三
「ええと、本文は……」
――いつもは照れくさくて言えない言葉だけど、音声ファイルにしてみたので聞いてみてください。
送付先を見て驚いた。一人や二人ではない。
「やっぱり、タラシか。タラシなんだな!」
買い物に行ったときの、父親の――ということはクリスにとっては祖父に当たるのだろうが――女癖が悪いと告白したときの、あの憂鬱そうなそぶりは何だったのだろう?
忌々しく思いつつ、送付先を数えてみる。
「二十四人? しかも、男も女も関係ないのか。節操なさすぎだよ。 ……や、いくらなんでも数が多すぎる、ような……?」
もしかしてという予感が、添付ファイルをそのまま開くのを止めさせた。
解析ツールを使ってみる。浮かび上がってきたその構造は、自己プログラムの複製、複製したファイルの偽装、ファイルの書き換え……。
「ウイルスか」
メッセージで拡散するタイプにしては、感染源の受信メッセージは見あたらない。ということは、ユージンがウイルスの制作者ということも考えられる。
「にしても、変だな」
ウイルスチェッカーにかけてみるが、ひっかからないのだ。
疑問はあったが、ウイルスとして警察にそのメッセージを転送し通報することにした。被害状況にもよるだろうが、何らかの処罰を食らうことは間違いない。
メッセージは全て削除して、元の状態に戻して置いた。これでユージンには気づかれない。
警察のツールならかなり前のデータでも復元できるというから、問題ないだろう。
一矢報いたようで、クリスは機嫌よく次の作業にかかる。
バッグの中からゲーム機を取り出すと、昨日の続きを開始する。が、何分経ってもパスワードは破れない。昨夜のうちに採集しておいたキーワードを使っても、やはりだめだった。
「くそ」
ゲーム機を握ったままソファに寝ころぶと、天井が見えた。
この真上はユージンの部屋だ。クローゼットの中にひっそりと置かれた黒いスーツケースを思い出す。あの中には何かあるのかもしれない。なにしろ六桁もある数字錠がついているのだから。
「鍵つきってことはなんかあるんだよな、きっと」
天井を見つめたまま、クリスは立ち上がった。
二階の猫部屋の前を通るときは、ドアも閉まっているのに、なんとなく息も止め、足音も忍ばせた。
ユージンの部屋のクローゼットを開くと、目当ての黒いスーツケースは朝と同じく、隅にひっそりと置かれていた。
服をかき分け、中に入る。万が一扉を開けられても見えないように、長めのコートを何枚か、自分の姿が隠れるように配置してしゃがみこむ。折り戸になっている扉を内側から閉めると、真っ暗になった。
端末のライトを頼りに、スーツケースを調べてみる。数字錠は端末とはリンクできない方式で、持ってきたゲーム機も役には立たない。
となると、あとは総当たりで数字を入れていくしかない。開く望みは薄いが、他に方法もない。
クローゼットに入り込んだまま、000000から始めて、000253まで試したとき、ドアの開く音がした。続いて、錠の下りる音もする。
この部屋に入ってくるのは、一人しか思い当たらない。
――ユージン……。
靴音が近づいて、止まった。
クリスは息を殺す。暗闇の中では心臓が脈打つ音が拡大して思える。そんなことはあるわけないのに、外に漏れ聞こえそうで、また更にドキドキする。
じっとしていれば、見つからないはずだ。だって扉は閉めてあるんだから。見えないんだから。
きっと、ベッドに寝に来ただけに決まってる。あの人、三〇秒もすれば寝つくから、それから出ていけばきっとバレはしな……。
「そこで何してるんだ、クリス?」
扉の外から、苛立たしげなユージンの声が聞こえた。




