスマンたちや、大きな旅行カバンを期待あふれる様子で、または旅を終えかけて満足そうに引きずっていく人々が往来している。ほとんどが大人で、クリスと同じくらいの年齢の子どもはほとんど見ない。

 ふと、一組の親子連れが目についた。窓型モニターを指さして子どもに見せ、談笑している若い夫婦。赤ん坊は自分を抱いている父親の肩越しに、初めての宇宙をこわごわと見つめていた。

 セイラとクリスもつられて立ち止まる。一昨日ここに来たときにも見た、大きな白い客船がゆっくりと動いていた。遠ざかるにつれ、白い船体に映えていたさまざまな色のライトが、船首から広がる闇に溶けていく。

 通路途中には立派なかまえの免税店や専門店が並んでいる。その間にぽつんぽつんとある、ポストカードやちょっとした小物や雑貨、みやげものを扱う小さな店を冷やかしながら二人はゆっくり歩いた。あと三〇分もすれば、ターナソル行きのポッドの搭乗が始まる。

「あら、こんな店あったかしら?」

 セイラが足を止めたのもそんな店のひとつだった。店といっても浅くくぼんだ壁面を利用したもので、その壁一面に、十五センチ角くらいの正方形のプレートがきれいにディスプレイされている。

 棚のずっと上のほうに、しゃれた筆記体で「ジュークボックス」と書かれていて、それが店名らしかった。

 プラスチック製のプレートには、イラストや写真が入っていた。タイトルらしき文字も読める。そのタイトルのほとんどに月という単語が入っていた。デザインは、時代がかったデザインのものも最近どこかで見たようなものもあり、楽しげないろどりでタイルのように並んでいた。

「先月できたんだよ。月にちなんだ曲ばかりを集めたデジタル・オルゴール専門店さ。好きな曲をペンダントやキーホルダーや宝石箱にしてあげるよ。気が利いてるだろ? おみやげに一曲どう?」

 伸ばしっぱなしの濃い茶色の髪が肩までかかった店番の青年がセイラに声を掛ける。

「ちょっと見せてね」

と青年に返事をしたセイラは、棚を眺めていたクリスに小声で「トイレに行ってくるから、ちょっと待ってて」と告げて、通路を小走りに引き返していく。少し手前にトイレの表示があったのを、クリスは思い出した。

「お姉さん、どこいったの?」

「すぐ帰ってくるよ」

 不思議そうな店番の青年に答えたクリスは、『ブルームーン』のタイトルに惹かれて手を伸ばした。プラスチック・プレートの中の夜空に浮かぶ月は金色で、青くはない。なのにブルームーンなのは何故だろうと少し不思議に思う。

 プレートをひっくり返すと、曲や演奏者の解説と一緒に、歌詞が書いてあった。


  ブルームーン

  あなたは一人でたたずむ私を見ていた

  この胸には夢もなく、愛する人もいない


 まるで自分のことみたいだ、と言い当てられたようでどきりとして、クリスはプレートを棚に戻す。

 次に手に取ったのは。覚えのあるタイトルのプレート。

 ビロードのような濃紺を背景に、いかにも安っぽくて作りものめいた三日月に腰掛けた、口ひげの男と金髪の少女の写真。少女はクリスより少し幼く見えた。

「『ペーパームーン』だね?」

 青年がめざとくクリスに話しかけてきた。

「その写真、映画のポスターなんだよ」

「映画?」

「そう、大昔のね。それは映画のポスターだけど、他のは音楽メディアのジャケットも多いんだ。プレートの右端のスイッチを押すと曲の試聴ができるし、曲の解説や歌詞なんかはプレートの裏に載ってるから、興味があったらどうぞ」

 裏面の小さなスクリーンには、歌詞や解説と一緒に映画『ペーパームーン』のストーリーも紹介されていた。

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