七
「あの、言っておかなきゃいけないことがあるんだけど」
予告通り一階に拉致され、ダイニングテーブルでネギをハサミで切っていたクリスは、重要なことを思い出して、切り出した。
「何?」
キッチンで野菜を刻むユージンは、手も止めずに応答する。
「実は、メッセージの削除ファイルを復元した中に、オリジナルのウイルスらしいものがあったんで、警察にファイル添付した通報メッセージ送っちゃったんだけど……大丈夫?」
「メッセージのタイトルは?」
「ラブレター・フォー・ユー」
げっという潰されるカエルのような声を出して、手を止めたユージンがクリスを向く。笑おうとして失敗したような、少しひきつった顔をしていた。
「……ファイル、開いた?」
「ううん。だってウイルスだと思ったから」
「いや、あれはウイルスを偽装した、単なるいたずらファイルだったんだけど。そうか警察に送っちゃったか……」
「ごめんなさい。やっぱり困るよね?」
「いや、困りはしない。というか、そもそもウイルスじゃないから問題にはならないとは思う。最悪、バカないたずらすんなって説教食らうくらいかな。にしても、あれが残ってたか……」
恥ずかしそうなのが不可解ではあるものの、大したことはなさそうでクリスは安心する。
「終わったよ」
細かく切り終わったネギの入ったカップを、カウンター越しにユージンに渡すと、
「トーマス君に、晩飯はあと二〇分くらいって伝えて」
と頼まれる。「内線でもいいけど」とも言われたが、直接行くことにした。
教えられた通り、二階の右側、手前のドアをノックする。
「誰?」
中から声がした。
「オレ……クリスです」
「どうぞ」
許可を受けてドアを開けると、どっしりした木製のデスクの向こうにトーマスがいた。机の上にはモニターと、他には擦り切れかけた本がたくさん積み重ねられている。何となく圧迫感を感じて、見回すと、部屋の両側の本棚も同じように古びた本で埋め尽くされている。
「何か用だった?」
キーボードを叩きながらトーマスが聞く。
「夜ご飯、あと二〇分くらいだって」
「ありがとう。僕ももう少しで終わるからって、ユージンに伝えておいて」
トーマスは打鍵を続ける。クリスが立ち去らないのに気づき、手を止めた。
「どうしたの?」
「あのね、トーマスさん」
「何?」というように、トーマスが首をかしげる。
「オレ、ずっとここにいてもいいんだって」
にこにこしながら言うクリスにつられるように、トーマスも微笑む。
「よかったね」
「うん!」
戸口で「また後でね」と手を振って、クリスは元気よくトーマスの書斎を出て行った。
「一体、どんな魔法を使ったんだろうね、あの人は」
嬉しくて、誰かに言わずにはいられない。そんなクリスの様子を思い出し、トーマスはもう一度微笑む。そして、早く温かい食事にありつくべく、再びキーボードを叩き始めた。




