六
「……どっちもイヤ」
クリスは首を横に振る。
許したくない。だけど、殺したくもない。
「わがままなお子様だなあ」
呆れたように、ユージンが苦笑する。
「復讐したいんだろ? 気分がすっきりするかもしれないぞ。警察には事故だって言い張れば大丈夫だし」
さあ、と銃がクリスに突きつけられる。銃口は突きつけた本人に向けられているのだが。
「死んじゃうよ……」
「その弾は貫通するから、簡単には死なない。頭と心臓外して、すぐに救急車呼んでくれたら大丈夫だから」
「だって、撃たれたら痛いよ」
「お前だって痛かったんだろ、今まで。復讐なんて考えるくらいなんだから」
ユージンはクリスを見つめていた。生真面目に、ひたむきに。
クリスは、月に来てから何度も感じていた胸の痛みをまた感じた。今度はあまりにも痛くて、息が詰まり、涙がにじむ。
胸に手を当て、言葉もなく、ユージンを見つめ返す。
クリスがやろうとしていたことは、直接に肉体を傷つけることはない。だが、違うものを傷つけようとしていた。
心や目に見えないものなら血を流さない。傷つけても罪に問われることはまずないし、罪悪感も感じず平気だろうと考えていた。
どちらも同じことだった。
銃を手に取ることができないクリスは、もうどんな方法でもユージンを傷つけたいと思わない。
誰かを打てば手が痛むように、誰かの心を傷つければこちらの心も痛む。そんなありふれた善良さを自分が持っていたことに、クリスは今更ながら気づいたのだ。
「やだ。そんなこと、したくない……」
クリスは必死にかぶりを振りながら、クローゼットの隅に縮まり、できるだけ銃から遠ざかろうとする。
ユージンは諦めたのか、銃をスーツケースに放り込んで蓋を閉めた。横倒しのスーツケースはもうクリスを隠さない。それでも、クリスは銃が見えなくなってほっとした。
「じゃあ、どうする? どうしたい?」
「……わかんないよ」
ここに来た目的は失われた。何のために今ここにいるのか、わからない。
けれど、クリスは途方に暮れつつも安堵していた。
もう、恨んだり、憎んだりしなくてもよいということに。
「ねえ、あんたはどうしたいの? オレのこと、どうするの?」
「そうだな……」
気になって聞いてみると、ユージンが思案するように腕を組む。
この家から追い出される程度ですめばよいが、場合によっては警察への通報も免れまい。未遂なので、あまり深刻なことにはならないだろうことが救いだ。
ただ、自分で引き起こしたこととはいえ、トーマスにこのことが知られるのは、少し辛かった。
「とりあえず、夕食の用意を手伝ってもらおうか」
「え? ああ……うん。わかった」
意外ではあったものの、子ども相手の罰ならこれくらいが妥当だと思われているのかもしれないと気が抜ける。そのせいか、それとも何時間かぶりに立ち上がろうとしたせいか、クリスはよろめいた。それを慌ててユージンが膝立ちのまま抱きとめる。
「あ、ありがと」
礼を言って身を離そうとするクリスの背に、ユージンの腕が回った。
「それから、晩飯も食べるんだ。みんなで」
腹は減っているので、クリスとしてはそれはありがたい。
「ありがとう。助かるよ。お腹減っちゃって……」
「明日の朝食も、昼食も、夕食も、一緒に食べよう。明後日も、その先もずっと」
「……え?」
驚いて顔を上げようとしたところを、強く抱き寄せられる。
「鑑定なんかどうでもいい。お前に行くべき場所ができるまで、ここにいてくれ。それが俺の願いだ、クリス」
「……どうして?」
ユージンの肩に頭をつけたまま、クリスは尋ねる。
「誰かを幸せにすることが、まだ俺にもできると思いたいんだ。お前のためじゃなくて、俺自身のために」
「オレのためじゃなくて……?」
「そう。俺がやりたくてやること。だから、お前は遠慮なんかせずに、ここにいていいんだよ」
ユージンに必要なのは、友だちではなくて家族なのだ、とトーマスは言った。確かに、友だちは幸せにするというようなものではない。そういう意味では、クリスはユージンに必要とされているのかもしれない。
こんなことを言ってもらえるのも、血のつながった家族だと思えばこそだろう。そうでなければ、クリスなど取るに足りないクソガキでしかない。
「うん。わかった」
ユージンの背中におずおずと手をまわしながら、クリスはこの幸運に感謝する。
母親が選んだ男が彼だったことを。
そして、巡り合えたことを。




