四
「こっちだ」とか「あっちだ」とユージンがたまに道案内する以外は黙りこくったまま、二人でひたすら歩いて二〇分。大通りに出た。
まだ一〇時すぎだというのに、人工太陽が真上から照らす通りは影がなく、夏の正午のよう。なのに、気温は冬で、クリスには違和感ばかりだ。
ユージンの家のあたりは住宅ばかりでせいぜい二階建てだったが、通りを隔てたとたんに今度は中層のビルばかりになる。一、二階が店舗や事務所というものが多い。人通りも相応で、出勤や仕事の途中らしいスーツや制服、作業着などと、近場への買い物や用足しといった気楽な服装が混じり合っている。
夜に光っていた地下都市を支える柱が近くなるにつれ、建物の高さも高くなっていくようで、中層の街の更に向こうは更に高い建物の影が見えた。
大通りから小さな通りに入って、右折と左折を繰り返して更に十分。
飲食店の集まった路地に出た。開いている店は多いものの閑散とした雰囲気で、昼の仕込みのために何かを煮込む匂いがあたりに漂っている。
その中の、赤に金字の派手な看板の店にユージンは向かっていった。普通の飲食店のようなガラス張りのドアもあるが、中身のないショーケースもその横にあって、店頭売りもしているらしい。
こんにちはとユージンが声をかけると、ショーケースの上のガラス戸が開いた。
「久しぶりだね」
「仕事が立て込んでたんだ」
顔を出したのは、昔は美人だったんだろうという風情を残した初老の女で、ユージンの後ろにいるクリスに気づくと、「おや?」という顔をした。
「あんたの子?」
「そう」
軽い一言だったが、クリスはどきんとして見上げる。特に愛想が良いわけでもない普通の様子で、ユージンの表情に変わりはない。
「今日はまだ何も出来てないんだけど、冷凍のでいいかい?」
「いいよ」
「じゃあ、何をあげようか?」
「ギョーザ二十個と、ニラまんじゅう十五個、ある?」
言いながら、ユージンは持ってきた布の買い物袋の中からタッパーを取りだしてショーケースの上に置く。女はそれを受け取り、「少し待ってて」と奥に引っ込んだ。
「三〇〇だよ」
しばらくして戻ってきた女に言われたユージンは、端末を使って清算する。
礼を言って、タッパーを持参した買い物袋に入れ、行こうとする二人を女が呼び止めた。
「ちょっと待ちな。あんたじゃなくてそっちの子のほうだよ」
クリスが近づくと、ショーケースの上から、「ほら」と小さなプラスチックの袋を落とされた。受け止めると、茶色の棒のようなものが入っている。
「サンザシだよ。お食べ」
「……ありがと」
クリスが礼を言うと、
「今度は店のほうにおいで。父さんと一緒にね」
女は手を振って店の奥に消えた。
それからその界の八百屋や肉屋や魚屋を回るたびに、「あんたの子か?」「そうだ」というやりとりが繰り返され、その度に何かしらちょっとした商品がおまけとして追加された。おかげで、必要な品物を一通り整えた頃には、買い物袋は三つになっていた。重そうに揺れるその荷物を両手に分け、ユージンはクリスの前をすたすたと歩いていく。
まだ鑑定は済んでないのに、あまりにも当たり前のように自分の子どもだと肯定するので、クリスは不思議で仕方ない。
「ねえ」
「ん?」
呼びかけると、ユージンは足を止めて振り返った。
「なんでオレのこと、『子どもか?』って聞かれて否定しなかったの?」
「それが一番面倒の少ない答えだからだ」
何事もなかったように再び歩き出したユージンを、クリスは追った。並んで歩きながらまた問う。
「どういう意味?」
「例えば『違う』と答える。そうすると、『じゃあ、この子はお前の何なんだ?』という話になるだろ? 『親子かもしれなくて、鑑定待ちです』なんていちいち説明するの、めんどくさいじゃないか」
「違ってたらどうするの? 親子じゃなかったら」
「『実は違いました』って後で言えばいいんじゃないか?」
少しがっかりするような、納得するような。でも、さほど嫌な気はしない。




