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緑の冠【改訂版】  作者: 黒木露火
第六章 バット、ノット・フォー・ミー
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「ええと、本文は……」

――いつもは照れくさくて言えない言葉だけど、音声ファイルにしてみたので聞いてみてください。

 送付先を見て驚いた。一人や二人ではない。

「やっぱり、タラシか。タラシなんだな!」

 買い物に行ったときの、父親の――ということはクリスにとっては祖父に当たるのだろうが――女癖が悪いと告白したときの、あの憂鬱そうなそぶりは何だったのだろう?

 忌々しく思いつつ、送付先を数えてみる。

「二十四人? しかも、男も女も関係ないのか。節操なさすぎだよ。 ……や、いくらなんでも数が多すぎる、ような……?」

 もしかしてという予感が、添付ファイルをそのまま開くのを止めさせた。

 解析ツールを使ってみる。浮かび上がってきたその構造は、自己プログラムの複製、複製したファイルの偽装、ファイルの書き換え……。

「ウイルスか」

 メッセージで拡散するタイプにしては、感染源の受信メッセージは見あたらない。ということは、ユージンがウイルスの制作者ということも考えられる。

「にしても、変だな」

 ウイルスチェッカーにかけてみるが、ひっかからないのだ。

 疑問はあったが、ウイルスとして警察にそのメッセージを転送し通報することにした。被害状況にもよるだろうが、何らかの処罰を食らうことは間違いない。

 メッセージは全て削除して、元の状態に戻して置いた。これでユージンには気づかれない。

 警察のツールならかなり前のデータでも復元できるというから、問題ないだろう。

 一矢報いたようで、クリスは機嫌よく次の作業にかかる。

 バッグの中からゲーム機を取り出すと、昨日の続きを開始する。が、何分経ってもパスワードは破れない。昨夜のうちに採集しておいたキーワードを使っても、やはりだめだった。

「くそ」

 ゲーム機を握ったままソファに寝ころぶと、天井が見えた。

 この真上はユージンの部屋だ。クローゼットの中にひっそりと置かれた黒いスーツケースを思い出す。あの中には何かあるのかもしれない。なにしろ六桁もある数字錠がついているのだから。

「鍵つきってことはなんかあるんだよな、きっと」

 天井を見つめたまま、クリスは立ち上がった。

 二階の猫部屋の前を通るときは、ドアも閉まっているのに、なんとなく息も止め、足音も忍ばせた。

 ユージンの部屋のクローゼットを開くと、目当ての黒いスーツケースは朝と同じく、隅にひっそりと置かれていた。

 服をかき分け、中に入る。万が一扉を開けられても見えないように、長めのコートを何枚か、自分の姿が隠れるように配置してしゃがみこむ。折り戸になっている扉を内側から閉めると、真っ暗になった。

 端末のライトを頼りに、スーツケースを調べてみる。数字錠は端末とはリンクできない方式で、持ってきたゲーム機も役には立たない。

 となると、あとは総当たりで数字を入れていくしかない。開く望みは薄いが、他に方法もない。

 クローゼットに入り込んだまま、000000から始めて、000253まで試したとき、ドアの開く音がした。続いて、錠の下りる音もする。

 この部屋に入ってくるのは、一人しか思い当たらない。

 ――ユージン……。

 靴音が近づいて、止まった。

 クリスは息を殺す。暗闇の中では心臓が脈打つ音が拡大して思える。そんなことはあるわけないのに、外に漏れ聞こえそうで、また更にドキドキする。

 じっとしていれば、見つからないはずだ。だって扉は閉めてあるんだから。見えないんだから。

 きっと、ベッドに寝に来ただけに決まってる。あの人、三〇秒もすれば寝つくから、それから出ていけばきっとバレはしな……。

「そこで何してるんだ、クリス?」

 扉の外から、苛立たしげなユージンの声が聞こえた。

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