二
「それで、クリスはこのままこの家にいるんですか?」
「ええ。もちろん」
ユージンはすみやかに答える。
「クリスは? どうする?」
「あ……」
今、セイラと一緒に行ったほうがいいんじゃないか。そんな気がした。
でも、何もできないままなのは、癪に障る。
「何? クリス」
「ううん。なんでもない。ここにいます」
煮え切らない様子でセイラに返事をするクリスを、観察するようにじっと見ているユージンと目が合う。慌てて目を逸らした。
「あの、ブランディワインさん」
「はい。なんでしょう」
慇懃かつ事務的に答えるユージンに、心持ち頬を赤らめたセイラが笑顔で話しかける。
「お料理、得意なんですね。この子が送ってくれた料理の写真がとってもおいしそうで」
「ありがとうございます」
目も合わせずにユージンがそっけなく礼を言うと、「じゃあ、私はこの辺で」とセイラが立ち上がった。
立ち上がったセイラを、ユージンとクリスは玄関まで送る。
「明日の一四時にまた」
「この子のこと、よろしくお願いします」
セイラは、「じゃあね」とクリスに手を振って去っていった。
「あのさ……」
玄関を開けたままセイラで見送りながら、ユージンがクリスに言いにくそうに話しかけてきた。
「何?」
ろくでもないことだろうと、そちらも見ずにクリスが答える。
「俺、昨夜あんまり寝てないから仮眠しようと思ってさ」
「で?」
「相手できないんだけど、一人で大丈夫か?」
好機到来。
「もちろん」とクリスは頷いた。
ユージンが寝場所に選んだのは、自室のベッドではなく、猫部屋のソファだった。ウォークインクローゼットに常備してあるらしい毛布を持ってきて横になると、すぐに寝息を立て始める。昨夜もそうだったが、あきれるほど寝つきがよい。
すぐに白黒猫のボイシーがやってきて、寝ている飼い主の胸の上で、前足を自分の身体の下に折り畳んだ座り方で落ち着く。
ブギーとサダは相変わらずクローゼットに逃げ込み、黒猫のジェイはクリスの足下で「さあ、なでろ」と言わんばかりに腹を見せて転がっている。他の猫はてんでばらばらにソファーや棚の上や、クリスには見えないところでくつろいでいた。
ドアを閉めて、隣の部屋に置いてあった荷物を取り、階下に向かう。
誰もいないダイニングはがらんとしていて、少し寂しい気もしたが、人がいてはさすがに悪さはできない。
作業する場所なんてどこでもいいのに、やはり長く居た場所の方が安心する。慣れてきたソファの感触を確かめるように、深く腰かける。
昨日失敗したハッキングよりも、端末で簡単にできるこの家のメッセージのチェックから始める。
見てみると収穫はない。スーパーのクーポン付きのお知らせ、公共料金や税金の引落通知、家電メーカーからアップデートのご案内など。まれにユージン宛に飲みに行こうという私信が混じっているくらいで、つまらないことこの上ない。
「個人用メッセージは別口なのか……」
念のために、ファイル復元ツールを使って、削除されたメッセージも浚ってみる。と、気になるタイトルの、添付ファイル付きのメッセージを発見した。
「らぶれたーふぉーゆー?」
差出人はユージン・ブランディワイン。しかし、独身男がラブレターの一つや二つ送ったところで、相手が既婚者で、よほどスキャンダルを嫌う相手でもなければ……。
「一応、見ておかなきゃね」
好奇心に負けたことを自覚しつつも、言い訳がましいひとりごとで自分自身を誤魔化す。




