二
「うん。好きじゃなかったよ、お互いさまだったんだろうけど。どうせオレ、あの人には好かれてなかったしね。死んで腹が立つって、嫌いだったってことじゃないの? 本当に好きだったら、もっとちゃんと悲しいものなんじゃないの?」
母親のことは、殺そうと思ったことはないにしても、どこかにいなくなってくれたらと何度も考えたし、もし大人になって一人で生きていけるようになったら、二度と彼女と連絡をとることはないだろうと思っていた。その機会が思ったより早くやってきて、驚いてはいても、悲しんだりはしていない。
向こうだってこっちのことを、産んでしまったから仕方ないくらいのもので、もしも死んだのが自分のほうでも、彼女もやはり泣きはしなかったのではないかとクリスは思うのだ。
「……なんか違う気がするのよね。好かれてなかったからって、嫌いになる理由にはならないでしょ? 人を嫌いになるのには、もっとはっきりした理由があるものじゃないかしら」
「それは、そうかもしれないけど……」
言われて、考えてみようとする。嫌いなところはたくさんあったはずなのに、ごちゃごちゃした細かい欠片のような記憶ばかりで、それをわざわざ並べたてるのは億劫に感じられた。
「誰かを嫌いになるのって、小さなことが積み重なって、いつかドカーンといくもんじゃないの?」
「普通はね、嫌いな人が死んでも、腹は立たないものなのよ。喜ぶことはあっても」
思いもかけず、毒を含んだセイラの口調に驚いて彼女を見ると、こちらを見返してにこりと笑った。
「お母さんが亡くなって喜んでるわけじゃないでしょ、あなた」
「そりゃ、喜んではいないけど……」
「だったら、あなたは、お母さんのことが好きだったのよ」
「じゃあ、なんでこんなに腹が立つんだよ?」
父親への復讐なんて八つ当たりを考えつくほどに。
「母さんにでなければ、オレは誰に対して腹を立ててるの? 母さんが死んだ事故の加害者? そいつだってもう死んでるんだよ。死んでしまった他人なんてどうでもいい。腹なんか立たないよ。だったら、誰? オレは誰に怒ってるの? セイラさん、知ってるなら教えてよ」
思い当たる人間がいない。見えない。
ぼんやりとした霧のような核のない苛立ちが、目の前に広がっているようだ。
クリスに返す言葉がないのか、セイラは黙った。
結局、セイラも口先だけの、ただのバカな大人だったのだ。
どうせ期待などしていなかった。
軽い失望を感じながら顔をあげると、中空の地球には、変わらず緑のオーロラが輝いていた。
スクリーンの前で他の旅客たちは足を止める。しばらくして、夢から覚めたような表情でまたどこかに立ち去っていく。
「運命の、不条理さ、ってやつかしら」
不意に聞こえてきた言葉が、頭の中でぱちんと音を立てた。パズルのピースがはまった気がした。
最初から知っていたのに、忘れてしまったもどかしい何かを再び思い出したように、自分が一瞬で納得してしまったことに驚いた。
セイラは反論できなかったのではなく、ずっと考えていたのだ。
彼女のほうを見ると、重大発見をした直後の科学者のような面持ちをしている。
「クリス、あなたが怒ってるのは、運命の不条理さに対してよ。特定の誰かに対してじゃない。もちろん、お母さんに対してでもない」
ユージンは、理不尽という言葉を使っていた。望まなくても、納得してもできなくても、そういうことはありふれているのだと。




