六
「君から見て、クリスってどんな子?」
着古したTシャツに頭を突っ込みながら、ユージンが質問する。
「頭の良い子ですね。情緒的に不安定なところがあるようですが、それは慣れない環境で緊張しているのと、お母さんが亡くなって間もないせいでしょう。しばらくしたら落ち着くんじゃないでしょうか」
「そうか。他に気づいたことは?」
「たまに泣きそうな顔をするのが気になります。話の流れや雰囲気として、泣くようなところじゃないはずなんですが。なんなんでしょうね、あれは。でも……笑うと可愛いんですよね、あの子」
「ふうん。やっぱり仲良しじゃないか。あいつ、俺には愛想笑いしか見せないのに」
少しふて腐れたようにTシャツに頭を通すと、ユージンはまじめな顔でトーマスを振り返った。
「あの子のこと、どうしようか?」
続いて毛玉のできたカーディガンを羽織るユージンの背中を、トーマスは戸惑いながら見上げた。いつもははっきりした、具体的かつ明解な発言を好むユージンが、こんなふうに漠然とした――まるで相談するような言い方をするのは珍しい。
「どうしようかって、どういう意味です? なぜそんなことを僕に?」
「だって、一番面倒見てくれそうなのは君じゃないか。もうすっかり仲良しなんだろ」
思わず納得しそうになり、慌てて首を横に振る。
「自分の子どもくらい、自分で面倒を見てください」
「それなんだけどさ」
着替え終わったユージンがこちらを向く。閉じたクローゼットの扉に背を預けて腕を組むその仕草に、トーマスは何となく嫌な予感を覚えた。
「あいつ、俺の子どもじゃないんだ」
多分、と彼は付け加えた。
「根拠は? 確かな根拠があるんでしょうね? 他人ならどうしてうちに泊めたりしたんです? 期待を持たせるようなことしてどうするんですか?」
トーマスの脳裏を、昨日ドアを開けるなり抱きついてきたクリスの体の軽さが、ベッドサイドから去ろうとしたとき引き留めるように伸ばされた手が、時々見せる泣きそうな表情が、そして今、ダイニングに一人で座っている姿がよぎった。
「……今のは冗談ですよね?」
「うん。冗談だ」
ユージンがふっと笑って腕組みを解く。
ナイトテーブルの上の、まだたっぷり水の残っている鍋を投げつけたくなる衝動を、トーマスは堪えた。
「言っていい冗談と、悪い冗談があるでしょう」
「そうだな。度が過ぎたよ。ごめん」
茶化しもせず、いつになく素直に謝ってドアに向かおうとするユージンの腕を、ベッドから立ち上がったトーマスが掴む。
「どこに行くんですか?」
「顔洗って何か食うよ。腹減った」
「ちょっと待ってください」
さっきのクリスは自分の子どもではないという発言は本当に冗談なのか。そうだとしてもそうじゃなくても、何故そんなことを言うのか。
「もし、仮に、クリスがあなたの子どもでないなら、彼をどうするつもりですか?」
かまをかけるトーマスに、ユージンは含み笑いを返す。
「心配しなくても、悪いようにはしないから」
「何を隠してるんですか? それとも、企んでるんですか?」
「トーマス君、君はまず、大きな誤解をしてる。その訂正は後日することにして、とりあえず今は」
掴まれている方の腕をユージンが勢いよく跳ね上げた。
「飯を食わせてくれ」
あっさりと掴んでいた手を外されて立ちつくすトーマスを残し、ユージンは部屋から出ていった。
何か言い忘れたような気がして背後を見ると、ベッドの上には脱いだ服がそのまま残されている。
「また脱ぎっぱなしにして!」
今日はオフだし、彼が自分でなんとかするだろう。というより、するべきだ。
それは放っておくことにして、何気なく目を移すと、シーツには寄り添うような大小二つの人型が残っていた。
彼が悪いようにしないと言うなら、トーマスは心配するつもりはなかった。そのくらいの信頼関係はできているつもりだった。
しかし――。
「誤解……?」
わからない。何を誤解しているというのか。
だらしないスフィンクスが閉め忘れていったドアを見つめながら、トーマスは眉間に軽く皺を刻んだ。




