七
「許さないことは、ないんだけどね」
エアコンは効いているはずなのに肌寒さを感じて、トーマスは上着をはおった。そのまま窓際に寄る。
カーテンのない窓はスクリーンになっていて、外からと内からの見え方を別々に調整することができた。例えば、朝と昼はレースのカーテンをかけたような、夜は厚いカーテンを閉じたような映像を演出できた。
防犯のため不在時も明かりの点灯や、時折横切る人影も付け加えることもできる。逆に在宅を外部に知らせたくないときには、部屋の燈火を漏らさないようにもできる。
病院や学校などの施設ならともかく、まともなランクのホテルや普通の家では布のカーテンも多く使用されているが、合理主義で面倒くさがりのユージンは、洗う必要がないという理由から、こちらの方を使っていた。
トーマスは、半遮光になっていたユージンの部屋の窓の設定を端末で変えた。
内側からの視界を完全に透明にすると、二階の右奥の自分の部屋の窓が黒く見えた。端末を操作して、自分の部屋の明かりをつける。
間もなく、青いストライプのパジャマにジャンパーをひっかけたクリスが戻ってきた。ドア近くのチェストの上にバッグを置く。
「クリス、ちょっと来て」
「何ですか?」
近寄ってきたクリスは、前髪が少し湿っていて、眠そうな目をしていた。
「ほら、あそこ」
トーマスは明かりのついている、一番奥の部屋を指さす。
「あそこは僕の部屋だから、何かあったらおいで。内線で呼んでもいいし」
「ん。わかった。ありがとう」
ジャンパーを脱がせて椅子に掛けると、クリスはおとなしくベッドに潜り込んだ。
「じゃあ、おやすみ」
ナイトテーブルのカップを取り上げ、トーマスはクリスに背中を向ける。外の暗さで鏡面のようになった窓に、一瞬、ベッドから伸びた右手がトーマスを引き留めようとするように動いたように見えた。
「クリス……?」
「なに?」
振り返ると、ベッドに横たわったままのクリスは、はっきりした声で聞き返してきた。見上げる表情は平静で、さっきのは見間違いだったのかとトーマスは思った。しかし、シーツの間に収まっていたはずのクリスの右手は胸のあたりに置かれているのを見て、出がけにユージンが言ったことを思い出す。
――クリスからは目を離さないでいてくれないか。それから悪いけど、寝つくまで側にいてあげてよ。
あれはこういうことだったのか。
傍若無人のようで、ユージンの観察眼は意外に鋭い。年の割にしっかりしているクリスも、内心は心細いことを見て取ったのかもしれない。
トーマスはテーブルにカップを戻し、椅子をベッドに引き寄せて座った。
「やっぱり、もう少しここにいるよ。君が眠るまで」
小さな右手を夜具の中に入れてやると、クリスは安心するように目を閉じた。
「そういえば、質問に答えてなかったね。僕は君のことを歓迎こそすれ、嫌う理由なんてないよ。君と彼はこんなにも似てるんだから。見た目だけじゃなくて、一人でいたくないときも『側にいて』とは言えないあたりがね。もっと素直になってくれてもいいのに」
感傷的になりすぎているような気がしたが、トーマスは続けた。
「さっきは言えなかったけど、彼は優しい人だよ。愛情深いのに、それを注ぐ対象がなくて持て余しているようなところがある。だから君が彼の子どもなら、君も彼も幸せになれると思うよ」
その言葉は、寝息を立てるクリスには聞こえていないことにトーマスは気づいた。それがよかったような残念だったような、どっちつかずの気持ちで、ナイトテーブルのカップを持って立ち上がる。
初めて会ったときから、クリスは硬い表情をなかなか崩そうとしなかった。しっかりしているようにも、無理に気を張っているようにも見えた。
しかし、たまに泣き出しそうな顔をする、そのタイミングが妙に気にかかった。
「泣かせるようなことを言った覚えはないんだけどな……」
カップを弄びながら、クリスの寝顔を覗きこむ。安らかに眠る顔は子どもらしく、かわいらしかった。
「おやすみ、クリス」
部屋の隅にまとめておいたシーツも回収して、トーマスはあかりを消した。暗い窓の向こうには自分の部屋が明るく光っていた。




