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緑の冠【改訂版】  作者: 黒木露火
最終章 ブルー・ムーン
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 ラグランジェ国際宇宙港に入ると、宙に映し出された地球が出迎えた。一昨日、月行きのシャトルを待つ間にセイラと一緒に見たのと同じもの。

 しかし、黒い空間にぽつんと浮かぶ青白のビー玉の上には、美しい緑色の宝冠が輝いていた。

 北極を中心にして、大きさは地球の直径の三分の一弱くらい。環状のオーロラが、無音のスクリーンの中で生き物のようにゆっくりと形を変えていく。

 オーロラの緑は酸素が発光しているのだ。上部を淡く紅色に染めるのもまた酸素。底部のところどころにピンクダイヤのように光るのは窒素。

「オーロラ・ブレークアップね。こんなすごいのは初めて見たわ」

 セイラが立ち止まる。

 クリスは母親の遺品の中にあったティアラを思い出した。安物の模造宝石で出来た、キラキラしてるだけの処分済みジャンク。今はもうない。

「まるで、地球が緑の冠を被ってるみたい」

「オレも同じこと考えてた。母さんのティアラみたいだって」

 あの人はこんなふうにきれいなものが好きだったから。

 急に、ここのところ何度も感じていた胸の痛みが一気に押し寄せてきて、息苦しさににめまいがする。

「大丈夫、クリス?」

 気遣うようなセイラの声で、我に返る。頬が熱くてかゆい。何かがついてるのをセイラが知らせてくれているのかと手をやると、指が透明な液体で濡れた。

 ああ、涙だ。

 そう思ったら、周りの景色が歪むほどあふれてきた。通路を行き交う人が、いぶかしげに自分とセイラを見比べる。

「どうしたの?」

「わかんない……」

 セイラが貸してくれたハンカチで押さえながら首を横にふる。目が熱くて、涙はなかなか止まらない。

「どこかに座ろうか」

 泣きながらうなずくと、クリスの腕をとって近くのベンチまで誘導してくれた。

 自分でも何で泣いているのかわからないし、どうやったら止まるのかもわからない。

 ベンチに座ると、セイラは黙ってクリスの背中に手を当てた。手のひらの熱が丸く感じられて、クリスは少し落ち着いてきた。

 靴音が一つ近づいてきて、声を掛けられる。

「何かお困りですか? 急病でしたら、診療所までご案内しますよ」

 親子やきょうだいには見えない若い女と泣いている子どもを不審に思ったのだろう。制服を着た、若い警備員の男性だった。

 セイラが端末で身分証を見せ、簡単に事情を説明する。母親が死んで泣いている、などとセイラが説明しなかったのは幸いだった。

「悲しい?」

 納得した靴音がまた遠ざかった後、セイラが尋ねる。なかなか泣きやまないクリスに困っているだろうに、セイラの声は変わらず穏やかだった。

「ううん。悲しいわけじゃなくて、ただ涙が止まらないの」

 負け惜しみや苦しい言い訳に聞こえそうだが、事実そうなのだ。クリスには原因がわからない。

「お母さんが亡くなって、悲しいからじゃないの?」

 言われると思った。

 だが、言われるほうを妙に苛立たせるいたわりや同情のようなものが、セイラの言葉には含まれていなかったので、安堵する。

「そのことなら、腹は立ったけど、悲しくはなかったよ。今まで全然泣かなかったし」

 そもそも母親が死んで、悲しいと思ったことは一度もないのだ。もちろん今も。

 もう二度と会えないのが辛いわけでも、さびしいわけでも、悲しいわけでもない。

 親に死なれた自分が可哀想なわけでもない。

 身体のどこかが痛いわけでもない。

 なのに、どうして、なんのために自分が泣くのか、わからない。

「腹が立ったの。それはどうして?」

「よくわかんない。たぶん、母さんのこと、嫌いだったからじゃないかな」

「そうかしら。あなた、本当にお母さんのこと、嫌いだった?」

 他の誰かが同じことを言ったなら、きっとむかついていただろう。

 セイラの言い方は、ただ事実を確認しようとしているだけのような冷静さが感じられる。だからクリスも、自分でもわけのわからないこの涙の理由を確認しようという気になる。

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