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緑の冠【改訂版】  作者: 黒木露火
第四章 グッドモーニング、メリー・サンシャイン
33/67

 トーマスが出ていってしまうと、クリスはソファーに戻った。

 テーブルにひとり残されたユージンは朝食中で、時折食器の触れ合う音がかすかに聞こえる。

 番組は変わって、今度はカッコウの生態についてらしい。画面には大きく不格好なヒナが映し出される。そのヒナを世話するのは、そのヒナより体の小さなオオヨシキリ。

 既に卵のあるオオヨシキリの巣に、親鳥の不在を狙って忍び込み、カッコウは産卵する。成鳥の大きさは全く違うが、オオヨシキリとカッコウの卵はよく似ている。数をかぞえたり憶えたりすることのできない鳥ならではの愚かさで、卵が一個増えてもオオヨシキリは気がつかない。

 オオヨシキリより孵化の早いカッコウのヒナは、孵ると同時に同じ巣で生まれた兄弟=ライバルたちを蹴落としにかかる。文字通り、巣から落としてしまうのだ。もちろん落ちたヒナや卵は絶命し、親のオオヨシキリは一羽残ったカッコウのヒナを大事に育てる。自分の子どもでもないのに。

「気分の悪い話だよなあ」

 頷いた後で我にかえる。今のは自分の心の声ではなく、ユージンだ。

 こちらを見ていたのかと思うと、もう画面には集中できない。後ろが気にかかる。

 椅子が動く音がした。足音はキッチンを回って、しばらくごそごそしている。食器の触れ合う音に混じって、鼻歌まで聞こえる。どこかで聞いたことのある明るいメロディが近づいてきた。

 オレのことは放っておいてくれ……。

 クリスの祈りも虚しく、足音の主は右隣にどっかりと腰を下ろした。

 目の前に昨日のタルトの皿と、マグカップに入った紅茶がつきつけられる。

「食えよ」

 その意志があるかどうかを尋ねるでもなく勧めるでもなく、いきなりの命令形に、思わず睨みつける。

「……よかったら」

 付け加えられた言葉に多少は溜飲が下がった。あまり反抗的な態度をとって、警戒されるのもよくないだろう。

「ありがとうございます」

 礼を言って、受け取った皿とカップをテーブルに置いた。画面に注意を戻すと、今度はなにやら右側から痛いほどの視線を感じる。

「何ですか?」

 わざとそちらを向かないように、そっけなく尋ねる。

「食べないの、タルト。美味いよ?」

「食べます、後で」

「食べさせてやろうか?」

 ユージンはクリスの言葉を聞いてなどいない。

「結構です! ……っ?」

 文句を言おうとしかめ面で振り向いたクリスの顔に、何かが張り付いた。ぐいと押されて頭が後ろに倒れそうになる。

 これはユージンの右手だ。額の皮膚がVの字の指で横にひっぱり広げられる。指の隙間から薄く笑ったユージンの顔が見えた。

「お前、朝っぱらから眉間にシワなんか寄せてんじゃないよ。子どものくせに」

「やめてよ!」

 両手で引きはがしにかかる。案外あっさりと手は外れて、視界はクリアになった。

 文句を言ってやろうと思ったのに。

 彼の手を掴んだまま、クリスは動けなくなった。

 指の形に切り取られて歪んで見えた笑顔は、障害物を取り去ってみればひどく優しいものだったから。

 ユージンは自分の手からクリスの両手をそっとはずした。どうしたらいいかわからずに、クリスは彼から視線を逸らす。拒否するために宙に上がっていた小さな手は、やがてゆっくりひざの上に軟着陸した。伏せた視線の端でユージンの右手が動き、今度はクリスの頭をなではじめる。

「ねえ、なんでこんなことするの?」

 しばらくしても終わらない慰撫の動作に、俯いたままクリスが尋ねる。

「俺がそうしたいから」

「いつまでこうしてるつもり?」

「紅茶が飲み頃になるまでかな」

 結局それは、間もなくやってきたクリーニングの集配によって中断された。慌てて下ろしたベッドマットを引き渡してきたユージンが帰ってきたとき、紅茶は、猫舌の人間たちにとってちょうど良いに温度になっていた。

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