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緑の冠【改訂版】  作者: 黒木露火
第六章 バット、ノット・フォー・ミー
52/67

一〇

「クリス、彼を連れていったのって、ほんとに警察だった?」

「多分……」

 刑事ドラマで見るシーンにそっくりだったのだから。

「罪状と権利の読み上げ、やってた?」

「え……いや、やってなかったと思う、けど……」

「急に仕事入ったみたいだね、彼」

 平穏なトーマスの口調に安心して、クリスは床にへたりこんだ。

「でも、今日は帰れないって。どうしよう……」

「本人は一四時までには絶対帰るって言ってるけど、メッセージで」

「でも、連れていった人が……」

「本人は何て言ってた?」

「一四時までには帰るって、言ってたけど……」

「じゃあ、信じていいと思うよ」

 トーマスはクリスに近づいてきて、しゃがみこんだ。クリスの持っていたパンの袋を取り上げ、顔を寄せる。

「いい匂い。着替えてくるから、少し待っててね。朝ご飯にしよう」

 クリスは座り込んだまま、うなずいた。

 いつものようにシャツとジャケットに着替えてきたトーマスは、買ってきた丸いパンにチーズやハムや卵を挟んでサンドイッチを作ってくれた。まぶしてある芥子の実やゴマが香ばしい。

「なんでそんな勘違いしちゃったのかわかんないけど、よっぽど人相が悪かったんだろうね、迎えに来た人たち」

 トーマスは笑った。

 ウイルスを通報したことを言わずに済んで、クリスはほっとする。

「こんなこと、よくあるの?」

 逮捕が自分の勘違いだとわかったクリスは、恥ずかしさから、少し怒ったような口調になる。

「ないよ。仕事でいちいち拉致だの連行だのされてたら、やってられないじゃない」

「それもそうだよね。彼、どこに行ったの?」

「多分、〈庭〉のどこかだよ。あそこは建物の入り口で端末を預けてしまうから、仕事が終わるまでは連絡はとれないだろうね。ところで、まだ入る?」

 目の前にベーグルを片眼鏡のようにつまみあげたトーマスが、クリスに尋ねる。

「ううん。無理」

「一番食べる人がいないから、余っちゃうね」

 食事を先に終えたトーマスは、二人とも手をつけなかったベーグルを保存容器に入れて戸棚に仕舞った。

「ところでクリス、ユージンが帰ってくるまで、僕の部屋にいる? 仕事中は構ってあげられないけど」

「大丈夫だよ。猫と遊ぶか、ゲームでもしてるから」

 クリスはやっとサンドイッチを食べ終え、今度はカップにまだ半分以上残っているココアに口をつける。

 トーマスは空いた皿をまとめて食器洗浄機にセットした。残っているのは、クリスのココアのカップだけ。

「飲み終わったら、そのカップまで入れて、このスイッチを押してね。僕は仕事するから。何かあったら、手前のほうの部屋に来て」

「うん。わかった」

「今度は部屋、間違えないでね」

「わかったってば。トーマスさんの意地悪!」

 殴るまねをするクリスの拳を、やはりまねで受けとめながら、トーマスはダイニングを出ていった。

 今日は一四時まで、何をしよう。

 猫部屋にずっといたら、少しは猫たちもクリスに慣れてくれるだろうか?

「鑑定結果、いつ出るのかな」

 ほぼ間違いなく親子だと思っていても、一抹の不安はある。

 クリスは早く安心したかった。

「あれ? 端末……?」

 ちょうどココアを飲み終え、カップをカウンターに載せたとき、シルバーメタリックの端末が置いてあるのに気がついた。トーマスのものだ。

「置きっぱなしで行っちゃったのか」

 二階を見上げる。

「持っていこうかな」

 呟いたクリスの耳に、メッセージの着信を知らせるアラームが、トーマスのと自分のものと、二つ重なって聞こえた。

 早速、自分の端末で確認する。

「……うそ」

 クリスの手から、青い端末が転がり落ちた。

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