五
もし、彼がそんな問答自体をしたくないのなら、そもそも買い物にクリスを連れていくなんてことはしないだろう。行くとしても、そういうコミュニケーションが発生するようなタイプの、しかも行きつけの店ではなく、途中にあったスーパーマーケットのほうに行くだろうから。
それに鑑定の会社を変えたのだって、安くなるとか融通が利くとか、そういうメリットがあって、知り合いのところに頼もうと思っただけかもしれない。
そこまで考えたとき、クリスは隣にいたはずのユージンがいなくなっているのに気がついた。
見回すと、五メートルほど先でクリスを待つように突っ立っているユージンがいた。慌てて追いつくと、彼は黙って歩き始める。
自分が選んだコートを着たその背中を見ながら、クリスはまた考える。
あの曲、『ペーパームーン』。何か意味があるのかもしれない。「俺たちに似合い」と彼は言ったのだから。
ちょっと聞いただけでは、ありがちなただのラブソングで、男が信じてくれとか君の愛がなければと訴えてるところから推察するに、つきあい始めで信頼関係がまだ浅いか、浮気がばれたかという状況だろうか。
それが自分たちにどう関係しているのか、どうもよくわからない。どう考えても親子とは関係のない恋の歌だ。
ユージンがクリスに自分を信じてほしいという気持ちを託したと考えてみるが、何を信じてほしいのか、思い当たることがない。逆にクリスがユージンに信じてほしいことも、当然ない。
だったら、なぜあの曲なんだろう?
そこでクリスは自分が立ち止まっていることに気づく。目の前にあったはずの背中は消えていた。
前方を見ると、やはり五メートルほど前でユージンがこちらを見ている。小走りで駆け寄ると、彼は両手に持っていた荷物を左手にまとめた。
「手、出して」
手のひらを下にして両手を出すと、クリスの左手をユージンは空いた右手で握った。そのまま彼は歩き出す。ひっぱられて歩き始めたクリスは、自分が幼い子どものように彼と手をつないでいるのに気がついた。
「離してよ」
さすがに十一にもなって、誰かと手をつなぐのは恥ずかしい。
振り離そうとするクリスの手を、ユージンは強く掴んで離さない。きつく握られた手がしびれてきた。
「わかった。このままでもいいから、力抜いて。手が痛いよ」
「お前は考え事し始めると足が止まるみたいだから、どうも危なっかしくて仕方ない」
クリスの訴えにユージンは慌てて力を弛め、言い訳のように呟く。
初めて通る道に気を取られて、行きは平気だった沈黙が、帰り道ではどうにも耐え難く感じられるのは、道を覚えて町並みも見慣れて飽きたせいか、それともつないだ手の温かさのせいか。
クリスが母親と最後に手をつないだのは、確か六歳くらいの頃だった。
この人はどうなんだろうと考えて、そういえば、ユージンの家族構成を知らないことに思い至る。
結婚も離婚も多い昨今では、個人情報は家族といえども同居していても本人の許可なく知らされることはない。家族や親しい間柄なら、普通は聞けば教えてもらえることなので、わざわざ開示請求まで出すことはないのだろうが。
「あの、家族って、いるの?」
「俺?」
歩きながらこちらを見るユージンに、クリスはこくんと頷く。
「しっかり者の、弟みたいなのなら一人いるけど」
トーマスのことだと思った。
「でも、そう思ってるのはこっちだけかもしれないし、面倒かけてばかりだから、いつか愛想つかされてしまうかもね」
そうなることをむしろ願っているような口ぶりに驚いて見上げると、ユージンは少し笑っていた。穏やかな諦めがその笑みには含まれているように、クリスは感じた。
トーマスは、ユージンに家族を望んでいる。
でもその当人は、トーマスを既に家族として認めている。そのくせ、こんなことをこんな顔で言う。クリスには不可解だった。
相手のことを思っているのに、なんだかズレている。そんな話をどこかで読んだことがあった。ある夫婦の物語。確かクリスマスのプレゼントを買う話だった。
見回せば街の飾りつけはクリスマスのディスプレイが施され、赤と緑を基調に、白に金銀と華やかだ。プレゼント用品のディスカウントに入っている店もあった。
「本当の親とかきょうだいはいないの? 例えば、クリスマス・カードを送るような」
「法的には父親はいるが、カードを送ったことはない」
そう言う横顔はさほどでもないが、憂鬱そうな口ぶりがひっかかった。




