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緑の冠【改訂版】  作者: 黒木露火
第五章 陽のあたる大通りで
37/67

 「こっちだ」とか「あっちだ」とユージンがたまに道案内する以外は黙りこくったまま、二人でひたすら歩いて二〇分。大通りに出た。

 まだ一〇時すぎだというのに、人工太陽が真上から照らす通りは影がなく、夏の正午のよう。なのに、気温は冬で、クリスには違和感ばかりだ。

 ユージンの家のあたりは住宅ばかりでせいぜい二階建てだったが、通りを隔てたとたんに今度は中層のビルばかりになる。一、二階が店舗や事務所というものが多い。人通りも相応で、出勤や仕事の途中らしいスーツや制服、作業着などと、近場への買い物や用足しといった気楽な服装が混じり合っている。

 夜に光っていた地下都市(ジオフロント)を支える柱が近くなるにつれ、建物の高さも高くなっていくようで、中層の街の更に向こうは更に高い建物の影が見えた。

 大通りから小さな通りに入って、右折と左折を繰り返して更に十分。

 飲食店の集まった路地に出た。開いている店は多いものの閑散とした雰囲気で、昼の仕込みのために何かを煮込む匂いがあたりに漂っている。

 その中の、赤に金字の派手な看板の店にユージンは向かっていった。普通の飲食店のようなガラス張りのドアもあるが、中身のないショーケースもその横にあって、店頭売りもしているらしい。

 こんにちはとユージンが声をかけると、ショーケースの上のガラス戸が開いた。

「久しぶりだね」

「仕事が立て込んでたんだ」

 顔を出したのは、昔は美人だったんだろうという風情を残した初老の女で、ユージンの後ろにいるクリスに気づくと、「おや?」という顔をした。

「あんたの子?」

「そう」

 軽い一言だったが、クリスはどきんとして見上げる。特に愛想が良いわけでもない普通の様子で、ユージンの表情に変わりはない。

「今日はまだ何も出来てないんだけど、冷凍のでいいかい?」

「いいよ」

「じゃあ、何をあげようか?」

「ギョーザ二十個と、ニラまんじゅう十五個、ある?」

 言いながら、ユージンは持ってきた布の買い物袋の中からタッパーを取りだしてショーケースの上に置く。女はそれを受け取り、「少し待ってて」と奥に引っ込んだ。

「三〇〇だよ」

 しばらくして戻ってきた女に言われたユージンは、端末を使って清算する。

 礼を言って、タッパーを持参した買い物袋に入れ、行こうとする二人を女が呼び止めた。

「ちょっと待ちな。あんたじゃなくてそっちの子のほうだよ」

 クリスが近づくと、ショーケースの上から、「ほら」と小さなプラスチックの袋を落とされた。受け止めると、茶色の棒のようなものが入っている。

「サンザシだよ。お食べ」

「……ありがと」

 クリスが礼を言うと、

「今度は店のほうにおいで。父さんと一緒にね」

女は手を振って店の奥に消えた。

 それからその界の八百屋や肉屋や魚屋を回るたびに、「あんたの子か?」「そうだ」というやりとりが繰り返され、その度に何かしらちょっとした商品がおまけとして追加された。おかげで、必要な品物を一通り整えた頃には、買い物袋は三つになっていた。重そうに揺れるその荷物を両手に分け、ユージンはクリスの前をすたすたと歩いていく。

 まだ鑑定は済んでないのに、あまりにも当たり前のように自分の子どもだと肯定するので、クリスは不思議で仕方ない。

「ねえ」

「ん?」

 呼びかけると、ユージンは足を止めて振り返った。

「なんでオレのこと、『子どもか?』って聞かれて否定しなかったの?」

「それが一番面倒の少ない答えだからだ」

 何事もなかったように再び歩き出したユージンを、クリスは追った。並んで歩きながらまた問う。

「どういう意味?」

「例えば『違う』と答える。そうすると、『じゃあ、この子はお前の何なんだ?』という話になるだろ? 『親子かもしれなくて、鑑定待ちです』なんていちいち説明するの、めんどくさいじゃないか」

「違ってたらどうするの? 親子じゃなかったら」

「『実は違いました』って後で言えばいいんじゃないか?」

 少しがっかりするような、納得するような。でも、さほど嫌な気はしない。

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