八
夕食は、昼食の残りの唐揚げを転用した油淋鶏がメインの和食だった。
聞くと、ユージンの以前の職場の先輩が日系人で、その人に仕込まれたらしい。和食の日も少なくないということだった。
「僕も箸の使い方が上手くなっちゃってね」
と、トーマスも見事な箸さばきを見せるが、クリスは途中で諦めて、スプーンとフォークに切り替えた。
夕食の後片づけを済ませたユージンが、自分と一緒に二階に行くようにとクリスに声をかけた。トーマスは読みかけの本があるからと早々に自室に引っ込んだ後だった。クリスは暇を持て余しながらも、なんとなくソファでごろごろしていた。
ついていくと、昨日の夜に寝る予定だった部屋で、クリーニング済みのベッドマットの上に、リネン類が山盛りに置かれていた。
「『自分のことは自分する』ってのがうちの方針だから、できることは自分でしろよ」
普段やっていたことだから手間でもない。手早くベッドメイクを済ますと、ドアの前で見ていたユージンが「慣れたもんだなー。俺んとこもやってもらうか」と感心したように言う。
ぼけっと突っ立って見てたんなら、手伝ってくれればいいのに。
ていうか、『自分のことは自分でしましょう』って今言ってなかったか、あんた?
トーマスの日ごろの苦労がしのばれる。
「疲れてるなら、早めに寝てもいいぞ」
「そうだね……」
言われると、瞼が重いような気がする。
「歯を磨いてからな」
言って出て行きかけたユージンが、途中で戻ってきた。
「ああそうだ。寝るとき明りは……」
「はいはい。ちゃんと消しとく」
一日でもうこの家にも慣れた。昨夜の幽霊の話も、ユージンの出まかせだったのだろうと判断して、もう平気だ。
「いや、つけといたままでもいいよ」
クリスは、怪訝な顔でユージンを見る。
「実は俺、暗いところで眠れないんだよ。トーマス君にはよく『子どもですか』って怒られるんだけど、別に明りくらいいいじゃないか。ねえ?」
同意を求められても困る。
暗い部屋では怖くて眠れない、お子様仲間がほしいだけなのか?
「でも、昨夜は部屋、暗かったじゃない?」
クリスが寝入ってから、トーマスが明りを消していったのだろう。ユージンが帰ってきたときには、部屋は暗かった。そのままベッドにもぐりこんできた彼は、明りをつけることはなかった。
「うん。だから一人で寝るときだけ」
「……子ども?」
思わず突っ込んでしまう。
「くそう。本物の子どもにまで子ども扱いされるとは」
言葉とは裏腹に、ユージンは嬉しそうにクリスの髪をくしゃっとかき混ぜた。
そして、おやすみを言うと、部屋から出て行った。
「変な人……」
乱れた髪を手で整えながら、クリスは呟く。
ユージンはあまり大人らしくない。
自分より年下のトーマスに怒られてもなんだか嬉しそうだし、クリスにまで子ども扱いされても怒らない。大人としてのプライドはないのだろうかと思う。クリスの母親や他の普通の大人だったら、子どもに舐められたと激怒しているところだろう。
とはいえ、トーマスくらいしっかりした大人の男の人だったら、ユージンでなくても怒られてしまうかもしれないのだが。
「まあいいや。寝よ」
洗面所で歯を磨き、部屋でパジャマに着替えてベッドに潜り込み、一瞬躊躇った後、明かりを消した。しかし、部屋になれないせいか寝付きが悪い。しばらく何度か寝がえりを繰り返したあと、明かりをつけて起きあがる。
のどが渇いていた。
キッチンで水を飲み、部屋に戻る途中、猫部屋から猫が出てきた。ドアが少し開いていて、暗い部屋の中で緑色や赤に光る瞳がこちらを向く。
出てきた猫は白黒のボイシー。一度立ち止まってクリスを振り返り、左隣のユージンの部屋に入っていった。
ドアの中に滑り込むしっぽにつられて、隙間から中をのぞき込むと、明かりをつけたままユージンが眠っていた。
ボイシーがベッドの上にあがって枕元に行くと、ユージンが目を閉じたままふとんを持ち上げる。猫は当然のように中に潜り込む。布越しにかたまりがもこもこと動いて、彼の足の間で落ち着いた。
起きているにしても、寝ぼけているにしても、よく躾られているものだ。猫に。
半ば呆れ、半ば感心していると、
「おいで」
目を閉じてふとんを持ち上げたまま、ユージンが寝言のように呟いた。
ふとんの端に陣取った白とグレー――タマラとフレディの二匹以外、他に猫は見あたらないが、その二匹は呼ばれても動く気配はない。
やっぱり寝ぼけてるのかな?
面白いのでそのまま見ていると、
「おいで。クリス」
今度は名前を呼ばれた。
部屋の中に入って、ユージンの隣に潜り込む。ふとんの上にいた二匹は迷惑そうな顔で、ベッドから飛び降りて出ていく。
ふとんを持ち上げていた彼の腕は、当然のようにクリスの首の下に回されて抱き寄せられる。慣れてる感じがして少し意外だったが、どうせ彼は独身なんだし、母親以外につきあった相手がいてもおかしくはない。
そんなことより、身体が温まるにつれて増してきた眠気に意識をゆだねるほうが心地よかった。




