一〇
「クリス、彼を連れていったのって、ほんとに警察だった?」
「多分……」
刑事ドラマで見るシーンにそっくりだったのだから。
「罪状と権利の読み上げ、やってた?」
「え……いや、やってなかったと思う、けど……」
「急に仕事入ったみたいだね、彼」
平穏なトーマスの口調に安心して、クリスは床にへたりこんだ。
「でも、今日は帰れないって。どうしよう……」
「本人は一四時までには絶対帰るって言ってるけど、メッセージで」
「でも、連れていった人が……」
「本人は何て言ってた?」
「一四時までには帰るって、言ってたけど……」
「じゃあ、信じていいと思うよ」
トーマスはクリスに近づいてきて、しゃがみこんだ。クリスの持っていたパンの袋を取り上げ、顔を寄せる。
「いい匂い。着替えてくるから、少し待っててね。朝ご飯にしよう」
クリスは座り込んだまま、うなずいた。
いつものようにシャツとジャケットに着替えてきたトーマスは、買ってきた丸いパンにチーズやハムや卵を挟んでサンドイッチを作ってくれた。まぶしてある芥子の実やゴマが香ばしい。
「なんでそんな勘違いしちゃったのかわかんないけど、よっぽど人相が悪かったんだろうね、迎えに来た人たち」
トーマスは笑った。
ウイルスを通報したことを言わずに済んで、クリスはほっとする。
「こんなこと、よくあるの?」
逮捕が自分の勘違いだとわかったクリスは、恥ずかしさから、少し怒ったような口調になる。
「ないよ。仕事でいちいち拉致だの連行だのされてたら、やってられないじゃない」
「それもそうだよね。彼、どこに行ったの?」
「多分、〈庭〉のどこかだよ。あそこは建物の入り口で端末を預けてしまうから、仕事が終わるまでは連絡はとれないだろうね。ところで、まだ入る?」
目の前にベーグルを片眼鏡のようにつまみあげたトーマスが、クリスに尋ねる。
「ううん。無理」
「一番食べる人がいないから、余っちゃうね」
食事を先に終えたトーマスは、二人とも手をつけなかったベーグルを保存容器に入れて戸棚に仕舞った。
「ところでクリス、ユージンが帰ってくるまで、僕の部屋にいる? 仕事中は構ってあげられないけど」
「大丈夫だよ。猫と遊ぶか、ゲームでもしてるから」
クリスはやっとサンドイッチを食べ終え、今度はカップにまだ半分以上残っているココアに口をつける。
トーマスは空いた皿をまとめて食器洗浄機にセットした。残っているのは、クリスのココアのカップだけ。
「飲み終わったら、そのカップまで入れて、このスイッチを押してね。僕は仕事するから。何かあったら、手前のほうの部屋に来て」
「うん。わかった」
「今度は部屋、間違えないでね」
「わかったってば。トーマスさんの意地悪!」
殴るまねをするクリスの拳を、やはりまねで受けとめながら、トーマスはダイニングを出ていった。
今日は一四時まで、何をしよう。
猫部屋にずっといたら、少しは猫たちもクリスに慣れてくれるだろうか?
「鑑定結果、いつ出るのかな」
ほぼ間違いなく親子だと思っていても、一抹の不安はある。
クリスは早く安心したかった。
「あれ? 端末……?」
ちょうどココアを飲み終え、カップをカウンターに載せたとき、シルバーメタリックの端末が置いてあるのに気がついた。トーマスのものだ。
「置きっぱなしで行っちゃったのか」
二階を見上げる。
「持っていこうかな」
呟いたクリスの耳に、メッセージの着信を知らせるアラームが、トーマスのと自分のものと、二つ重なって聞こえた。
早速、自分の端末で確認する。
「……うそ」
クリスの手から、青い端末が転がり落ちた。




