二
身よりのなかった母親に代わって新しい保護者となった政府は、国内限定ではあったものの進学の自由と衣食住を保証してくれた。新学期からはハイスクールへの進学も認めてくれている。
何一つ不満はなかったはずのクリスが、父親を捜してみようと思い立ったのは、葬儀を終え、児童保護施設への転居も済み、母親と住んでいた部屋の整理をしていたときだった。
顔見知りのリサイクルショップの老人を呼んで、捨てるものと売れそうなものをより分ける。その途中で出てきたのが模造宝石で作られたきらきらした安っぽいティアラだった。赤いビロード貼りの紙箱に一緒に入っていた写真には、同じティアラを頭に載せた笑顔の少女が写っていた。背景にはどこかのハイスクール主催のダンスパーティの横断幕。写真の少女はクリスに少し似ていた。
「これ、売れる?」
「ああ。写真のほうは売れないがね」
故買品も扱っているという噂がある、ひげ面の老人は愛想がない。
取り出した写真を、少し考えた後にゴミ箱に入れようとして、裏に何か書かれていることにクリスは気がついた。
薄い鉛筆書きの、憶えのある丸っこい文字で、〈月〉〈クリッパー〉〈酔っぱらいそうな?〉とある。
大抵の自治政府では、子どもが生まれる前後の数年間、出産育児手当が支給される。クリスの住むターナソルも然りで、妊娠中を含めて最長三年間、どうにか暮らしていける程度の手当が出る。それもあってか、この街の女は子どもは産んでもあまり結婚はしないし、結婚してもすぐ別れる。父親の名前さえ知らない子どもも多い。
だから、クリスもそのときまで自分の父親も世界のどこかに実在するはずだということを忘れていた。父親は月に住む、通称クリッパーと呼ばれる光速船のパイロットであると、五歳の自分に一度だけ母親が語ったことも。
「ねえ、おじさん。月に住んでて、十二年前にA級ライセンスを持っていた、または取得した、現在の年齢が三十歳から四十歳の男のリストって、手に入るかな?」
「たやすくはないが、難しくもない。いくら出せる?」
「この品物全部でどう?」
クリスは部屋に積み上げられた段ボールと家財道具を示した。
「このガラクタでなんとかしろと? 相変わらず食えないガキだ」
とってつけたような苦い顔であごひげを撫でていた老人は、思い直したように言った。
「お前さんとこにはずいぶんひいきにしてもらったからな。餞別代わりにその条件でやってやるよ」
「ありがとう、おじさん。でも、別に急ぐわけじゃないからその分安くしてよ」
老人は今度こそ渋い顔になり、本当に食えないガキだと忌々しげに吐き捨てた。
とはいうものの、現実的な十一歳の子どもは父親が見つかるかもしれないという期待は全く抱いてなかった。
十二年も前の話だし、当時クリッパーだった男が月に何人いるか想像もつかない。そもそも老人が当てになるのかもわからない。どうせ、該当するような人間はいなかったという、おざなりの返事がくるだけだと思っていた。
ただ、うまくいっていたとはいえない母親の人生を精算した金は、その悪因の一つである自分を作った男のために使い切るのが一番ふさわしい気がしたのだ。
だから、老人からのメッセージにリストが添付されていたときには驚いた。しかも、その中にまさに〈酔っぱらいそうな〉名前を発見したときには、一瞬どうしたらいいのかわからなくなった。
その男は今も月に住んでいた。当時は二十歳。計算は合う。
母親の字に似せて偽造したメモを「遺品の中から発見した」と嘘をつき、父親らしき人間の氏名が書かれているので調査をしてほしいと、一時入居している施設の職員を通じて政府に願い出たのが三週間前。
先日届いた調査結果は、〈血縁者の可能性あり〉だった。
市民登録用の限られた遺伝情報のみのチェックで厳密とはいえないものの、確率的には百万分の一と言われている。
「君はどうしたいのかな?」
素っ気ない施設の面談室で、政府の福祉担当者に聞かれて初めて、父親を見つけたその先があることにクリスは気がついた。