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緑の冠【改訂版】  作者: 黒木露火
最終章 ブルー・ムーン
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「自分の子どもを嫌う親は、残念だけど、います。あなたのお母さんがそうだったかどうかはわからないけど。でも、思春期までは子どもが親を嫌うことはないのね。虐待されている子どもたちが、自分を傷つける親を他人に対しては庇ったりするのはどうしてだと思う? 彼らは好きなのよ。自分のお父さんやお母さんが。例え、自分を殺すほど傷つける可能性があるとしても」

 育ちの良さそうな、のんきな人の良さをいつも漂わせていたセイラが、一瞬厳しい横顔を見せたが、クリスの視線に気づいて、安心させるように微笑む。

「あなたの場合、ちょっと早めの思春期突入してるみたいだから、そういう思考回路になっちゃったみたいだけど、認めてもいいのよ。お母さんがあなたのことをどう思っていたとしても、見返りも何もなくても、あなたはお母さんのことが好きだったこと」

「そうなの……?」

 だったら、泣いてもよかったの?

 気が抜けたような気分になって、クリスは今まで自分が泣くのを我慢していただけなのに気づく。

 ユージンに対しても、嫌われてもいいと思ってた。どうせそうなるんだからと。

 それは結局、嫌われたくないという気持ちの強い裏返しで、最悪のパターンだけ考えて備えて賢いふりをしている、ただのバカな子ども――自分の本当の気持ちから目を逸らし、自分に嘘ばかりついている――それが自分だったのだ。

「でも、もう手遅れなんだね。もうオレには誰もいなんだ……」

 これから行く場所にも、どこにも、自分を待つ人間はいない。そのことが、急に悲しくて寂しくて仕方なくなってくる。

 また涙が出そうになってきた。

「ねえ、オーロラの出る季節はいつか知ってる?」

 急に話を切り替えられて、クリスはめんくらった。セイラの視線はスクリーンの上にあった。

「冬、でしょう?」

 北半球でも南半球でも、オーロラが出現する季節は冬と決まっている。

「ハズレよ。オーロラは一年中出てるの」

 セイラの得意げな顔に、出そうになっていた涙が止まる。

 北緯、南緯それぞれ六〇度から七〇度の地点に存在する、オーロラオーバルと呼ばれる王冠型のベルト地帯に向けて、太陽風のプラズマ粒子が高速で落下。大気中の空気の粒子と衝突し、励起状態になった空気の粒子が元に戻るときに発光するのが、極光(オーロラ)と呼ばれる現象である。

 太陽風は常に吹いている。地球上の磁界も変わるわけではない。それならばオーロラは一年中存在していることになる。

「オーロラが見えるのは冬だけだけど、本当はいつでも輝いてるの。明るすぎる光に消されて見えないだけ」

 高緯度地域の夏は、白夜に包まれる。だから夏のオーロラは見ることができないのだ。

 凍える冬の長い夜に見えるオーロラは、その季節を耐えて越えていく生き物たちへの地球からの贈り物なのかもしれない。

「オーロラは、人の上にもあるのよ。そりゃあ、太陽みたいに強い『愛』に比べたらささやかな光だけど、いつでも私たちの上にあるの。他の人からの、ちょっとした好意、思いやり、そんな優しいものが」

「例えば、あの家の人たちとか?」

「私のことも忘れないでよ」

 セイラが笑うのに、クリスもつられる。

「だから、誰もいないなんて言わないで。それがどんなに幽かでも、見えなくても、あなたの上にいつも輝いてる光もあるのよ」

 気がつくと、スクリーンの中の北半球は、淡くなってきた緑の冠を戴いたまま、やがて来る朝を待っている。あと数時間もすれば、オーロラの儚い光は朝日の中に消えてしまうのだろう。

「ねえ、お腹減らない?」

 まったく普通の調子で、セイラが言う。

「……うん」

 そのさりげなさがありがたくて、また涙が出そうになる。

「ツナサンドがおいしい店があるの。中に入ってる、軽くピクルスしたキュウリの加減がちょうどよくて。ランチにはアイスクリームもついてくるの。食べに行かない?」

「うん」

「顔、洗ってらっしゃい。ここで待ってるから」

 クリスはベンチから立ち上がった。

 こちらを見ていたさっきの警備員と目があうと、彼はにっこりと笑った。その笑い方が少しトーマスに似ていて切なくなったけれど、クリスも笑ってみた。

 洗面所の鏡に映った顔はぐちゃぐちゃだった。でも、自分でも見たことがない表情に見えた。

 鏡に向かって、にっと笑ってみる。

 大丈夫。

 声に出して言ってみる。

「もう、大丈夫」

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